パズー
“自伝的作品”という言葉はよく聞くけれど、そういった物語を語ることは、映画監督にとってすごく勇気のいることなのではないだろうか。今週の二本立て『フェイブルマンズ』『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』はどちらも、自身の幼少期や青年期の体験を映画にしている。自分や家族だけしか知らない個人的な思い出を、顔の知らないたくさんの観客に手渡すこと。覚悟のいる作業だけれど、実感のある体験だからこそ、台詞に血が通っていて役者たちは活き活きと輝き、誰の心にも響くものになるのだと思う。
スティーヴン・スピルバーグの『フェイブルマンズ』は、ユダヤ系の家に生まれ、技術者の父の仕事のため引っ越しを繰り返した彼の少年時代をもとにしている。もちろんその間にしっかりと映画と出会い、映画の道に進むことになる過程をスピルバーグらしいマジカルな手法で織り交ぜている。家族と映画と学校、悲喜こもごもすべてひっくるめたノスタルジーを、最高のエンターテインメントとして昇華しているところが間違いなくスピルバーグ印の物語だ。
いっぽうジェームズ・グレイの『アルマゲドン・タイム~』は、同じユダヤ系の中流家庭の話を描きながら、受け取る印象は全く違う。時は超保守であるレーガン政権誕生前夜の1980年。ニューヨークの公立校に通っていた主人公は、大人びた黒人のクラスメイトと友情を育むも、楽しい時間は長くは続かない。グレイはあくまで現実主義で、自身の記憶を忠実に再現しながら、今日のアメリカや世界につながる主題に眼差しが向けられている。差別や格差は昔も今も存在していて、簡単にはなくならない。図らずも自分が加担することになってしまうことだってある。現実を美化することなく実直に訴えている。
ベクトルが全然違うように見える両作品に共通しているのは、とことん“痛み”と向き合っているという点だ。母の裏切りや父の弱さ、友人との(恐らく一生の)別れ、もろくて傷つきやすい少年時代の“痛み”を隠さない。残酷な現実をもろに受け取ってしまうのはいつでも子どもなのである。しかしその時に感じた喪失や後悔といった経験が、皮肉なことに映画作家たちを創作に向かわせ、数々の傑作を生みだしたのだろうとも思ってしまう。スピルバーグもグレイも、撮影しながらカメラの後ろで、もしくは撮影後の編集室で、自分の記憶が再現されるのを目の当たりにして、目頭を熱くさせたという。映画を作ることが、“痛み”を癒す方法になったのかもしれない。
そして、レイトショーで上映する『ボーイズ'ン・ザ・フッド』もまた、監督のジョン・シングルトン自身の体験を基にした歴史的な名作である。全米でも屈指の犯罪多発地帯のLAサウスセントラルで育った少年たちの日常は、友情や恋愛といったごく普通の青春があるいっぽうで、常に暴力やドラッグ、殺人と隣りあわせだ。『スタンド・バイ・ミー』よろしく鉄道のレールの上をほっつき歩く子供たちは、本物の死体を見てもさほど驚くそぶりはない。なんて皮肉なオマージュだろう。
同じ黒人同士で奪い合い傷つけあう、その非情な構造を作り上げたのは誰か。『アルマゲドン・タイム』の数年後を舞台にした本作は、アメリカに蔓延る差別と格差がどう黒人社会を苦しめるのか、リアルすぎるほどに画面に刻み付ける。この強烈な作品がアカデミー賞にノミネートされた時、シングルトンはまだ24歳。スピルバーグが26歳で監督した『ジョーズ』に衝撃を受けた青年が、大学を卒業してすぐに作り上げた物語だった。
「自分の言葉でしか、物語は語れない。」ジェームズ・グレイがインタビューで答えた言葉は当たり前といえば当たり前だが、今週の上映作品を観た後には心に刻まれるに違いない。
フェイブルマンズ
The Fabelmans
