2020.03.19

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その41 スー・リオンと『ロリータ』

「ロリータ・コンプレックス」という言葉を生み出したことでも有名なナボコフによる同名小説の映画化『ロリータ』(62)は、『2001年宇宙の旅』(68)をはじめ名作だらけのスタンリー・キューブリック監督作品の中でやや微妙なポジションにあります。発表された当時はまだ表現規制が厳しく、美少女ロリータを原作の年齢設定12、3歳からミドルティーンにまで上げなければならず、結果中年男性による少女愛というテーマがやや不明瞭になってしまったこと。イギリスで撮影したため、アメリカ大衆文化への批評と愛情が織り込まれた原作の味わいを大幅に損ねてしまったことなどが相対的に評価が低い理由に挙げられます(知った感じで書いていますが、この辺はナボコフ研究の第一人者 若島正氏の文章の受け売りです…)。

とはいえ本作を完璧な失敗作としてスルーするのはもったいないことだと思います。人間の欲望や嫉妬をブラックユーモア満載で描くキューブリックのイジワルなタッチは冴えわたっていますし、何よりロリータ役のスー・リオンの光り輝く魅力は誰にも否定しようがないと思います。前述の理由でミスキャストと言われてしまうこともありますが、天使と小悪魔が同居したような存在感は原作の幻惑的なイメージを決定的には外していませんし、やや大人びたロリータ像だからこそ彼女に振り回されて破滅していく主人公ハンバートの悲哀に老若男女が抵抗感なく共感できるとも思うのです。ほぼ男性しか出てこない『2001年~』や全編がミソジニックな『時計じかけのオレンジ』(71)が象徴的なようにキューブリックは概ね女優を冷淡に扱う映画作家ですが、本作では彼女の金髪や透き通る白い肌を際立たせる光に満ちた画面設計を全編に施しており、彼女を魅力的に撮ることに尽力しているのが明瞭です。キューブリックのキャリアの中でスー・リオンは数少ない特権的な存在なのです(ちなみにもうひとりの数少ない例外である、『突撃』(57)の歌手役で妖精のように撮られたクリスティアーヌ・ハーランは後のキューブリック夫人。キューブリックは正直な男です)。

スー・リオンは『ロリータ』撮影当時15歳。これで一躍期待の新星になりますが、精神的に不安定な人だったらしく若くして結婚と離婚を繰り返し、スキャンダルの方が有名になってしまいます(73年には服役中だった殺人犯に一目ぼれして結婚するもすぐに離婚)。作品に恵まれないまま80年には短いキャリアを終えて隠居。昨年(2019年)12月末に73歳でひっそりとこの世を去りました。皮肉なことに他に広く観られている作品がないため、彼女のイメージはいつまでも眩く輝いたロリータのままです。現在では映画本編よりファッションアイコン化した感のあるポスターの方でその顔が知られているかもしれません。永遠のロリータ、R.I.P。

(甘利類)