『パリところどころ』。
原題「PARIS VU PAR...」とは、英語にすると「paris seen by...」。
つまり、各々の短編が「シャブロルの見たパリ」「ロメールの見たパリ」などとなります。
ヌーヴェルヴァーグを代表する、6人の監督による パリのスケッチは、
『パリ、ジュテーム』よりもっとシニカルで、もっと生々しくパリの温度を感じます。
それは、『パリ、ジュテーム』が外国人や観光客など、
パリの外側からの空気も含んでいるのに対して、
『パリところどころ』はパリに住む人だけが見ているパリだからかもしれません。
もっと閉鎖的で内向的。あたかもパリの空気を、ぎゅっと濃縮しているかのようです。
さて、ヌーヴェルヴァーグといえば、その同胞たちがお互いに
映画製作を協力し合っていた点も、見ている時の楽しみのひとつ。
もちろん『パリところどころ』でも、あっちの監督がこっちに出てたり、
こっちの監督があっちに出てたり、なんてことが起きています。
そしてそのリンク具合は『パリ、ジュテーム』にも飛び火しています。
ぜひ二本立てでご覧になって、そのつながりを楽しんでください。
「サン=ドニ街」で扱っているのは、有名な売春地区。気弱な男は初めて娼婦を買ってみたものの、なかなか行動に移せません。自分の家なのに、緊張のあまり、全くくつろげずにいる男と、完全にリラックス状態な娼婦の対比が楽しい。
『パリところどころ』、次の第2話「北駅」の朝食もそうなのですが、私はなぜか食事シーンがとても頭に残ってしまいます。この「サン=ドニ街」では、娼婦を演じるミシュリーヌ・ダクスがデザートを食べるところ。容器から直接皿によそったクリームチーズに、卓上でグラニュー糖をざざっとかけて、そのままスプーンで食べるのです。シンプルだけど、その大ざっぱな食べ方がなんだかとてもそそられます。
ある朝の、ある夫婦の口喧嘩。よくある風景。些細なことから始まった言い争いは、これまたよくあるようにヒートアップ、ついに女は「もう別れる!」と口にし、家を飛び出します(仕事に向かうんですけどね)。その道すがらで生まれた、ある男との出会い。
本作の6人の監督のうち、恥ずかしながら私はロメール、ゴダール、シャブロルの三人しか知りませんでした。ところが、一番衝撃を受けたのはこの第2話です。最初と最後のカット以外、約15分弱をワンカットで撮影。静かに話を進展させながら、その水面下ではとてつもない急速な変化を巻き起こしつつ、最後にやってくる落ち。そのスピード感にまいってしまいます。
ジャン・ルーシュは、そのほとんどが16ミリで撮影された非商業映画が多く、日本ではほとんど公開されていません。撮影監督はエチエンヌ・ベッケル。あのジャック・ベッケルの次男で、ジャン・ベッケルの弟にあたります。主演のナディーヌ・バロは彼の奥さん。夫役は製作のバルベ・シュレデールです。
ワンカットといえば、『パリ、ジュテーム』でアルフォンソ・キュアロンが監督した「モンソー公園」もワンカットの長回しで撮影されています。会話しながら歩く男女、ワンカットという要素はおそらくこの「北駅」へのオマージュなのでしょう。
アメリカ人留学生のキャサリンは、ある日カフェで男性と知り合います。 煙草の火を借りたことをきっかけに、その夜は、彼のアパルトマンにお持ち帰り。素敵なボーイフレンドを見つけた、と思いきや…
出演者には全員素人を起用。一晩明けた翌朝の、男と女の温度差を描いた作品かと思ったら、これまた意外な展開に。女の人を早く追い出そうとするからこそ、朝食を用意するという、紳士的で効率的な策略には関心してしまいました。(この用意されたコーヒーが、本当においしくなさそう!)
