2019.04.04

【スタッフコラム】しかまる。の暮らしメモ  byしかまる。

第7回 「香るは狂気か、至福か。」

私は匂いフェチなのですが、最近ツイッターで、つける人によって香りが変わるという不思議な香水の情報を見つけました。これは試してみたい! といざお店へ。詳しく調べてみると、もともとは肌の匂いの性質を調べるために作られたものだそうで、その人が持つ肌の匂いを引き立てる魔法のような香水なのです。つけてみた感想はというと、私の場合、優しくフローラルな香りが広がり、キツイ香水のイメージがなくなったほど。天然香料の香水は少しお値段がはりますが、皆がこぞってこの香水を手に入れたくなるのも納得です。

そんなわけで、今回は香水にまつわる映画『パフューム ある人殺しの物語』(07)を紹介したいと思います。舞台は18世紀のフランス・パリ、悪臭漂う魚市場で生まれたジャン=バティスト・グルヌイユは数キロ先の匂いをも感じ取れるほど超人的な嗅覚の持ち主。グルヌイユはある日、街で芳しい香りがする少女に出会い、その運命的な香りに魅了されますが、あることがきっかけで彼女を誤って殺してしまいます。死んだ彼女の身体から匂いが消えていき、悲しみ嘆くグルヌイユ。彼は彼女の香りを永遠に留めようと、香水の作り方を学び、ついには禁断の方法に手を染めていくのです。

自分が求める究極の香水を作るため狂っていく主人公を演じるのはベン・ウィショー。純粋にただ理想の香りを追い求める姿はどこか憎めず、愛らしくも思えてきます。主人公の突き抜けた変態さと、それに相反する女性陣の華やかさだけでも耽美な世界観が完成しているのですが、そこに香水という目に見えない“香り”が介在することで、小説の如く観客に想像する余白を与えるアート作品へと昇華されています。

かつて、ジバンシィがオードリー・ヘプバーンのために作った香水があるように、その人をイメージした香りはいつの時代も作られてきました。しかし、“人物そのものの香り”を作る(正確には保存する)のは狂気を超越した神の所業とでもいうのでしょうか。物語の終盤では主人公が何人もの少女を手にかけた罪で処刑が決まっていたにも関わらず、禁断の香りを振り撒いたとたん大衆がみな「彼は天使だ!」と彼を崇め奉るのです。それほど人を狂わす香りとはどんなものなのか。この作品を観た人であれば一度は思うことでしょう。

現代の香水業界に視点をうつすと、ラグジュアリーブランドなどの合成香料全盛期から、花や植物からとられる貴重な天然香料をメインとした他にはないユニークでアート性が高い香水(インディペンデント、ニッチフレグランス)が支持される新しい時代へと突入しています。もし、グルヌイユが現代に存在したなら、人を殺めずとも己の探求心のまま、もっと幸せに生きられたのではないかと想いを馳せてしまうのでした。

(しかまる。)