クレールの刺繍
BRODEUSES
(2003年 フランス 88分)
2006年4月22日から4月28日まで上映 ■監督・脚本 エレオノール・フォーシェ
■脚本 ガエル・マセ
■出演 ローラ・ネマルク / アリアンヌ・アスカリッド / トマ・ラロップ

手から手へと繋がる気持ち。言葉が生まれるのは頭や口からだけではない。一針一針に思いをこめられた刺繍が、何よりも豊かに物語を語ることもある。

picクレール、17歳。スーパーのレジ打ちで働く傍ら、自宅で好きな刺繍の製作に黙々と打ち込む。今、クレールの体は、誰にも秘密で小さな命を宿していた。膨らみ始めたおなかと共に静かに絶望するクレール。おなかの子供の父親には他に家族があるし、もちろんこんなことを自分の母親になんて言えない。

ある日クレールはベテランの刺繍職人で、息子を事故で亡くしたばかりのメリキアン夫人の下に見習いとして通うことになる。愛する者を失った悲しみに暮れるメリキアン夫人だが、亡くした息子よりも幼いクレールの妊娠に気づいても何も言わない。寡黙な性格のクレールとメリキアン夫人の間に無駄な会話は一切ない。年齢も生活の環境も全く違う二人の女性が、刺繍を通して言葉にできない空気を共有するように、二人の指が握る細い針が刻々と美しい刺繍をつくりだしていく。しかし、メリキアン夫人の工房に通い始めて二週間ほどたった頃、クレールは工房で、自らの命を絶とうとして倒れているメリキアン夫人を発見する。

手に刻まれた記憶と、頭に刻まれた記憶は決定的に何かが違う。頭だけで覚えている記憶は輪郭がなく、思い出そうとするたびにふわふわと形が変わっていく。しかし、手のひらでしっかりと感触も一緒に掴み取って覚えた記憶は簡単には形を変えない。何かを見たり匂いを嗅いだり、ふとしたきっかけで一瞬のうちに手の中にはっきりと感触がよみがえる。

「この映画では、触感という感覚を大切にしたかったのです」と、三年の歳月を費やして本作の脚本を完成させたエレオノール・フォーシェ監督はインタビューでこたえている。

pic文字や言葉を伝える聴覚や視覚。でも本当に赤の他人同士が芯から分かち合える感覚があるとしたら触感は、五感のうちで一番頼りになるものなのかもしれない。

映画の中で映し出される、刺繍を黙々と刺すクレールとメリキアン夫人の姿に感じるのは、ものをつくることの哀しさ。つくることに心を奪われ、没頭すると言葉は次第に失われていく。そのかわりにその手のひらから生まれるものを見るのは本当に嬉しい。何もないただの一枚の布にビーズや刺繍が織り込まれて、二人の沈黙の長さのぶんだけ、宝石のように輝く。

(ロコ)


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そして、ひと粒のひかり
MARIA FULL OF GRACE
(2004年 アメリカ/コロンビア 101分 PG-12
pic 2006年4月22日から4月28日まで上映 ■監督・脚本 ジョシュア・マーストン
■出演 カタリーナ・サンディノ・モレノ / イェニー・パオラ・ベガ / ギリエド・ロペス

■2004年アカデミー賞主演女優賞ノミネート / 2004年ベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)受賞/NY批評家協会賞新人監督賞受賞 / LA批評家協会賞ニュー・ジェネレーション賞受賞 ほか多数

(C)2004 Home Box Office, Inc.All rights reserved.

ボーイフレンドはいるが、愛していない。家族とはいつも衝突が絶えない。仕事は恐ろしく単調だが、それでも5人家族の家計は支えなければならない。コロンビアの小さな田舎町で、うんざりするような毎日を、不満を抱えてやり過ごすしかないのだ。マリアには夢がない。どんな夢を見ればいいのかが判らないし、自分がどうしたいのかも判らない。──この閉塞感身に覚えのある人はどのぐらいいるだろう?

pic失業、そして妊娠の発覚。追い詰められたマリアは、5000ドルの報酬に動かされ、「ミュール」という仕事を引き受ける。しかしそれは、麻薬を胃の中に飲み込んで密輸する運び屋のことで、袋が体内で破れたら死んでしまうという危険なものだった。

今週の早稲田松竹は、望まない妊娠をしてしまった17歳の女の子が主人公の映画・二本立てです。片やフランス、片やコロンビアが舞台ですが、17歳特有の瑞々しい、だが決して明るくはない世界というのは、国や文化とは実際関係ないようです。社会背景や経済状況が全く違う、日本人の私(もうとっくに17歳でもないし、妊娠もしていないのですが)がこんなに引きつけられたのですから。

pic常に何かを探し求めているけれど、それが何かはわからない。「何がしたくないか」の判断基準は、でもいつしか「何がしたいか」へと転換され、そのとき彼女は前向きな決断をして、歩き始める。

『そして、ひと粒のひかり』。ただ単に原題のカタカナ化(ただし複数語尾のsや冠詞は省略)が圧倒的に多い最近の邦題の中で、まさにひかりを放つ出来。映画もまた然り!2005年の公開映画を語る上で、これは外せない作品。是非とも観ていただきたい一本です。

(mana)



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