2023.08.31

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

映画の中に生き物たちを探すのが無上の喜びである私ですが、実は他にも、映画を観ることの楽しみがあります。それは、いわゆる社会的には“厄介者”とされているキャラクター、つまりアウトローたちの人生を垣間見ること。現実に自分の身近にいたらきっと迷惑きわまりないとは思うのですが、映画の魔術にかかるとその愚かしさがどうにも気になってしまいますし、ひょっとすると自分もこんなみっともない一面があるのではないかとふと振り返る気持ちにもなるのです。

以前、早稲田松竹で上映したショーン・ベイカー監督『レッド・ロケット』も、そういう意味で私のフェイバリットリストに仲間入りした一本です。しかもこの映画には、とても魅力的な犬が登場します。

主人公は、「ポルノ界のアカデミー賞を5回逃した」が口癖な落ち目のポルノスター、マイキー。無職な彼は別居中の妻レクシーの家に口八丁で転がり込み、ドーナツショップで働く少女ストロベリーに一目惚れすると、彼女と一緒にポルノ業界への再起をはかろうとします。マイキーは人間性が空っぽにもかかわらず自信たっぷり、思考回路もマッチョで“寄り付きたくない人間No.1”。絶体絶命のピンチに陥っても持ち前のふてぶてしい生命力で難を逃れていくあたりも小憎たらしい嫌なヤツですが、彼の良くも悪くも自由な姿を見ているともはや反省も成長もしないまま悪運強く生きてほしいと、なぜだか願ってやみません。

そんなどうしようもないマイキーの傍らにいるのが、いつも玄関前に寝そべっているレクシーの飼い犬、アメリカン・ピット・ブル・テリアのソフィです。望み通りストロベリーを口説き落としたマイキーは、上機嫌で「人生はスウィートだな」などとソフィにうそぶきますが、当のソフィは知らん顔。冷静沈着、まるで愚かしすぎる人間を見下ろす神のような面持ちをしています。そうした眼差しの演技が素晴らしかったこともあるのか、2021年のカンヌ国際映画祭ではパルムドッグ審査員大賞を受賞しました。女優として映画データベースサイトIMDbに登録され、Instagramのアカウントを持つなど超有名犬なのです。アメリカ合衆国やイギリスでは闘犬として育てられた歴史のあるアメリカン・ピット・ブル・テリアは、危険な犬種と思われる方も多いのかもしれませんが、ソフィのおとなしさや思慮深い顔立ちを見ると、単なるイメージに過ぎないのではと考えさせられます。

思えば、同じ週にレイトショーとして上映していたショーン・ベイカー監督の過去作『タンジェリン』にも、印象深い犬が登場します。主要キャラである2人のトランスジェンダーの周囲でタクシーを流す、アルメニア人移民の運転手の飼い犬(たしか牧羊犬だったような記憶があります)は、特に出演シーンが多いわけでも、呼び名があるわけでもないのですが、どこか意味ありげに人間のまわりを徘徊するのです。『レッド・ロケット』は、「コメディの力でマイキーを少しソフトに見せているけど、いいやつに見せるつもりはないよ」と語るショーン・ベイカー監督が、フェアな視線でキャラクターを造形している点が特徴的です。もしかしたら作品に登場する冷静な犬たちは、そんな監督の分身として映画の中に登場しているのかもしれません。

(ミ・ナミ)

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