2016.07.07
【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類
その4 ドミニク・ラファンと『泣きしずむ女』
フランスの映画作家ジャック・ドワイヨンの日本公開最新作は『ラブバトル』(2013)といったが、この題名は他のほとんどのドワイヨン作品にも応用可能だろう。多くのドワイヨン映画の登場人物たちは、愛情と表裏一体となった感情の濁流にもみくちゃにされながら、文字通り闘いのような振る舞いの中に生きるからだ。彼がこのスタイルを確立したのは78年の『泣きしずむ女』からである。大袈裟ではなく本作に主演したドミニク・ラファンの存在こそが、映画作家ドワイヨンの方向性を決定づけたのだと思う。
『泣きしずむ女』は、極めてパーソナルな感触の作品だ。当時のドワイヨンの住んでいた自宅が舞台となっており、ドワイヨンとドミニクがそれぞれ名前と同じ役名で元夫婦を演じている(当時3歳の彼の実娘ローラ・ドワイヨンも同様に娘役で出演している)。この映画のドミニクはドワイヨンに捨てられ、冒頭から終わりまで泣いてばかりいるのだが、にも関わらず夫が新しい妻と住む家庭に居座りつづけ、三角関係をひたすら拗らせまくったあげく、完膚なきまでにそれを崩壊させてしまう。監督ドワイヨンは、複雑な感情に身を引き裂かれ、精神の均衡を失っていくドミニク・ラファンの生々しい表情の推移を静謐にとらえていく(本作の原題「La Femme qui pleure」が、一人の女の肖像の中に激しく錯綜する感情を描き出した、ピカソの「泣く女」のフランス語題と同じなのは偶然ではないかもしれない)。この作品の彼女は『妻は告白する』(61)の若尾文子や『下女』(60)のイ・ウンシムのように、狂えば狂うほどに畸形的かつ官能的な美しさを湛えていた。
79年に公開された本作で一躍注目を集め、将来を嘱望された彼女だが、そのわずか6年後の85年、33歳の若さでこの世を去ってしまう。死因は心臓発作だが、自殺だといわれている。日本で普通に観られる彼女の出演作は極端に少なく、ロベルト・ベニーニの妻を好演したマルコ・フェレーリ監督『マイ・ワンダフル・ライフ』(80)やイヴ・モンタンの恋人役で少し出たクロード・ソーテ監督『ギャルソン!』(83)でしかその姿を見られないのは寂しい限りだ。上記以外にもクロード・ミレール監督「Dites-lui que je l’aime」(77)やカトリーヌ・ブレイヤ監督「Tapage nocturne」(79)など、多くの重要な監督たちと仕事をした彼女の魅力が、よりたくさんの人に(再)発見される日が来ることを願ってやまない。
(甘利類)