早稲田松竹クラシックスvol.154/スティーヴン・スピルバーグ監督特集

ルー

ある年代以降に生まれた人間にとってスピルバーグは、例えばヒッチコックやハワード・ホークスと並ぶかそれ以上に影響力がある映画の神様です。

賑々しくSFXを導入し、ハリウッド映画を無邪気なエンタメ志向に変えてしまった張本人として揶揄の対象になった時期もありますが、50年以上に渡り今なお映画史を更新し続けている彼のキャリア全体を俯瞰すれば、それが全く一面的な認識なのは明らかです(2018年『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『レディ・プレイヤー1』という全くテイストの違う傑作2本を立て続けに発表したのには驚愕しました)。

芸術的な達成と興行的な成功を両立しつづける映画の神様。しかし神様はいきなり成熟した大人としてこの世界に降臨したわけではありません。

『JAWS/ジョーズ』と『未知との遭遇』はまだ20代だったこの新人監督の名を一躍世界に轟かせた大ヒット作ですが、ここには娯楽映画としての完成度とは別にこの時期にしか表現し得なかった彼の少年・青年期の徴が深く刻まれています。娯楽映画のテクニックを総動員しながらまぎれもなく個人的な作品を撮ること。そんな離れ業を実現できてしまうのもまた神の御業なのです。

未知との遭遇 ファイナル・カット版
Close Encounters of the Third Kind: Director's Cut Edition

開映時間 ※上映は終了しました
スティーヴン・スピルバーグ監督作品/1977・1997年/アメリカ/137分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 スティーヴン・スピルバーグ
■製作 ジュリア・フィリップス/マイケル・フィリップス
■撮影 ヴィルモス・ジグモンド
■視覚効果 ダグラス・トランブル
■音楽 ジョン・ウィリアムズ

■出演 リチャード・ドレイファス/フランソワ・トリュフォー/テリー・ガー/メリンダ・ディロン/ケイリー・グッフィ/ボブ・バラバン/J・パトリック・マクナマラ/ウォーレン・ケマーリング/ロバーツ・ブロッサム

©1977,1980 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES,INC.ALL RIGHTS RESERVED.

【2019年10月2日から10月11日まで上映】

We are not alone.  宇宙にいるのは、われわれだけではない。

メキシコのソノラ砂漠に第2次大戦時に消息を絶った戦闘機が3機、全機ともまったくの新品のままで忽然と姿を現した。その頃、インディアナ州一帯に原因不明の停電事故が発生する。電気技師のロイ・ニアリーは夜中に電話で呼び出され、真っ暗闇のハイウェイを走っていく。その時、轟音とともに強烈な光に襲われ、突然の静寂の後、巨大なUFOがゆっくり飛び去っていくのをロイは見た。同じ町に住むバリーという少年は、夜中目を覚ますと、強烈なオレンジの光に誘われ、暗闇に向かって走り出していった。母親のジリアンは後を追う。そこでロイとジリアンたちは出会うのだった。

その日以来、ロイは奇妙なイメージに取り憑かれる。頭の中は異様な形をした山のことばかり。そしてそれはバリーたちも同じだった。山はいったいなんなのか。ロイはなにげなく目を止めたテレビニュースを見て呆然とする。画面には彼が夢想し続けたあの奇妙な山が映っていたからだ。その山は毒ガスのため警戒網の敷かれたワイオミングのデビルズ・タワーだった。そう、これこそがUFO、つまり異星人との接触が予定されていた地点なのだ。ロイたちはワイオミングへ向かい、厳戒態勢の包囲網をどうにかして振り払い、山へ登る。そこで彼らが見たものとは…。

全世界の人々に衝撃を与えた、SF映画の金字塔!

『JAWS/ジョーズ』で時代の寵児になったスピルバーグが次に発表した『未知との遭遇』は、同時期の盟友ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』と共にハリウッド映画のあり方を一変させる一大転機となった歴史的な作品です。本作は後の『E.T.』と共にヒューマニズム溢れる感動的なSF映画として知られていますが、作品全体の多くを支配しているのは実は不穏な時間の持続です。世界中で相次いで目撃される人智を超えた超常現象。それは神の恩寵なのか、それとも未曽有の終末の予告なのか。五里霧中の中、政府が必死に隠ぺいする真実に近づくために行動する主人公ロイたちの不安や恐怖といったエモーションが映画を引っぱって行きます。その先に美しく感動的なクライマックスが待っているため本作は空想的な映画少年だったスピルバーグの夢が存分に花開いたファンタジックな傑作として語られるわけですが、その個人的な「夢」が世界中の人々の心を掴んで離さない「夢」になりえたのは、誰もが少年・少女期に理不尽な世界と対峙したときに抱く根源的な不安や恐怖の感情(「夢」見るために必要な状態に私たちを導くための深い「闇」)をも圧倒的な筆致で描いていたからです。『激突!』『JAWS/ジョーズ』などで見せたサスペンス/ホラー演出力と個人的な経験に基づくアイディアをより深い次元で結びつけた『未知との遭遇』こそが、本格的な「スピルバーグ映画」の第一作目だということもできると思います。

