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今週の上映作品はジャファル・パナヒ監督の『人生タクシー』とアスガー・ファルハディ監督の『セールスマン』。イラン映画を代表する作家の新作二本立てです。

イランでは政府の検閲が厳しく、映画作家が自由に作品を作ることは容易ではありません。また、イランで製作される映画本数は年間100本にも満たず、決して多いとはいえません。けれど、『人生タクシー』はベルリン映画祭金熊賞(最高賞)、『セールスマン』はカンヌ映画祭脚本賞・男優賞、さらに米アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞しています。

ここ30年ほど、世界の映画祭においてイラン映画は常に強い存在感を放ってきました。それは何故なのか、今週の二本を観ればわかるかもしれません。現在のイランを鋭く切り取る新たな傑作をご覧ください。

人生タクシー
TAXI
(2015年 イラン 82分 DCP ビスタ) pic 2017年10月28日から11月3日まで上映 ■監督・出演 ジャファル・パナヒ

■2015年ベルリン国際映画祭金熊賞・国際映画批評家連盟賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©2015 Jafar Panahi Productions

喜びと悲しみを乗せて――
ベルリン国際映画祭最高賞を受賞した
奇跡の人生讃歌!

pic タクシーがテヘランの活気に満ちた色鮮やかな街並みを走り抜ける。運転手は他でもないジャファル・パナヒ監督自身。死刑制度について議論する路上強盗と教師、一儲けを企む海賊版レンタルビデオ業者、交通事故に遭った夫と泣き叫ぶ妻、映画の題材に悩む監督志望の大学生、金魚鉢を手に急ぐ二人の老婆、国内で上映可能な映画を撮影する小学生の姪、強盗に襲われた裕福な幼なじみ、政府から停職処分を受けた弁護士など。タクシーのダッシュボードに置かれたカメラを通して、個性豊かな乗客が繰り広げる悲喜こもごもの人生、そして知られざるイラン社会の核心が見えてくる――

「映画こそが私の表現であり人生の意味だ。
 何者も私が映画を作るのを止める事は出来ない。
 ――どんな状況でも映画を作り続け、
 そうすることで敬意を表明し、
 生きている実感を得るのだ。」ジャファル・パナヒ

picジャファル・パナヒ監督は、アッバス・キアロスタミ監督の助監督をつとめ、デビュー作『白い風船』(95・キアロスタミ脚本)からすぐに注目を浴びました。しかし、『チャドルと生きる』(00)や『オフサイド・ガールズ』(06)などで世界で高い評価を受けていた矢先の2010年、反体制的な活動を理由に、イラン政府から“20年間の映画製作の禁止令”を命じられてしまいます。

けれど、パナヒはあきらめませんでした。むしろその絶望的状況を逆手に取り、自宅や友人宅でひそかに映画を作り続けたのです。『人生タクシー』もまたそうしたなかで撮り上げた作品です。物語はほぼ全編タクシーの中だけで進んでいきます。パナヒ自身が運転手としてテヘランの街を走り回る間に、様々な事情を抱えた乗客たちと出会い話を交わします。

pic 乗客たちが語るのは、クスッとしてしまうような身の上話から、人生の深刻な問題まで十人十色。時に出来過ぎていて本当にドキュメンタリー? と疑ってしまうドラマチックな展開の連続です。しかし、観ているうちに「この話が実際に真実かどうか」なんてあまり気にならなくなるはず。

「映画こそが私の表現であり、人生の意味だ」とパナヒが語るように、限られた条件の中でそれでも情熱をもって彼が作り上げた作品には、それがドキュメントであれフィクションであれ、本物の人間ドラマが詰まっています。そしてそれこそが“映画の本当”なのだと思わされるのです。

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セールスマン
FORUSHANDE
(2016年 イラン/フランス 124分 DCP ビスタ)
pic 2017年10月28日から11月3日まで上映 ■監督・脚本 アスガー・ファルハディ
■撮影 ホセイン・ジャファリアン
■編集 ハイデー・サフィヤリ
■音楽 サッタル・オラキ

■出演 シャハブ・ホセイニ/タラネ・アリドゥスティ/ババク・カリミ/ミナ・サダティ

■2016年アカデミー賞外国語映画賞受賞/カンヌ国際映画祭脚本賞・主演男優賞W受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©MEMENTOFILMS PRODUCTION - ASGHAR FARHADI PRODUCTION - ARTE FRANCE CINEMA 2016

ある夜の闖入者――
たどり着いた真実は、憎悪か、それとも愛か――。
アカデミー賞外国語映画賞受賞!
濃密な心理サスペンスの傑作

pic教師エマッドとその妻ラナは、小さな劇団に所属し、俳優としても活動している仲の良い夫婦。ある日、エマッドの留守中に、引っ越して間もない自宅でラナが侵入者に襲われてしまう。警察に通報して犯人を捕まえたい夫と、表沙汰にしたくない妻の感情はすれ違い始める。やがて犯人は前の住人だった女性と関係がある人物だとわかるが…その行く手には、彼らの人生をさらに揺るがす意外な真実が待ち受けていた――。

「ひとつの映画で、
 7000万人ものそれぞれの信仰や生活がある
 多様な社会全体を描くことはできないが、
 ひとつの映画で
 ひとつの社会の風景を描くことはできます。
 ――自分の才能を限定しない限りは、
 イランに開かれた窓を
 提供する機会を与えられたと思っています。」アスガー・ファルハディ

pic アスガー・ファルハディ監督は、イラン国営放送のテレビドラマからキャリアをスタートさせました。手がけた作品はいずれも国内で上映され、かつ国際的にも人気が高い監督です。本作『セールスマン』はイランで10人に1人が観たといわれています。

picイラン映画といえば、たいてい子供や貧しい人たちが主人公のことが多い印象ですが(子供を主役に据えるのは反社会的なテーマをオブラートに包むためだそう)、ファルハディの映画に出てくるのは、都市部に暮らし金銭的余裕がある人々です。その生活はいわゆる欧米諸国のそれとさほど変わらないように見えます。そして描かれるのも、夫婦や家族の問題、現代社会の人間関係の希薄さなど、万国共通のテーマです(実際にファルハディ監督は前作『ある過去の行方』はフランスで、次作はスペインで映画製作を行っています)。

いっぽうで、緻密な演出や登場人物の会話の端々から滲み出すのはやはり、イスラムの慣習や価値観でもあります。『セールスマン』の主人公の俳優夫婦が劇中で演じる舞台「セールスマンの死」は、時代の転換期に取り残されてしまう初老の男を描いたアーサー・ミラーの戯曲です。ファルハディは、1940年代のNYを舞台にしたこの戯曲と、現代のテヘランの街の姿が重なったといいます。急激に近代化が進みつつも、どこかでひずみが生じているテヘランという街とそこに暮らす人々。ファルハディの映画には、リアルなイラン社会の“いま”が絶妙なバランスで描かれているのです。(パズー)

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