■スタンリー・キューブリック
1928年にアメリカ・ニューヨークのユダヤ人開業医の家に生まれる。13歳の頃から写真に熱中、高校卒業後に「ルック」誌へ入社しカメラマンとして働いた。組写真を使った短編記録映画を作ってから映画製作への興味を高め、53年、身内の資金をもとに自主製作で『恐怖と欲望』を完成させる。
27歳の時にハリウッドで撮影した『現金に体を張れ』('56)や、次作のカーク・ダグラス製作・主演の『突撃』('57)は高く評価された。しかしダグラスに抜擢され代打監督に挑んだ大作『スパルタカス』('60)では作品管理が思うようにならず、映画自体は好評価を得ながらも"自分の作品ではない"と総括している。以降は企画から脚本・撮影・製作のすべてをコントロール下に置くようになる。
俗にSF三部作と呼ばれる『博士の異常な愛情』('63)、『2001年宇宙の旅』('68)、『時計じかけのオレンジ』('71)で映像作家としての世界的評価を確たるものにし、その後も1作ごとに話題を振りまきながらマイペースでカルト的作品を送り出した。1999年、『アイズ ワイド シャット』の完成直後に70歳で急死。
・恐怖と欲望('53)
・非情の罠('55)
・現金に体を張れ('56)
・突撃('57)
・スパルタカス('60)
・ロリータ('61)
・博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか('64)
・2001年宇宙の旅('68)
・時計じかけのオレンジ('71)
・バリー・リンドン('75)
・シャイニング('80)
・フルメタル・ジャケット('87)
・アイズ ワイド シャット('99)
今週はスタンリー・キューブリック監督特集、『時計じかけのオレンジ』と『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(以下『博士の異常な愛情』)を上映いたします。
キューブリック監督の作品は私が映画を観始める前からタイトルを知っているほど有名だったので、早い時期に彼の映画を体験することができました。「完璧主義者」といわれる彼が隅々までデザインした画のスタイリッシュさと、難解な(あるいは当時の私は難解だと思った)物語が、映画を観始めて間もない私を強烈に惹きつけました。それは今までまるで観たことのないもので、少し背伸びをする感覚で観ていたのを覚えています。
暴虐の限りをつくす『時計じかけのオレンジ』の主人公アレックスが最後にたどり着く結末。また、世界の破滅の危機を左右する『博士の異常な愛情』の水爆の行方。怒涛の展開が振り出しに戻ってしまう、重いテーマをおちょくるかのようなキャッチーな演出は、唯一無二のシニカルさを帯びています。観客のことなんてお構いなしにあれよあれよと物語は進み、映画が終わる頃にはまるで荒野に1人ポツンと立たされたような気持ちになるのです。そして精巧なジオラマを観察しているかのように、キューブリック監督は冷静な視線でこちらをのぞきます。「試されているのかもしれない」といった恐れが、確信していた考えを揺さぶり、深い迷宮へと導いていきます。それは遺作となった『アイズ ワイド シャット』で、主人公ビルが体験したものに近いのかもしれません。
作りこまれた世界は必ずしもリアルであるとはいえません。しかしキューブリック監督作品を観ることは紛れのないリアルな体験なのです。私たちは、彼の映画に心を鷲づかみにされた途端に突き放され、「あれはいったい何だったんだ」と思いながら、いつも通りの日常へと戻るしかないのです。
時計じかけのオレンジ
A CLOCKWORK ORANGE
(1971年 イギリス/アメリカ 137分 ビスタ)
2015年8月1日-8月7日上映
■監督・製作・脚本 スタンリー・キューブリック
■原作 アンソニー・バージェス
■撮影 ジョン・オルコット
■美術 ラッセル・ハッグ/ピーター・シールズ
■編集 ビル・バトラー
■音楽 ウォルター・カーロス
