2024.04.27
2024年4月7日『月の砂漠』上映後 とよた真帆さんトークショーレポ
去る4月7日(日)、青山真治監督特集の『月の砂漠』上映にあわせ、俳優のとよた真帆さんをお呼びしてのトークショーを開催しました! 『月の砂漠』出演がきっかけでのちに青山監督とご結婚されたとよたさん。ご夫妻と親交のあった映画研究者の土田環さんに聞き手を務めていただき、青山監督の演出方法からプライベートの貴重なお話までたっぷり語っていただきました。
青山監督との出会い
とよた:皆さまこんにちは、俳優のとよた真帆です。ご存知かと思いますが、青山真治の妻でもありました。『月の砂漠』で出会って結婚することとなりました。今日はいろいろとお話しさせていただけたらと思います。よろしくお願いします。
土田:今、皆さま『月の砂漠』をご覧いただいたと思うのですが、真帆さんが青山監督と最初にお会いしたときの印象はどうだったのでしょう?
とよた:ちょっと言いつくした感もあるのですが、最初の衣装合わせで初めて会ったとき、青山監督は腰まで髪の毛があったんです。最初「何だこの人?」と思ったんですが、ただとっても優しい笑顔と、朗らかな感じっていうのかな。怖いっていう印象がある方もいるんですが、私は何かほわっと優しい印象が最初からあったんですよね。
土田:それ以前に青山さんの作品をご覧になっていたんですか?
とよた:監督作はもちろん全部拝見していました。普通、脚本を読む時って監督がどういうプライベートであるかとかは考えないじゃないですか。でも『月の砂漠』の台本読んだ時に、この人は結婚して、いろいろ経験なさったから書けたのかなと思ったので、顔合わせで「これは経験されたところから書かれたんですか?」って聞いたら「いや、僕は結婚できるような人間ではございませんので」みたいな言い方をしていたのが印象的でした(笑)。じゃあ物語としてこれを書いたんだと。
土田:決してわかりやすい話ではないと思うんですが、作品としてはいかがでしょう?
とよた:制作当時は、まだITの世界がどんなものか全くわからない時代でした。でもその後、ITバブルみたいなのがやってくるんですよね。青山真治の作品に全て言えると思うのは、「この人、霊視してるんじゃないか?」と思うほどすごく先を見ているときがあるんですよ。宇宙のどこかにアクセスして、未来に起こりうることを早めに脚本にして映画にする人なんじゃないかなと思いましたね。
土田:『EUREKA ユリイカ』(00)はバスジャック事件で、『名前のない森』(02/「私立探偵濱マイク」の一篇)もカルト宗教ですしね。『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)も、今コロナを迎えた後に観てみると、はるかに先を見ていますよね。
とよた:どこかスピリチュアルなアクセスでもしているのかな? という感じでしたね。夫婦になってからも、そういうことを感じることがありました。精神性とか哲学的とか文学的というところから発している人でしたね。
土田:青山さんの作品には、実際に実態があるかどうかわからない見えないものに対するアプローチがあると思います。『月の砂漠』でも、とよたさんと夫役の三上(博)さんが直接向き合うのは最後の方ですよね。それまでは、雑誌の表紙や看板、あるいは他人に撮らせたビデオ映像とか、家族同士なのに直接ではなく何かイメージを介して不思議な繋がり方をしていくなと思いました。
『月の砂漠』で、『ユリイカ』に続き二度目のカンヌへ招待されました。とよたさんもご一緒されたんですよね。
とよた:まだ恋人関係ではなくて、監督と女優の立場でした。カンヌの上映日、朝食の会場に行ったら、青山監督が1人でご飯を食べていたんですよ。その後ろ姿がすごく孤独で…(笑)。私がマネージャーと一緒に座って「監督、おはようございます」って言ったら、もう真っ青な顔で「おはようございます」って振り向いたんですよね。「この人死ぬんじゃないか?」って思わせるほどの焦燥感だったんですよ(笑)。「そっか、今夜何千人の前で初めて上映して、評価されて、星とかもつくんだ」って、何年もかけて作った作品がそうなる日の朝ってどれだけの重圧なんだろうと一瞬にして感じてしまいました。実はその瞬間に母性が動いたっていうのもあるんですけど(笑)。本当にすごいプレッシャーとストレスの中で映画を作るんだなってわかりました。
土田:僕が知ってる姿だと、「誰も俺の映画を理解してくれないかもしれない」って、お酒飲みながらずっと孤独な感じでぼやいてましたけど(笑)。
とよた:人って、理解されるかされないかは日常的にすごく重要ですよね。友達関係でも、「お前の気持ちわかるよ、お前の作品わかるよ」と認めてくれる方には、心が開けて穏やかになれると思うんです。作品を通して、理解されるかされないかずっと問われることは相当なストレスなんだと思います。だからこそ、青山監督の作品を好きって言ってくれる人に対しては、すごくチャーミングな屈託のない笑顔で、とことん仲良くなっていく性格だったんでしょうね。
青山監督の演出方法や演技のディレクション
土田:真帆さんは今日上映された『月の砂漠』の後に『秋聲旅日記』(03)に出演されていて、WOWOWの連続ドラマ『贖罪の奏鳴曲』(15)では、また三上さんと共演されていますね。とよたさんから青山さんの作品に出させてほしいとお願いすることはあったんですか?