エトワール広場は、凱旋門から円形に広がる広場で、この広場を中心に5本の大通りと7本の小通りが放射状に伸びています。メトロの出口から出てきたのは、ある紳士服店を営む男。その日は、朝からちょっとした「ついてないこと」が続いていました。電車で足を踏まれるとか、その程度のこどだけど、やっぱり重なると「嫌な一日だなぁ」って思いますよね。
いつも同じ道順を歩く男が、道順を変える。現実の場所を客観的に捉えた映像と、何気ない出来事から主人公の内面に起こる(すごく些細な)サスペンスが、とてもロメール的です。
ちなみに、本作で撮影を務めたネストール・アルメンドロスは、当時キューバから亡命してきたばかりの無名カメラマンでした。移民証明も労働許可証もまだ持っていなかった彼は、カフェで出会ったバルベとロメールによって、本作に誘われます。低予算のため、無償で働いてくれるカメラマンを探していた彼らにとって、ネストールはうってつけの人物でした。この出会いがきっかけとなり、彼は以後、トリュフォー、ロメール、ジャン・ユスターシュなどの作品で活躍。テレンス・マリックの『天国の日々』ではアカデミー撮影賞を受賞しています。
男の紳士服店にお客の役で登場するのは、第三話の監督、ジャン・ドゥーシェ。
恋人と浮気相手、それぞれに宛てた手紙を速達郵便で出した女。投函した後で、手紙と封筒を入れ違えたことに気付いてしまってさあ大変!女は慌てて恋人の元に走りますが…
「あれ?なんかこの話知ってる」と思った方も多いはず。この映画から4年前に撮られた『女は女である』の劇中でも、会話の中で使われているエピソードです。カフェでアンナ・カリーナを口説くジャン=ポール・ベルモンドが、「今朝新聞で読んだ」と言ってこの話を聞かせます。同じネタを使いまわすなんて、よっぽどゴダールお気に入りのネタだったのでしょうか?原典は、ジャン・ジロドゥ著「ある朝のコント集」所収の「勘違い」というお話。
主演のモニカ役は、ジョアンナ・シムカス(『冒険者たち』)。
少年が家に帰ると、いつものようように母親は長電話で愚痴を言っている。父親はメイドと浮気している。夕食時、父親と母親はいつもどおりのけんかを始める。やり場のないイライラに、少年が取った行動と、その結末。ラ=ミュエットは高級住宅街として知られていますが、ここでは「無声の(口のきけない)」という意味もかけられています。 劇中には途中で無音になる演出も。
『パリ、ジュテーム』では、「16区から遠くはなれて」(ウォルター・サレス)というエピソードがありますが、このラ=ミュエットがあるのが16区。今も昔も、高級住宅街だったのです。
父親役を演じているのは監督のシャブロル。ちなみに母親役は、彼の奥さん。
『パリ、ジュテーム』の公開で、『パリところどころ』を思い出した人はどのぐらいいるでしょう。
『パリ、ジュテーム』を見て、『パリところどころ』をもう一度、見たくなった人はどのぐらいいるでしょう。
早稲田松竹は二本立て。この、40年の時間を経てリンクしあう素敵な作品たちを、ぜひご堪能ください。
パリ、ジュテーム
PARIS, JU T'AIME
(2006年 120分 フランス/ドイツ/リヒテンシュタイン/スイス)
「モンマルトル」
■監督・脚本・出演 ブリュノ・ポダリデス
■出演 フロランス・ミュレール
「セーヌ河岸」
■監督・脚本 グリンダ・チャーダ(『ベッカムに恋して』)
■出演 レイラ・ベクティ/シリル・デクール
「マレ地区」
■監督・脚本 ガス・ヴァン・サント(『ラストデイズ』『エレファント』
■出演 イライアス・マッコネリ(『エレファント』)/ギャスパー・ウリエル/マリアンヌ・フェイスフル(『あの胸にもう一度』『アンナ』)
「チィルリー」
■監督・脚本 ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン
■出演 スティーヴ・ブシェミ
「16区から遠く離れて」
■監督・脚本 ウォルター・サレス(『セントラル・ステーション』『モーターサイクル・ダイアリーズ』)&ダニエラ・トマス
■出演 カタリーナ・サンディノ・モレノ(『そして、ひと粒のひかり』)
★タイトルはゴダール、アラン・レネらの1967年の作品『ベトナムから遠く離れて』(LOIN DU VIETNAM)のもじりのよう。
「ジョワジー門」
■監督・脚本 クリストファー・ドイル(『恋する惑星』『天使の涙』撮影)
■出演 バーベット・シュローダー(『パリところどころ』製作)
★「北駅」で夫役で登場していたバーベット・シュローダー(これは英語読みで、フランス語ではバルベ・シュレデール)。本作では主演。40年の時の流れを感じます。
「バスティーユ」
■監督・脚本 イゼベル・コイシェ(『死ぬまでにしたい10のこと』)
■出演 セルジオ・カステリット(『赤いアモーレ』)/ミランダ・リチャードソン(『クライング・ゲーム』)/レオノール・ワトリング(『トーク・トゥ・ハー』)
「ヴィクトワール広場」
■監督・脚本 諏訪敦彦(『M/OTHER』)
■出演 ジュリエット・ビノシュ/ウィレム・デフォー/イポリット・ジラルド
「エッフェル塔」
■監督・脚本 シルヴァン・ショメ(『ベルヴィル・ランデブー』)
■出演 ヨランド・モロー(『アメリ』)/ポール・パトナー
★フランス版ランドセル(カルターブル)を背負った少年の姿は『ベルヴィル・ランデブー』の子供時代のシャンピオンそのまま!
