2021.05.20

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

突然ですが、皆さんはニホンオオカミの存在を信じていますか? ニホンオオカミは、19世紀までは東北地方から九州まで各地に分布していましたが、1905年1月に、奈良県で捕獲された若いオスを最後に、現在まで確実な生息情報がありません。そしてまもなく絶滅したと考えられています。それでも、今なお100年以上前に絶滅したニホンオオカミを探す試みが続いていることをあるテレビ番組で知って驚がくしたものです。現存する剥製も犬のようでもあり、また、どうやら別種のオオカミとどのくらい違いがあるかというのも定かではないそうですが、日本各地ではニホンオオカミの目撃談が後を絶たないようです。何だかドリーミーな話です。

さて、オオカミ映画は頭に多く浮かぶのですが、最近一番心が揺さぶられたのは、先日当館でも上映していたアイルランドのアニメーションスタジオ、カートゥーン・サルーンによる最新作『ウルフウォーカー』でした。アイルランドの町キルケニーを舞台に、人間とオオカミが共存した体を持ち、眠ると魂が抜け出してオオカミになる〈ウルフウォーカー〉であるメーヴと、イングランドから父親とオオカミ退治にやってきたロビン、二人の少女の友情が織りなす冒険譚です。この映画の素晴らしさは、何と言ってもオオカミの描写の圧倒的迫力です。高畑勲監督の『かぐや姫の物語』をヒントにしたという、スケッチの痕を残しつつ3DCGも駆使したオオカミの動きは、雄大でリアリティがありながらどこか人間の手のぬくもりがあります。特に、オオカミに変身するシーンは元のキャラクターによって繊細さ・可愛らしさ・ダイナミックさを描き分けていて、鳥肌が立つほどでした。

調べてみると、現地に伝わる神話をもとにした本作の時代設定である17世紀頃、イギリスを含めたヨーロッパ諸国では、すでにオオカミは駆逐されていたそうです。一方、当時のアイルランドは“ウルフランド”と呼ばれるほど、オオカミが残っていました。しかし、アイルランド征服に乗り出してきたクロムウェル軍によって、アイルランドのオオカミは一斉に減り、1786年に最後のオオカミが殺されてしまったのでした。現在は、ヨーロッパ諸国の多くの国でオオカミは絶滅していますが、生態系の維持のためにオオカミの群れを人為的に作る「オオカミの再導入」によって、再び数を増やしています。

『ウルフウォーカー』は、人間による駆逐によって崩されていく生態系を、〈ウルフウォーカー〉の力によって取り戻そうとしていくように描かれていて、オオカミが神秘と信仰の対象であることは日本もヨーロッパも変わりがないようです。犬のような愛嬌のある剥製を見ると、ひょうきんな神様のようにも感じます。ひょっとしたら、私もこの先長く生きていたら、ニホンオオカミに逢えるかもしれませんね。

(ミ・ナミ)