2018.06.21

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

カレリアン・ベア・ドッグと『ホドロフスキーの虹泥棒』

最近、ニュースでベアドッグの特集を見ました。ベアドッグとは、熊対策に活躍する犬で、熊を「退治」するのではなく、人里から離れて暮らすよう熊に「避ける」ことを促し、人との共生を目指して導入された職業犬だそうです。主としてカレリアン・ベア・ドッグという犬種が働いています。このニュースで強烈に印象的だったのは、生まれたばかりのカレリア犬の仔犬のフリーダムなはしゃぎぶりでした。レポーターの服のすそを引っ張ったり、甘噛みしたり、体によじ登ろうとしたりと、わんぱくたちはカメラの前でも全くおとなしくしません。仔犬の襲撃に疲れたレポーターが、息も切れ切れになってしまうほどだったので、番組としてはなかなかのハプニングです。とはいえ、飼い馴らされていない動物の素の姿を垣間見られるのも、生き物偏愛家には眼福のひとときとも言えます。

そんなことを痛感したのは、早稲田松竹で上映されていたアレハンドロ・ホドロフスキー監督作品『ホドロフスキーの虹泥棒』です。本作には、偏屈な大富豪に溺愛されている体格の良いダルメシアンと、地下水道で暮らす主人から盲目的に愛される長毛犬(犬種不明、おそらくニューファンドランド犬でしょうか)が登場します。大富豪は出し殻みたいな牛骨で人間の客をもてなす傍ら、犬たちには豪勢にキャビアを食べさせるのですが、ダルメシアンはキャビアにさして興味がなく、むしろ骨の方に熱い視線を送っています。

一方地下水道の長毛犬も、マンホールを降りるのをぐずる素振りをみせます。以前コラムでクストリッツァ監督作における動物の名演技について語りましたが、本作の犬たちの登場シーンを見ると、ホドロフスキー監督はあまり演出をしていないようです。訓練された犬たちが活躍する犬映画に、私はこれまで何度も泣かされてきました。しかしこうしてカメラの前でも奔放であろうとする犬たちにも、頬がゆるんでしまいます。中でも心をつかまれるのは、ラストに用意されたある感動の再会で、先の長毛犬が突如振り返り、カメラへ目線を向けるほんの一瞬です。そのとっさの振る舞いと瞳のまっすぐさに、心を射抜かれたような感動をおぼえます。きっと人間の名優が1000人束になっても敵わないでしょう。

生き物という存在は、人間とは異なる意識と時間に生きています。いつもこちらの思惑通りに動いてくれるわけでありません。私たち人間の想定外な仕草や行動を見せてくれるからこそ魅力的なのです。

(ミ・ナミ)