2016.09.15
【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類
その6 ジーン・セバーグと『リリス』
朝鮮戦争帰還兵の若者ヴィンセント(ウォーレン・ベイティ)は、地元の統合失調症の患者たちの施設で働くうちに、謎めいて妖艶なリリス(ジーン・セバーグ)という女性患者に強く惹かれていく。時として澄んだ瞳の奥に邪悪さを見せる彼女に深入りするうちに、同じく彼女に好意を持つ青年(ピーター・フォンダ)との間に取り返しのつかない悲劇を呼び寄せてしまう・・・。
『ハスラー』(61)が有名な名匠ロバート・ロッセン監督の遺作『リリス』(64)は、60年代アメリカ映画のマスターピースだ。『メトロポリス』(27)の特殊撮影や『顔のない眼』(59)の撮影を担当したユージン・シュフタンによる水に映るイメージの波紋、湖にたれこめる霧などを活用した夢幻的なモノクロ映像の繊細さと、あまりにも陰鬱なストーリーはハリウッドで作られた反ハリウッド的映画の極北と言えるかもしれない。
タイトル・ロールを演じるのはジーン・セバーグ。天使と悪魔が同居したようなその底知れない美しさたるや、トレードマークのショートカットではなくロングヘアなこともあり、『勝手にしやがれ』(59)の溌剌とした現代娘とはまるで別人のような存在感を放っている。
リリスとは旧約聖書に登場するアダムの最初の妻であり、男性を誘惑する魔女的な女性の名前だが、本作のリリスは決して典型的なファムファタール像に収まらない。誰もが不幸になるこの映画では、彼女もまた自分の罪を直視したショックで精神の煉獄に閉じ込められてしまうのだ。終盤に写る彼女の空っぽな瞳はあまりにも悲痛だ。
ジーン・セバーグ本人は60年代後半、公民権運動への共感からブラックパンサーを支援したのをFBIに目をつけられ、度重なる脅迫やデマに晒されたストレスから流産を経験。その後も作品に恵まれず精神錯乱を悪化させた末、79年パリの路駐の車内で謎の死を遂げてしまう。
誠実な人柄で知られ、多くの人々に愛されたはずの彼女の孤独な最期は、リリスの最期のイメージとオーヴァーラップするようにどうしても見えてしまう。共演者のベイティやフォンダがこの数年後に『俺たちの明日はない』(67)と『イージー・ライダー』(69)の成功でハリウッドを革新していくのに対し、彼女だけがリリスという役柄に呪縛されて運命を狂わされてしまったのではないか。そんな妄想を抱かせるほど、『リリス』のジーン・セバーグは禍々しいまでの美しさを湛えて映画史に屹立している。
(甘利類)