2017.11.02

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

vol.3 孤高の映画人に寄り添う生き物

早稲田松竹では、明日11/3までジャファル・パナヒ監督『人生タクシー』を上映しております。国際的に評価の高いパナヒ監督ですが、2010年、イランの当時の政権に対する反体制的活動を理由に、20年間の映画製作禁止を余儀なくされます。しかし「既存の方法で製作しなければ、映画ではないだろう?」とばかりに、セルフドキュメンタリー的作品『これは映画ではない』、そして『人生タクシー』を完成させたのでした。今回は、禁じられた映画製作の創意と工夫の原点と言える前作『これは映画ではない』に登場した、ある生き物について語りたいと思います。

『これは映画ではない』には、自宅軟禁中も創作への情熱に突き動かされるパナヒ監督の苦闘が、時にユーモラスに、時にシリアスに映し出されています。撮るはずだった脚本の朗読を自室で始め、カーペットの上にビニールテープを貼ることで映画のセットの代わりにして「映画製作」にとりかかりますが、次第に、その行動の空疎さにやりきれなくなります。そんな中を悠然と横切るグリーンの巨体…パナヒ監督の次女が飼うグリーンイグアナ、イギです。

生き物への偏愛度に差はつけたくない私であっても、とりわけ、は虫類には畏敬の念を抱かずにいられません。彼らの姿はいにしえに暮らしていた地球の大先輩、恐竜を彷彿とさせます。現存するは虫類と恐竜は、共通の先祖から何億万年も前に分かれて多様な進化の道を歩んだので、厳密に言えば「祖先」ではありません(ちなみに最も恐竜に近いのは鳥類だそうです)。足の付く位置や立ち方にも違いがあります。しかしそうは言っても、悠久を今も留めているかの如き面影に、胸を打ち震わさずにはいられないのです。は虫類の魅力は、こうした歴史からにじみでる「気高さ」。この一語に尽きると思います。

そう考えた時、『これは映画ではない』でパナヒ監督と行動をともにしている生き物が、イヌでもネコでもその他の小動物でもなく、イグアナだったということは、何か意味があったと言えます。もちろん、イヌのいじらしい従順さやネコの気まぐれな媚態も十分魅力的ですが、は虫類だけが持つ完全なる素っ気なさも、比べようもなく味わい深いものです。

何物にも与しない、ストイックな佇まい、孤高さ。イギはまるで、禁じられてもなおカメラを手放すことを潔しとしないジャファール・パナヒ監督の、精神的分身のなのではないでしょうか。

(ミ・ナミ)