■監督 スティーヴン・スピルバーグ
■脚本 スティーヴン・スピルバーグ/トニー・クシュナー
■製作 クリスティ・マコスコ・クリーガー/スティーヴン・スピルバーグ/トニー・クシュナー
■撮影 ヤヌス・カミンスキー
■編集 マイケル・カーン/サラ・ブロシャー
■音楽 ジョン・ウィリアムズ
■出演 ミシェル・ウィリアムズ/ポール・ダノ/セス・ローゲン/ガブリエル・ラベル/ジャド・ハーシュ/ジュリア・バターズ/キーリー・カルステン/ジーニー・バーリン
■2022年アカデミー賞作品賞・監督賞ほか5部門ノミネート/ゴールデン・グローブ賞作品賞・監督賞受賞ほか3部門ノミネート/トロント国際映画祭観客賞(最高賞)受賞/放送映画批評家協会賞若手俳優賞受賞・作品賞ほか8部門ノミネート
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【2023/8/19(土)~8/25(金)上映】
人生の出来事、そのひとつひとつが映画になった。
1952年に両親と初めて映画館を訪れ、『地上最大のショウ』を見たサミー・フェイブルマン少年は映画に夢中になる。以来、自らも8ミリカメラを手に、家族の休暇や旅行の記録係となり、妹や友人たちが出演する作品を制作するのだった。そんなサミーを才能豊かな音楽家である母は応援するが、有能な科学者の父は不真面目な趣味だと考えていた。やがて一家は父の転職で、ニュージャージーからアリゾナ、さらにカリフォルニアへと引っ越す。そして新しい土地での心を揺さぶる体験が、サミーの未来を変えていく――。
夢を抱くすべての人へ――スピルバーグ監督が贈る初の自伝的作品。
50年にわたるキャリアの中で、『ジョーズ』から『E.T.』『ジュラシック・パーク』まで、史上最も愛され、変幻自在な数々の作品を世界に送り出してきたスティーヴン・スピルバーグが、"映画監督”になる夢を叶えた自身の原体験を描く。主人公サミー・フェイブルマンの母、ミッツィを演じるのは、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のミシェル・ウィリアムズ。コンピューターデザインの先駆者である父のバート役には、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のポール・ダノ。スピルバーグと共に脚本を執筆したのは、『リンカーン』『ミュンヘン』でアカデミー賞にノミネートされたトニー・クシュナー。音楽は5度のアカデミー賞受賞を誇るジョン・ウィリアムズ。
17年前、スピルバーグがクシュナーに「秘密を教えよう」と語り出した瞬間が、すべての始まりだった。そして迎えた撮影終盤には、スピルバーグが「この作品に別れを告げるのは、これまでで一番辛かった」と打ち明けたという渾身の作が完成した。両親との葛藤や絆、そして様々な人々との出会いによって成長していくサミーが、人生の一瞬一瞬を追求し、夢を追い求める物語。
「この物語を語らずに自分のキャリアを終えるなんて、想像すらできない」――――スティーヴン・スピルバーグ
アルマゲドン・タイム ある日々の肖像
Armageddon Time
■監督・脚本 ジェームズ・グレイ
■製作 アンソニー・カタガス/マーク・バタン/ホドリゴ・テイシェイラ/ジェームズ・グレイ
■撮影 ダリウス・コンジ
■編集 スコット・モリス
■音楽 クリストファー・スペルマン
■出演 アン・ハサウェイ/ジェレミー・ストロング/バンクス・レペタ/ジェイリン・ウェッブ/アンソニー・ホプキンス
■2022年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品
©2022 Focus Features, LLC.
