2020.07.29

【スタッフコラム】日々是好日(ときどき鉱石) byちゅんこ

迎え火は兄さんのために、送り火はぼくらのために……。市郎、夏宿(かおる)と弥彦の少年たちの物語。
――長野まゆみ「魚たちの離宮」(河出書房新社)

長野まゆみの初期作品、「魚たちの離宮」が発売されたころ、私は彼女のファンクラブに入っていました。物語の世界に触れられるのがうれしくて、月刊だか季刊だかに送られてくる会報を毎回楽しみにしていました。あるとき、10名ほどの小さなお茶会が抽選で開かれることになり、応募したところ幸運にも当選しました。お茶会の場所は「魚たちの離宮」の舞台ともなった、国分寺市にある殿ヶ谷戸庭園です。

殿ヶ谷戸庭園はもともとは大正2年に作られた別荘で、昭和4年に三菱財閥の岩崎家の所有となり、和洋折衷の回廊式庭園となったものです。国分寺崖線の南側斜面を利用し、湧水と植生を巧みに生かした回遊式林泉庭園は美しく、四季折々の植物を楽しむことができます。平成23年に、国の名勝に指定されました。

さて、ドキドキと緊張しながら向かった当日、庭園内にある紅葉亭で出されたお菓子は、富山を代表する銘菓「月世界」と、まるで物語を思わせるような金魚の琥珀羹です。透明な水面を泳ぐ金魚の赤と青葉の緑。子どもだった私はこんなにすてきなお菓子があることを知らず、また物語の雰囲気に酔いながら、口の中にそっと含んだときに広がる仄かな甘みに、なんだか夢の中にいるような気持ちになりました。

今回そんな記憶が懐かしくなって、思い出のお菓子が食べたくなりました。月世界はときどき買うこともあったのですが、残念ながら金魚の琥珀羹はどこのお店のものだったのかわからず、似たものを探してみました。これじゃないかなあと思うのが、とらやさんの夏季限定のお菓子「若葉蔭」。とらやさんのお菓子がおいしいことはもちろんですが、毎回デザインのセンスのよさに唸らされます。調べてみたら、初出は大正7年だというから驚きです。見るからに涼しげな水面部分は琥珀(寒天)で出来ていて、中の金魚は白餡です。暑い日差しの下、木陰でほっとできるような、おいしい涼をいただきました。

(ちゅんこ)