1961年、ドイツからアメリカに亡命した世界的な哲学者ハンナ・アーレントは、
エルサレムで行われたナチスSS隊員アドルフ・アイヒマンの公開裁判を傍聴した。
だが、一連の裁判に立ち合った彼女がザ・ニューヨーカー誌に発表したレポートは、
全米で物議を醸すことになる。
何百万ものユダヤ人を虐殺したホロコーストの中心人物であるアイヒマンを、
“ごく普通の小心者”で“取るに足らない役人”と書いたからだ。
さらに、一部のユダヤ人指導者が、ナチスに協力したとも書いた。
世間の多くの人だけでなく、親しい友人さえもアーレントを厳しく批判した。
自身が他でもないユダヤ人である彼女はしかし、決して意見を変えなかった。
「考えることで、人間は強くなる」とアーレントは言った。
映画『ハンナ・アーレント』は、
あえてアイヒマン・レポートの出来事だけに焦点をあてることで、
ハンナ・アーレントという人間を、揺るぎない信念を貫く哲学者と、
家族や友人たちを大切にする情に熱い女性との両面から描き、
真っ直ぐで人間的な彼女の生き方を浮び上がらせている。
一方『エヴァの告白』は、1920年代、
戦火のポーランドから妹と共にアメリカに移民してきた女性・エヴァが主人公だ。
だが、妹は病のため入国できず、玄関口であるエリス島で隔離されてしまう。
エヴァは偶然出会ったブルーノという男の助けでなんとかニューヨークの町に降り立つが、
彼女を待っていたのはあまりに過酷な運命だった。
ブルーノは売春斡旋を裏の仕事とする男で、やがてエヴァも妹のため娼婦に身を落とすことになる。
敬虔なカトリックであるエヴァにとって、体を売るという行為は堪えがたいことだった。
そして、彼女に想いを寄せるふたりの男、ブルーノとオーランドとの間でさらに悲劇が起こる。
希望を抱いて自由の国にやってきたエヴァに容赦なく降りかかる試練。
それでも、エヴァは自分を見失わず、健気に、時にしたたかに生きようとする。
物語は典型的なメロドラマの要素を盛り込みながら、
弱くて愚かだけれど、明日を夢見て懸命にもがく人間たちに光をあてる。
祖国を捨てアメリカに渡ったアーレントとエヴァ。
実在した人物と、ドラマのキャラクターという違いを越えて、
ふたりの横顔は、ともにたくましく美しい。
「何人(なんびと)も、服従する権利を持たない」
アーレントが残したこの言葉は、映画を観た後いっそうわたしたちの胸に深く刻まれる。
エヴァの告白
THE IMMIGRANT
(2013年 アメリカ/フランス 118分 シネスコ)
2014年6月28日から7月4日まで上映
■監督・製作・脚本 ジェームズ・グレイ
■製作 グレッグ・シャピロ/クリストファー・ウッドロウ/アンソニー・カタガス
■脚本 リチャード・メネロ
■撮影 ダリウス・コンジ
■衣装 パトリシア・ノリス
■音楽監修 デイナ・サノ
■出演 マリオン・コティヤール/ホアキン・フェニックス/ジェレミー・レナー
■第66回カンヌ国際映画祭パルムドールノミネート
1921年、戦火のポーランドからアメリカへ、妹と二人で移住してきたエヴァ。夢を抱いてNYにたどり着くが、病気の妹は入国審査で隔離され、エヴァ自身も理不尽な理由で入国を拒否される。強制送還を待つばかりのエヴァを助けたのは、彼女の美しさにひと目で心を奪われたブルーノだった。彼は移民の女たちを劇場で踊らせ、売春を斡旋する危険な男だ。妹を救いだすため厳格なカトリック教徒から娼婦に身を落とすエヴァ。彼女に想いを寄せるマジシャンのオーランドに見た救いの光も消えてしまう――。
『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』でアカデミー賞に輝いたマリオン・コティヤール、同賞3度ノミネートを誇る『ザ・マスター』のホアキン・フェニックス、2度ノミネートを飾る『ハート・ロッカー』のジェレミー・レナー。2013年のカンヌ国際映画祭は、オスカーの名誉をかけた実力派俳優による迫真の競演に圧倒された。監督は、デビュー作『リトル・オデッサ』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を獲得、 その後の全監督作がカンヌのコンペティション部門に選ばれたジェームズ・グレイ。
マリオンの放つ美に圧倒されたグレイ監督が、彼女のために書き下ろした本作。 マリオンのキャリア史上、群を抜いて美しく、幸薄く、けれどたくましいヒロインの名はエヴァ。幸せを求め移住したアメリカで、生きるために彼女が犯した罪とは? 今、エヴァの告白が始まる――。
ハンナ・アーレント
HANNAH ARENDT
(2012年 ドイツ/ルクセンブルク/フランス 114分 シネスコ/SRD)
2014年6月28日から7月4日まで上映
■監督・脚本 マルガレーテ・フォン・トロッタ
■脚本 パメラ・カッツ
■撮影 キャロリーヌ・シャンプティエ
■編集 ベッティナ・ベーラー
■音楽 アンドレ・マーゲンターラー
■出演 バルバラ・スコヴァ/アクセル・ミルベルク/ジャネット・マクティア/ユリア・イェンチ/ウルリッヒ・ノエテン/ミヒャエル・デーゲン
■2013年ドイツ映画賞作品賞銀賞・主演女優賞受賞/2013年バイエルン映画賞主演女優賞受賞
誰からも敬愛される高名な哲学者から一転、世界中から激しいバッシングを浴びた女性がいる。彼女の名はハンナ・アーレント、第二次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人だ。
1960年代初頭、何百万ものユダヤ人を収容所へ移送したナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが、逃亡先で逮捕された。アーレントは、イスラエルで行われた歴史的裁判に立ち会い、ザ・ニューヨーカー誌にレポートを発表、その衝撃的な内容に世論は揺れた。その主張とは、アイヒマンは“凶悪な怪物”でも反ユダヤでもなく、命令にしたがっただけのどこにでもいる“平凡な人間”だというものだった…。
監督はニュー・ジャーマン・シネマの旗手として現れ、世界で尊敬される女性監督の一人である、マルガレーテ・フォン・トロッタ。10年の構想を経て完成させた本作では、今なお論争を呼ぶアーレントの思想の本質に迫ると共に、夫や友人への愛溢れる女性としての彼女を描いている。主演は『ローザ・ルクセンブルク』でもフォン・トロッタ監督とタッグを組んだ、ドイツを代表する大女優バルバラ・スコヴァ。温かな魅力と、深く真実を探る鋭さを併せ持つアーレントを熱演し、世界中で絶賛を浴びた。
「考えることで、人間は強くなる」という信念のもと、世間から激しい非難を浴びて思い悩みながらも、アイヒマンの<悪の凡庸さ>を主張し続けたアーレント。歴史にその名を刻み、波乱に満ちた人生を実話に基づいて映画化、半世紀を超えてアーレントが本当に伝えたかった<真実>が、今明かされる――。