『ムーンライト』は、マイアミの黒人コミュニティで麻薬常習者の母と暮らし、周りの友だちと違うことに苦しみながらも成長していく少年シャロンの物語だ。孤独で繊細なシャロンの大きな瞳に、マイアミの強い日差しと大きな月に照らされて輝く海が映り込む。
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の主人公は、兄の死をきっかけに故郷へと戻ってきた男リー。絶望に突き落とされるほどの経験をしてこの街を離れた彼は、逃げ続けてきた過去に対峙しなければならなくなる。寒空の下、故郷の海は穏やかにもの言わず凪いでいる。
誰にも言えない悩みを抱えたり、傷ついたりしたことがある人ならきっと、この二本の映画を観て救われることがあるだろう。人生の困難や過去の悲劇は、乗り越えなくてもいい。ただ受け入れるだけでいい。でもそのためには、自分と向き合わなければいけない。そして周りの人を信用すること。そうすれば、明日からもまた、生きていける。それぞれの作品の街にある海のように、映画は静かに優しくわたしたちを包み込む。
どちらもとてもパーソナルで小さな物語だ。でも、それこそが今いちばん、わたしたちが観たい映画なのだと思う。相手を拒絶したり、攻撃したりすることばかりが溢れている今日の世界で、最も大切なのは“共感”や“寛容”なのだということを気づかせてくれるから。今週の二本の作品は、まぎれもない、“わたしたち”の映画だ。
(パズー)
ムーンライト
Moonlight
(2016年 アメリカ 111分 シネスコ)
2017年11月18日から11月24日まで上映
■監督・脚本 バリー・ジェンキンス
■製作総指揮 ブラッド・ピット/サラ・エスバーグ/タレル・アルビン・マクレイニー
■原案 タレル・アルビン・マクレイニー
■撮影 ジェームズ・ラクストン
■編集 ナット・サンダース/ジョイ・マクミリオン
■音楽 ニコラス・ブリテル
■出演 ナオミ・ハリス/マハーシャラ・アリ/トレヴァンテ・ローズ/ジャネール・モネイ/ジャハール・ジェローム/アンドレ・ホーランド/アシュトン・サンダース/アレックス・ヒバート
■2016年アカデミー賞作品賞・脚色賞・助演男優賞受賞/ゴールデン・グローブ賞作品賞(ドラマ部門)受賞 ほか多数受賞・ノミネート
©2016 A24 Distribution, LLC
名前はシャロン、あだ名はリトル。内気な性格で、学校ではいじめっ子たちから標的にされる日々。自分の居場所を失くしたシャロンにとって、同級生のケヴィンだけが唯一の友達だった。高校生になっても何も変わらない日常の中で、ある日の夜、月明かりが輝く浜辺で、シャロンとケヴィンは初めてお互いの心に触れることに…
自分の居場所を探し求める主人公の姿を、色彩豊かで革新的な映像美と情緒的な音楽と共に3つの時代で綴ったこの物語は、北米で大ヒットを記録し、第89回アカデミー賞では作品賞・脚色賞・助演男優賞の3部門に輝いた。LGBTQをテーマにしたラブストーリー、また黒人だけのキャストやスタッフによる作品がオスカーを受賞するのは共に史上初のことであり、まさに歴史に残る快挙となった。
なぜ『ムーンライト』が世界中を魅了しているのか――。それは人種、年齢、セクシュアリティを越えた普遍的な感情が描かれているからだ。どうにもならない日常、胸を締め付ける痛み、初恋のような切なさ、いつまでも心に残る後悔…思いもよらぬ再会によって、秘めた想いを抱え生きてきたシャロンの暗闇に光が差したとき、私たちの心は大きく揺さぶられ、深い感動と静かな余韻に包まれる。
マンチェスター・バイ・ザ・シー
Manchester by the Sea
(2016年 アメリカ 137分 ビスタ)
2017年11月18日から11月24日まで上映
■監督・脚本 ケネス・ロナーガン
■プロデューサー ローレン・ベック/マット・デイモン/クリス・ムーア/キンバリー・スチュワード/ライアン・ストウェル/ケビン・J・ウォルシュ
■撮影 ジョディ・リー・ライプス
■編集 ジェニファー・レイム
■音楽 レスリー・バーバー
■出演 ケイシー・アフレック/ミシェル・ウィリアムズ/カイル・チャンドラー/ルーカス・ヘッジズ/グレッチェン・モル/カーラ・ヘイワード/C・J・ウィルソン/マシュー・ブロデリック
■2016年アカデミー賞主演男優賞・脚本賞受賞/ゴールデン・グローブ賞主演男優賞受賞 ほか多数受賞、ノミネート
©2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.
アメリカ・ボストン郊外で便利屋として働くリーは、兄の死をきっかけに故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってきた。兄の遺言で16歳の甥パトリックの後見人となったリーは、二度と戻ることはないと思っていたこの町で、過去の悲劇と向き合わざるをえなくなる。なぜ彼は心を閉ざして生きるのか? なぜすべてを残してこの町を去ったのか? 父を失ったパトリックと共に、リーは小さな一歩を踏み出す決心をする――。
本年度アカデミー賞で主演男優賞、脚本賞の2冠に輝いた『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。本作は主人公リーの心の傷を描きながら、彼を取り巻く人々がそれぞれに抱える痛みも繊細に映し出す。『ギャング・オブ・ニューヨーク』でアカデミー賞脚本賞にノミネートされたケネス・ロナーガンの脚本は、リアリティとユーモアが満載で、そのまなざしは寛容さに溢れ、ささやかだが確かな希望を感じさせる。
また、主人公リーの孤独と哀しみを体現したケイシー・アフレックの渾身の演技は絶賛され、自身初のオスカー受賞をはじめ、各賞の主演男優賞を独占した。さらにリーの元妻ランディを演じたミシェル・ウィリアムズ、甥のパトリックを演じたルーカス・ヘッジズも共にアカデミー賞にノミネートされるなど、キャストたちがいずれも特筆すべき好演を見せている。
当初、監督・主演を務める予定であり、本作のプロデュースを手がけたマット・デイモンは「力ある役者と脚本、そしてケネスの演出によって、この映画は忘れられないものになった」と語る。慎ましくも深く、静かに心に染み入る新たな傑作がここに誕生した。