「モンソー公園」
■監督・脚本 アルフォンソ・キュアロン(『天国の口、終りの楽園。』)
■出演 ニック・ノルティ/リュディヴィーヌ・サニエ(『スイミング・プール』『8人の女たち』)
★ワンシーン・ワンカットの、歩きながらの会話劇は『パリところどころ』第2話「北駅」へのオマージュのようです。
「デ・ザンファン・ルージュ地区」
■監督・脚本 オリヴィエ・アサイヤス(『イルマ・ヴェップ』)
■出演 マギー・ギレンホール(『セクレタリー』『コンフェッション』『アダプテーション』)
「お祭り広場」
■監督・脚本 オリヴァー・シュミッツ
■出演 セイドゥ・ボロ/アイサ・マイガ
「ピガール」
■監督・脚本 リチャード・ラグラヴェネース(『フィッシャー・キング』脚本、『フリーダム・ライターズ』)
■出演 ファニー・アルダン/ボブ・ホスキンス
「マドレーヌ界隈」
■監督・脚本 ヴィンチェンゾ・ナタリ(『CUBE』)
■出演 イライジャ・ウッド/オルガ・キュリレンコ(『薬指の標本』)/ウェス・クレイヴン
「ペール・ラシェーズ墓地」
■監督・脚本 ウェス・クレイヴン(『エルム街の悪夢』『スクリーム』)
■エミリー・モーティマー/ルーファス・シーウェル
「フォブール・サン・ドニ」
■監督・脚本
トム・ティクヴァ(『ラン・ローラ・ラン』『ヘヴン』『パフューム』)
■出演 ナタリー・ポートマン/メルキオール・ベスロン
★『パリところどころ』第1話「サン=ドニ街」もこの辺りが舞台です。
「カルチェラタン」
■監督 フレデリック・オービュルタン/ジェラール・ドパルデュー
■脚本 ジーナ・ローランズ
■出演 ジーナ・ローランズ/ベン・ギャザラ/ジェラール・ドパルデュー
★ジーナ・ローランズにベン・ギャザラ、この組み合わせだけでたまらないものがあります。
いつの日か早稲田松竹でも再びカサヴェテスの特集なんてしてみたいものです。
「14区」
■監督・脚本 アレクサンダー・ペイン(『アバウト・シュミット』)
■出演 マーゴ・マーティンデイル(『ミリオンダラー・ベイビー』『めぐりあう時間たち』)
パリところどころ
PARIS VU PAR...
(1965年 フランス 97分)
2007年8月25日から8月31日まで上映
第一話 「サン=ドニ街」
■監督・脚本 ジャン=ダニエル・ポレ
■出演 クロード・メルキ/ミシュリーヌ・ダクス
第二話 「北駅」
■監督・脚本 ジャン・ルーシュ
■出演 ナディーヌ・バロ/バルベ・シュレデール/ジル・ケアン
第三話 「サン=ジェルマン=デュ=プレ」
■監督・脚本 ジャン・ドゥーシェ
■出演 バーバラ・ウィルキンド/ジャン=フランソワ・シャペイ/ジャン=ピエール・アンドレアーニ
第四話 「エトワール広場」
■監督・脚本 エリック・ロメール
■出演 ジャン=ミシェル・ルジエール/マルセル・ガロン/ジャン・ドゥーシェ
第五話 「モンパルナスとルヴァロワ」
■監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール
■出演 ジョアナ・シムカス/フィリップ・イキリ/セルジュ・ダヴリ
第六話 「ラ=ミュエット」
■監督・脚本 クロード・シャブロル
■出演 ステファーヌ・オドラン/クロード・シャブロル/ジル・シュソー/ダニ・サリル