2018.11.08

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

『暗殺のオペラ』の動物と“悲劇の印象派画家”

先週早稲田松竹で上映しておりました、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『暗殺のオペラ』。この一週間、私はオープニングに映る動物たちの画に目が釘付けでした。これらはスイス出身のイタリア人画家、アントニオ・リガブエ(1899~1965)という画家の画集から引用されています。

登場するのは主にヒョウやトラ、ライオンなどのネコ科の動物で、威嚇や獲物をくわえるときに出る鼻の周りのシワや、めくれ上がった舌など、だいぶ誇張はあるものの特徴を捉えています。ネコ科動物は、動くものに本能的に飛びかかる習性があります。リガブエには大蛇に襲われる雄ライオン、巨大なクロゴケグモに絡みつかれるヒョウ(傍らにはなぜか人骨)がありますが、「動き回る蛇や蜘蛛にじゃれついて、逆襲をくらったライオンとヒョウ」という物語を想像しては楽しんでいました。

一番面白かったのは、シマウマを仕留めようするライオンの画。本来は交互に動くはずのライオンの左右の前足と後足が、両方同時に出てしまっていて、追いかけているのか、エビのように後ろに跳んでいるのかよく分からない、どこか憎めない構図になっています。リガブエの画は小学生の力作のようにも見えますが、ダイナミズム溢れる筆力と色使いが、やけに脳裏に焼き付いて離れないのでした。

リガブエは『暗殺のオペラ』の撮影地・ポー平原から40キロしか離れていないレッジョ・エミリア県で生活していました。ベルトルッチ曰く「この映画に写り込んでいる同じ木々、同じ風景を描いていた」のだそうです(*)。言われてみるとラストカットの草むらは、リガブエの画にとてもよく似ています。しかしイエネコはともかく、ライオンやトラは周りにいなかったはずで、自身の生活の中で発揮された妄想力のたくましさに目をみはります。

リガブエは“悲劇の印象派画家”と呼ばれたりもするそうです。生まれつき精神疾患を抱えていた彼は、幼少期に障害児施設に預けられたものの、ほどなくそこを追い出されると流浪の身となります。度重なる精神病院への入院、故国スイスからの追放、自傷行為、交通事故による身体の麻痺など、心身ともに波乱に満ちた生涯の中で、あの独特な画風を残したのかと思うと胸にこみ上げるものがありました。

(*)参考資料:遠山純生「ポプラの木々を駆け抜けるライオンの逃走」(CINEMA VALERIA vol.6 ベルナルド・ベルトルッチ)

(ミ・ナミ)