とよた:家庭内で「私の役はあるんですか?」って軽く言うことはありました。でも、温情で役が付くってことは絶対なかったです。脚本は全部当て書きみたいにして書いてるので、「これはとよた真帆でいいかな」みたいなのは全くなかったですね。
土田:出演俳優から見た、青山さんの芝居に対するディレクションについてお伺いしたいのですが。
とよた:基本は役者が考えてくるもんだっていうのがありましたね。監督に聞いてくる役者さんに対しては、どちらかと言えば「何で自分で考えないんだろう」っていう顔をする。やっぱり、信頼できる俳優さんだけが残っていくという考えだったみたいです。聞かれたら的確な答えはしますが、「自信を持ってやってください」って最後に言う感じですね。
土田:青山監督は「心でこう思ったからっていうより、動いてくれ」という考え方だったんでしょうか。内面的なお芝居とかはあまり好きじゃないんじゃないかと思っていました。
とよた:芝居っぽい芝居は嫌いでした。感情が高まって役者が泣いたりするのも、実は好きではないと思います。あと、リズムや声のトーンをすごく大事にする。音楽が好きだからだと思います。全部心地よいリズムで来ないと駄目でした。家でテレビを見ていても、リズムの悪い俳優だとわざわざ顔を見に行くんですよ。ちょっと怖い監督ですね(笑)。リズムがいいとまた見に行って、「おお!」っていう感じでした。ビートとかリズムにすごくうるさい監督なんです。
土田:『月の砂漠』の中には、柏原(収史)さんとのある種のラブシーンがありますよね。とよたさんがまあまあな距離を這ってくるという(笑)。『空に住む』(20)でも(ラブシーンが)少しあったと思います。でも青山さんの映画では、直接的なラブシーンってそんなにないですよね。
とよた:(『月の砂漠』のラブシーンは)青山の指示だったんですが、やっぱり自然じゃないですよね、プライベートでああいうシチュエーションになっても、多分あんな距離をずっと這っていくっていうのはないと思うけど…映画的な演出ですよね。「そこまで這っていくんですか?」って聞いたとは思います(笑)。
『ユリイカ』の3時間40分の上映時間とか、『空に住む』のキスシーンの長さとか、距離や時間は青山が映画ですごく重要にしていたものなんですよね。よくあるパターンのラブシーンだと「はい、キスしました」って、何にも残らずサッと過ぎていくけど、妙な時間の重要性をよくわかっていたんだと思います。
土田:『月の砂漠』についてのインタビューをいくつか読み直したんですが、真帆さんがプロデューサーの仙頭さんとお話しされている中で、この映画は「私から見たらやっぱり男の人が主人公の映画だと思う」って仰っていたんですよね。青山さんは別のインタビューで、「自分としては『月の砂漠』から女性と対話をする話にシフトしていっている。それは家でとよた真帆と話をしているということが大きいんじゃないか」と発言されています。
とよた:それは初耳ですね。『月の砂漠』から女性を追いかけるようになったっていうのはどこかで読んだり聞いたりしたことがありました。『サッド ヴァケイション』に関しても、よく私の周りとかを研究してたなって思います。小説家でもあったので、とにかく生活が全部ネタだと思ってたんです。「これは面白い」「これは話になる」とか、旅も景色も会話も、そういう観点で物を見てるんですよ。なので『サッド ヴァケイション』を観たときに「あ~やられた!」っていう瞬間が何度もありました(笑)。
土田:実生活が映画に現れているということですか?
とよた:そう。女性の受け答えとか、そのときにそう来るんだということを、多分かなり研究していた感じがあります。
土田:「あなた!」って怒ったりしなかったんですか?(笑)
とよた:全然。ただ、世に出てない小説が実はあるんですけど、それを読んだときは一部腹が立ちました(笑)。これから出る小説なんですけどね。
土田:普段の生活の中で、青山監督は真帆さんに企画中のものを読んでもらったり、構想を相談したりしてたんですか?
とよた:タイトルと内容はわかっていますが、詳しいのはあんまりなかったですね。生前は台本も読んでなかったです。
土田:『月の砂漠』の話ですが、三上さんの役は家族の幻影みたいなものに囚われていますよね。真帆さんが演じてらっしゃる役も、両親が頻繁に出てきます。あれもある意味、妄想というか幻視だと思うんです。柏原さんも、お父さんのことにずっとこだわってるじゃないですか。みんな共通して妄想を見てるみたいですよね。あるいは一番最初の家族の幸せな風景の中に、湾岸戦争の映像やサリン事件のニュース映像が映りますよね。そういった演出の意図も仰らないということですか?
