2020.12.17

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

『グッバイ、リチャード!』のジャック・ラッセル・テリア

先日、アメリカのとある医師がSNSに投稿した「新型コロナウイルス患者が最期に見る光景」。多くの人にショックを与えたに違いないこの動画ですが、私は、このいまだに解明しきれない伝染病がもたらす恐怖に加えて、人が人生の終わりに何を見るのかを垣間見たことも衝撃でした。2年前に末期がんで母を亡くした自分にとって「人は最期にどんな光景を見るのか」を示したことそのものに、思うところがあったのです。ましてや昨今のように、会いたい人や大切な人に会えないまま死を迎えることになるかもしれない世の中だと、より深く考えざるを得ませんでした。

今回ご紹介する『グッバイ、リチャード!』は、ジョニー・デップ扮する末期がんで余命半年を宣告された大学教授リチャードが、残りの時間をいかに過ごしていくかをユーモアで描いたヒューマンドラマ&コメディです。がん患者を家族に持った経験のある私にとっては身につまされることの多い映画でもありましたが、リチャードはかなり破天荒な日々にわずかな命を費やしていきます。深酒をする、浮気をする、気に入らない生徒を追い出しカリキュラムを無視して授業を行う等々…何とも派手にやりたい放題。そんなリチャードには、愛犬のジブルスが付き従っています。

ジブルスはジャック・ラッセル・テリアです。1994年にジム・キャリー主演で大ヒットしたコメディ『マスク』のマイロや、2012年にアカデミー賞を獲得した『アーティスト』で一躍有名になったアギーなど、映画にはなじみ深い犬種ですが、彼らと違いジブルスはふわふわとした長い毛におおわれています。今回初めて知ったのですが、ジャック・ラッセル・テリアには短毛の「スムース」、短毛と長毛のどちらも生えている「ブロークン」、長毛の「ラフ」の毛質を持つ3つのタイプがいるのだそうです。そして、長毛だとブラッシングが大変そうだと思いましたが、「ラフ」は抜け毛が少ないのだとか。犬の見た目だけでは想像のつかないものです。

映画の終盤、リチャードは家族に別れを告げて自家用車に乗り込み、あてどない死出の旅へ出かけていきます。残りわずかとなった時間に寄り添うのは、ジブルスたった一匹だけです。観ていた私はふと、なぜリチャードはこんな最期を迎えたのかと想像してみました。この作品の中でジブルスは、もしかしたら、犬の姿をした“死”の概念そのものだったのでしょうか。そう考えると、“死”というのは、コロナ禍で実感するような突然でとてつもなく恐ろしいもの、という一方で、まるで犬のように身近で息づいているものなのかもしれません。心身に苦しみを抱えていたに違いないリチャードが、人生の終わりに見た光景を思うと、軽やかな幕切れも何だか切なくなったのでした。

(ミ・ナミ)