また、スピルバーグ自身が文字の判読に困難をともなう識字障害であることを2012年に公表した事実を踏まえると、この映画の主題の一つがコミュニケーションであることが一層興味深く思えます。周囲の理解を得られず教育不適応者の烙印を押されてしまい、学校より映画館で多くのことを学んだスピルバーグは、だからこそ言葉を連ねるよりもオーディオ・ヴィジュアルイメージの方がはるかに広く、深く(地球外を含む)世界とつながる力があるのだ、という強い実感と信念を持ち合わせているのだと思います。巧みな演出力もさることながら、本作のクライマックスが未だに古びず私たちを感動させてくれる力強い「夢」でありつづけているのは、そんな彼の純粋な想いが集約された形で込められているからでもあるのです。(ルー)

JAWS/ジョーズ
Jaws

開映時間 ※上映は終了しました
スティーヴン・スピルバーグ監督作品/1975年/アメリカ/124分/DCP/PG12/シネスコ

■監督 スティーヴン・スピルバーグ
■原作 ピーター・ベンチリー
■脚本 ピーター・ベンチリー/カール・ゴットリーブ
■撮影 ビル・バトラー
■編集 バーナ・フィールズ 
■音楽 ジョン・ウィリアムズ

■出演 ロイ・シャイダー/ロバート・ショウ/リチャード・ドレイファス/ロレイン・ゲイリー/マーレイ・ハミルトン/カール・ゴットリーブ/ジェフリー・クレイマー/スーザン・バックリーニ

■1975年アカデミー賞作曲賞・音響賞・編集賞受賞、作品賞ノミネート/ゴールデン・グローブ賞音楽賞受賞/英国アカデミー賞作曲賞受賞、作品賞ほか3部門ノミネート

© 1975 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.

【2019年10月2日から10月11日まで上映】

獰猛な鮫と人類の息詰まる闘い!

それは水もすっかりぬるんだ6月のある夜。小さな海水浴場アミティの浜辺には気の早い若者グループが焚火を囲んで盛り上がっていた。その中の女の子が一糸まとわぬ姿で海に飛び込み、どんどん沖へ出る。やがて彼女の身体は海面から消えた。彼女が最初の犠牲者だった…。

翌朝、警察署長ブロディの元に、「昨夜、溺れたものがいるらしい」との報告が入った。浜辺で彼が目にしたものは、かつて女であった人間の体の一部であった。ブロディは事故報告書に「鮫に襲われて死亡」と書き込み、「遊泳禁止」を決心するが、海の町アミティにとって海岸を閉鎖することは死活問題。死因は鮫ではなく漁船に巻き込まれたのだ詰め寄る市長によって、遊泳禁止を反対される。しかしブロディの不安は的中し、第二・第三の犠牲者が現れアミティはパニックに陥ってしまう。ブロディは、若き海洋学者フーパ―と、ベテラン漁師のクイントとともに、恐るべき海の怪物を追うこととなった――。

スティーヴン・スピルバーグの名を一躍世界に知らしめた海洋パニックサスペンスの傑作!

『JAWS/ジョーズ』は今なお最も人気のあるハリウッド映画のひとつですが、あまりに有名な音楽や冒頭のシーン故に純粋なホラー映画だと認知している方も多いかもしれません。実際にその後に作られた多くの模倣作品(巨大熊が出て来る『グリズリー』などを含む)ではその側面が強調されていましたが、本家『JAWS/ジョーズ』はむしろサメ退治に出かける男たちのドラマが魅力的な海洋冒険映画です。ヒッチコックをはじめとした巨匠たちが育んできた娯楽映画の技法の総動員と骨太なドラマを見事に絡ませた天才的な演出力は、若干27歳のスピルバーグを一躍時の人にしました。

しかしながら、本作は意外にもスケジュールの都合からシナリオが未完のまま撮影をスタートしてしまった上にトラブルが続出したこともあり、撮影した夜にスピルバーグたちが集って次の展開を考えるという(まるでヌーヴェルバーグのような)スタイルで撮影が進められたそうです。かなりリスキーな映画の作り方ですが、それ故にベストセラー原作の枠にとらわれない、より自由で映画的な脚色が可能になったのだと思います。特に興味深いのは、水への恐怖を克服できないままサメ退治に乗り出すブロディ署長と、頭でっかちな海洋学者フーパ―のキャラクター造形に、人一倍臆病な映画オタクでありながらこの大作を完成させねばならなくなった当時のスピルバーグの立場・心境が投影されているように見えるところです。では海とサメに精通し、経験不足な若者二人を時に厳しく叱咤しながらも奮起させるクイント船長に誰が重ねられていると考えれば、おそらく彼が畏怖し崇拝するヒッチコックや黒澤明といった大巨匠たちです。先人の偉大な仕事に奮起されてハリウッドという大海原に乗り出し、大作映画という巨大な魔物に打ち勝つために孤立無援で立ち向かうスピルバーグ。本作は娯楽大作の金字塔であるだけでなく、当時のスピルバーグの自画像であり、決意表明であり、そして第一級監督になるための通過儀礼でもあったのです。(ルー)