2016.12.22
【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類
その9 オルガ・ジョルジュ=ピコと『ジュテーム、ジュテーム』
アラン・レネ監督唯一のSF映画『ジュテーム、ジュテーム』(68)は、彼が初期から探求してきた記憶のテーマをある意味究極まで推し進めた作品である。日本未公開・未ソフト化ながら海外ではカルト的人気があり、『エターナル・サンシャイン』(04)や『(500)日のサマー』(09)などには本作の影響を感じさせる部分が少なくない。
主人公は自殺未遂による昏睡状態から辛くも生還したクロード(クロード・リッシュ)。彼は絶対成功すると科学者たちに太鼓判を押され、意識だけをちょうど一年前に一分間だけタイムトラベルさせる実験の被験者に志願する。だが実験は大失敗。彼は恋人のカトリーヌと過ごした日々にタイムスリップするのだが、何故か記憶はズタズタに切り刻まれ、延々とデタラメな順序で再演されていく。
観客は同じ場面が何度も繰り返されたり、複数の記憶が混濁して一つの場景として再現されたりする彼の混乱した主観に一緒に飲み込まれることになる。それはほとんど「モンティ・パイソン」のギャグのように不条理で甚だ滑稽なのだが、同時にあまりにも悲劇的だ。なにしろ彼はカトリーヌとのロマンティックで幸福な記憶と共に、理不尽な事故で彼女を失ってしまった後の絶望的な感情も執拗に再体験せざるを得ないのだ。生前のカトリーヌへの愛情を再認識すればするほど、その喪失の痛みは膨れ上がってクロードの心を引き裂いていく。これほど主人公が運命に蹂躙されるだけのやるせない映画も珍しい。
社交性ゼロで孤独好き、なのに不思議とファニーな魅力を湛えるカトリーヌを演じたオルガ・ジョルジュ=ピコは、70年代を中心に多くの主演・助演作があるものの、そのほとんどが日本未公開。だが、『さらば友よ』(68)『ジャッカルの日』(73)といった名作で脇役ながら印象深い役を演じている。大胆なヌードを披露したアラン・ロブ=グリエ『快楽の漸進的横滑り』(74)など、セクシーな役も多かったようだが(個人的には『ウディ・アレンの愛と死』(75)でアレンを誘惑する伯爵夫人役が色っぽくかつアホらしくて最高だったと記憶している)、どこか儚くて寂しげな表情が印象に残る女優である。実生活では深刻なうつ病に苦しめられていたようで、97年に57歳の若さで自死を選んでしまったようだ。決して派手な存在ではないが、日本では不遇の傑作『ジュテーム、ジュテーム』と共に彼女の魅力がクローズアップされる日が来てほしいと思う。
(甘利類)