2017.05.11

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その13 島崎雪子と『夜の緋牡丹』

軍隊生活から復員後、文学で身を立てようとしているインテリ青年・小熊隆介は、たまたま入ったお座敷でフラダンスを踊るアッパーな芸者・たい子にすっかり惚れられてしまう。まったく不釣り合いなカップルはなし崩し的に同棲生活に突入するが、彼女の熱烈な愛情表現はエスカレートするばかり。隆介は彼女を愛おしいと思うものの、そのせいで文学に集中ができない。困って何度も別れを切り出すのだが、彼女はまったく聞く耳をもたず、そればかりか腕に「りょうすけ命」と刺青を彫る始末。ほとほと参った隆介は親戚の和尚を頼って田舎の寺に逃亡するが、もちろんそんなことで諦めるたい子ではなかった…。

近年再評価が進んでいる千葉泰樹監督の『夜の緋牡丹』(50)は、70年近く前の作品とは思えない瑞々しいラブコメだ。隆介に別れ話を切り出されても「そんなこと言っちゃ、いやいや」と真面目に受け止めず、何故か部屋で宙づりになりながらキスをしたりするたい子(亡き母にサーカス小屋で育てられたらしい)を演じる島崎雪子のキュートさには、隆介でなくとも参ってしまうだろう。文学と彼女への想いに引き裂かれ、文字通り頭を抱えて煩悶する隆介役の伊豆肇の姿も最高に可笑しい。

ところが隆介が文学新人賞を受賞したあたりから、物語に暗雲が立ち込めはじめる。隆介は新人賞を同時受賞した夏川美樹(月丘夢路)に惹かれ、たい子をほったらかして美樹の家に居座ってしまうのだ。居場所を突き止め、美樹に身を引かせるたい子だったが、隆介は美樹がどうしても忘れられず、ふさぎ込んでしまう。たい子は彼を想って泣く泣く彼の元を去っていくが、実は美樹には本命であるキャバレー経営者・鉄がおり、隆介は美樹を巡って彼と決闘をするハメに。しかもかつて美樹に手痛くフラれたショックで失明(!?)した大学教授が美樹への復讐のために現れたかと思えば、たい子が絶望の果てに首を吊ろうとしたりと、映画は超特急で陰惨かつカオスな様相を呈していく。果たして隆介とたい子の運命や如何に!

島崎雪子は本作が初主演作。全盛期の55年には、なんとまだ助監督だった後のロマンポルノの名匠・神代辰巳と結婚(その後離婚したとはいえ、神代さんって本当によく女性に好かれる人だったみたいですね)。成瀬巳喜男『めし』や黒澤明『七人の侍』といった超名作にも出演しているが、本作の輝きはやっぱり群を抜いてピカイチだったのではないかと思う。

(甘利類)