とよた:全く言わないタイプだと思います。プロデューサーとか近しい方には言っていたのかもしれないけれど、やっぱり全部作品から汲み取ってくれということだったんじゃないですかね。
とよたさんの好きな青山作品
土田:出演者としてではなく、観客として、妻として、青山真治らしいあるいは青山真治の中で好きな作品は何でしょう?
とよた:『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』です。病気って薬飲んで治したり手術で治したりっていうのが日常ですけど、目に見えないパワーが人の命を救うとか、もっと違う何かがあるんじゃないかというのを、公開当時の時代にすごくうまく表現していると思います。
ノイズの音の波動で病気が治るとか、ウイルスがなくなっていくというのをああいう形で表現していることに、最初観た時からとっても感動したんですよ。「真治くんよくやったね!」とか言いました(笑)。愛の波動で世界が変わるとか言うように、何かの波動や思いもかけないもので全てが変わっていくということがいつかあるんじゃないかと思わせるような映画だと思っています。本当に難解だって言われまくったんですが(笑)、一番好きな映画です。
土田:『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』は、目に見える映像を通じて不思議なウイルスに感染するストーリーなんですが、浅野忠信さんと中原昌也さん演じる二人のノイズミュージシャンが、音によって治すんですよね。
とよた:あの撮影期間、数限りないノイズミュージックをずっと聞いていたので、面白かったんですよ。自宅の地下に作業場があったんですが、用があってドアを開けると「ビチャビチャビチャガチャガチャガチャ!」とか「ワーッ」っていう音が蔓延していました。いろんなノイズミュージックを研究してましたね。
青山作品のこれからのこと
土田:あらゆる映画監督が、自分の作品のために勉強したり予習したりすると思うんですが、青山さんの映画に対する勉強って、やっぱりちょっと異常なくらい根を詰めてましたよね。
とよた:一生勉強していたいって言い切ってました。朝から晩までずっと勉強していたいんだそうです。だから今まだ家に本とかDVDとかCDが半端じゃない量が残ってるんです。
土田:監督の日記(「宝ヶ池の沈まぬ亀」)を読んでいると、本当に勉強していることがわかります。そういえば亡くなられた後、PCにたくさん企画書が残っていたそうですね。
とよた:まだ全部はチェックできていないですが、関係者に残っている小説とか脚本とかを見てもらって、重要かどうか調べてくださいとお願いしています。
土田:自分でやりたかった企画書とかシナリオなんですよね?
とよた:そうです、「何年でこれを撮る」とか「何歳でこれを撮る」とか、もうそれはそれは何本も予定していました…じゃあなんであんなにお酒飲んだんだろう、って本当に思います(笑)。「もっと健康的に暮らして!」って言うのに、撮れないような体に自らなっていくみたいなところがありました。芸術家はそういうものだって言ってしまえば簡単なんだけれども、もうちょっと何かなかったかなと。
土田:青山さん、今どこかで聞いてるかもしれませんが、お酒の話はあんまりされたくないかなと思うんですけど(笑)。
とよた:いや、多分大笑いしてると思います(笑)。
土田:「青山真治クロニクル」の中でどなたか書いていらっしゃったかもしれないですけど、青山さんの目標ってすごく大きくて、映画そのものみたいなところがありまして、お酒を飲むというのはそれに負けないように、不安を打ち消すためだったんじゃないでしょうかね。
ところで、残された企画の中には、実際に進んでいたものがあるんですよね。
とよた:はい、青山が亡くなる寸前まで撮ろうと企画で、『BAUS 映画から船出した映画館』という映画です。監督は、愛弟子であり「Bialystocks」のボーカルでもある甫木元空(『はだかのゆめ』監督)です。実は元の脚本のままでやると6億ぐらいかかるみたいなんですよ(笑)。それは現実的に難しいのでずいぶん縮小して、脚本も甫木元監督なりに変えて、たくさんのキャストとともに撮影しました。
土田:今年完成予定で、来年公開ですか?
とよた:そうですね。着々と進めているようです。
土田:青山さんは次世代に託すという教育的な活動もされていて、いろいろな大学でも教えられていました。甫木元くんも多摩美の教え子ですよね。真帆さんご自身は、とよた真帆というより青山真穂としてかもしれませんが、青山さんの作品や残していったものを今後どう展開される予定ですか?
とよた:「青山はどうしたいのか?」というのをいつも語りかけつつ、守りながら進めていっています。実は、青山が立教大学の学生時代に制作した8ミリ作品が10本くらいあるんですよ。その中のフィルムで残っているものをデジタル化しようとしています。ただ、青山が門外不出にしていたものもあり、まずその理由をリサーチして、関係者みんなで見て、出していいものがあるならば世の中の人にお見せしたいなと思っています。これから映画を目指す人や、青山真治のことを好きでいてくれるファンの方に対して、青山真治という映画監督ができるまでの軌跡みたいなものをお見せできたらいいですね。
本日は本当にこんなたくさんの皆さんとお会いできて、光栄でした。この時間を皆さんと共有できて嬉しいです。これからも青山真治の作品をいろいろと上映していきたいと思います。ありがとうございました。
(終)