■出演 マルコム・マクドウェル/パトリック・マギー/ウォーレン・クラーク/ジェームズ・マーカス/マッジ・ライアン/マイケル・ゴヴァー/マイケル・ベイツ/エイドリアン・コリ
■アカデミー賞作品賞・監督賞・脚色賞・編集賞ノミネート/NY批評家協会賞作品賞・監督賞受賞/英国アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞ノミネート
ロンドンの都市。秩序は乱れ、治安状態は悪化し、性道徳は退廃の極にあった。15歳のアレックスを首領とするディムとジョージーの一味は、その夜も街で暴れ廻っていた。暴虐の限りをつくして爽快になったアレックスは、大好きなベートーベンの第九交響曲を聴きながら幸福な眠りにつくのだった。
ある日、ささいなことからディムとジョージーが反抗し、アレックスを裏切り警察に売ってしまう。その頃、政府は凶悪な犯罪者の人格を人工的に改造する治療法を計画していた。刑務所に入ったアレックスはその第1号に選ばれてしまい…。
忘れられないイメージ、飛び上がらせる旋律、魅惑的な言葉の数々――スタンリー・キューブリックは世にもショッキングな物語を映像化した。原作はアンソニー・バージェスの同名小説。完全に管理された未来社会で、あまりあるエネルギーをもてあそぶティーン・エイジャーの理由なき反抗を描く。
当時、議論の的になった本作は、ニューヨーク映画批評家協会賞の最優秀作品賞と監督賞を受賞し、アカデミー賞では作品賞を含む4部門にノミネートされた。その芸術的な衝撃と誘惑は、現在でも観る人々を圧倒する。
博士の異常な愛情
または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
DR. STRANGELOVE: OR HOW I LEARNED TO STOP WORRYING AND LOVE THE BOMB
(1964年 アメリカ/イギリス 93分 SD)
2015年8月1日-8月7日上映
■監督・製作・脚本 スタンリー・キューブリック
■製作 ヴィクター・リンドン
■原作・脚本 ピーター・ジョージ
■脚本 テリー・サザーン
■撮影 ギルバート・テイラー
■編集 アンソニー・ハーヴェイ
■音楽 ローリー・ジョンスン
■出演 ピーター・セラーズ/ジョージ・C・スコット/スターリング・ヘイドン/キーナン・ウィン/スリム・ピッケンズ/ピーター・ブル
■アカデミー賞作品賞・主演男優賞・監督賞・脚色賞ノミネート/NY批評家協会賞監督賞受賞/英国アカデミー賞作品賞・美術賞・国連賞受賞、男優賞・脚本賞ノミネート
時は冷戦の真っ只中。アメリカの戦略空軍基地司令官リッパー将軍が突然発狂。なんとソ連への水爆攻撃を命令したのだ。司令官の狂気を知った副官は、司令官を止めようとするが逆に監禁されてしまう。
さらに、ソ連が保有している核の自爆装置は水爆攻撃を受けると10ヵ月以内に全世界を破滅させてしまうと判明。両国首脳陣は最悪の事態を回避すべく必死の努力で事態の収拾を図る。しかし、迎撃機によって無線を破壊された1機が、ついに目標に到達し、水爆はついに投下されてしまう…。
元英空軍パイロット、ピーター・ジョージの極めてシリアスな小説「破滅への二時間」を原作に、核戦争の恐怖と現実の不条理を一級のブラック・コメディに仕立てた異色作。 スタンリー・キューブリックの代表作であり、後に続く『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』とあわせて、“SF三部作”とも呼ばれる。
主演は、『ロリータ』『ピンクパンサー』シリーズのイギリスの名優ピーター・セラーズ。英軍大佐、マフリー米大統領、表題でもあるストレンジラブ博士の一人三役を見事に演じ、一層異彩を放っている。キューブリックは彼の即興演技を高く評価しており、後に「彼は私が今までに会った誰よりも、グロテスクなユーモアのセンスというものを持っている。」と語っている。