【2023/8/19(土)~8/25(金)上映】
この素晴らしき、不条理な世界
1980年代、ニューヨーク。ユダヤ系アメリカ人の中流家庭の末っ子ポールは、公立学校に通う12歳。PTA会長を務める教育熱心な母エスター、働き者でユーモラスな父アーヴィング、私立学校に通う優秀な兄テッドと何不自由のない生活を送っていた。しかしポールは、クラス一の問題児である黒人生徒ジョニーと親しくなったことで、複雑な社会情勢が突きつける本当の逆境を知ることになる。
あるとき、ポールとジョニーが学校でやらかした些細な悪さが、彼らの平穏な青春の日々に大きな波乱をもたらす。その解決しがたい問題に直面したとき、ポールは家族、特に強い絆で結ばれている祖父アーロンに頼ることができたが、家庭環境に恵まれないジョニーには支えてくれる大人が誰一人としていなかった。そして、このことが2人の行く末を大きく分けることになる――。
差別と格差が根付く80年代ニューヨークで、変わらぬ愛と変わりゆく自分を見つめる鮮烈なエモーショナル・ドラマ
『エヴァの告白』、『アド・アストラ』など社会派からSFまで精力的に新作を世に送り出し続けるジェームズ・グレイが製作・監督・脚本を務めた最新作。本作はグレイ監督の実体験を元にした半自伝的物語であり、第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された。また、『レイチェルの結婚』『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイ、『羊たちの沈黙』、『ファーザー』のアンソニー・ホプキンスなどアカデミー賞をはじめとする賞レース常連の名優たちに加え、『ジェントルメン』、『シカゴ7裁判』で強い印象を残すジェレミー・ストロングら一流キャストの競演にも注目だ。
レーガン政権が誕生し、冷戦の緊張がさらに高まる80年代ニューヨークを舞台に、多感かつ繊細な12歳の少年ポールが培っていく友情、そして微妙な変化を迎える家族との関係を通して、時代を取り巻く理不尽や不公平を浮き彫りにする本作。生きづらさのなかに滲む「理解と愛」に寄り添い、同時に、自分の「無力さ」を噛みしめ、世の中に折り合いをつけながら日々を営む人々の姿を痛烈かつエモーショナルに映し出した逸品。
【レイトショー】ボーイズ’ン・ザ・フッド
【Late show】Boyz n the Hood
■監督・脚本 ジョン・シングルトン
■製作 スティーブ・ニコライデス
■撮影 チャールズ・ミルズ
■編集 ブルース・キャノン
■音楽 スタンリー・クラーク
■出演 キューバ・グッディング・Jr/アイス・キューブ/モーリス・チェスナット/ローレンス・フィッシュバーン/ニア・ロング/ アンジェラ・バセット/ティラ・フェレル/レジーナ・キング
■1992年アカデミー賞監督賞・脚本賞ノミネート/1991年カンヌ国際映画祭ある視点部門出品
【2023/8/19(土)~8/25(金)上映】
LA サウス・セントラル――ここで生まれ育った3人は、アメリカで最も熱い青春を送っていた。
犯罪多発地区として有名なロサンゼルス、サウスセントラル地区。この危険な街でトレ、リッキー、ダウボーイの幼友達は生まれ育った。トレは厳格な父フューリアスのもとで育てられ、恋人と堅実な生活を夢見る若者。リッキーはフットボールの名選手でスカウトが来るほどの有望株。かたや兄のダウボーイはストリート・ギャングに身を持ち崩してしまっていた。そんな3人に凶悪なギャング集団クレンショー組が突然襲撃を仕掛けてきた!
アメリカが抱える問題をかつてない視点で捉えた青春映画の傑作!
2019年に51歳の若さでこの世を去ったジョン・シングルトン監督が、自身の体験を基に作り上げた監督デビュー作『ボーイズ’ン・ザ・フッド』。当時24歳のシングルトンは、史上最年少かつアフリカ系アメリカ人初のアカデミー賞で監督賞と脚本賞にノミネートされる快挙を成し遂げた。衝撃的な黒人社会の現実が率直に描かれている本作は、興行的に成功をおさめ、批評家からも高い評価を得たものの、製作意図とは裏腹に公開当時各劇場で暴動や発砲騒ぎが続発したことでもメディアを騒がせた。
ダウボーイ役のアイス・キューブは西海岸ギャングスタ・ラップのレジェンドグループ「N.W.A」のメンバーとして当時絶大な人気を誇っており、本作が映画初出演。サウンドトラックにはアイス・キューブの曲はもちろん、R&B、ファンク、ジャズなど多くのブラックミュージックがフィーチャーされている。
「お金儲けのために映画を始めたわけじゃない。身近な人々を題材に、誰もやったことのない方法で、世に残る作品を作りたかったんだ」
――ジョン・シングルトン(ローリング・ストーン“『ボーイズン・ザ・フッド』の故ジョン・シングルトン監督、本人や共演者の発言から見る人生の歩み方”より引用)