2022.12.15
【スタッフコラム】へんてこコレクション byすみちゃん
先日ひどく落ち込んだ日があり、この落ち込みを一体どうしたらよいものかとツイッターをぼーっと眺めていた時に、「とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう」というなんともへんてこな文字が目に入ってきました。きっとこれは落ち込みを打ち消すおまじないか何かなのだと思い調べると、新宿歌舞伎町能舞台(旧新宿中島能舞台)で行われている展示の名前でした。会期終了間際にこの展示について知り、急ぎ足で会場に向かいました。
そもそも「とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう」というのは、能の最古の演目である「翁」の謡い出しで、由来は諸説あるそうなのですが、何とも不思議な響きです。この演目は格式高く、翁はこの謡を謡っているときには面をつけず、謡い終わるとまるで神が降りてきたかのように舞台の上で面をつけます。他の能では途中から面をつけることはないんだとか。あちらとこちらの世界を繋げる存在としての「翁」から着想を得た展示に集まった作品は、どれも興味深いものでした。
まず初めに目にしたのは、屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画《九相図巻》のスライドでした。人間だけが特別な存在なのではなく、自然の一部であることを改めて感じ、さっそく体がシャキッとします。ピエール・ユイグの『The Host and the Cloud』(2009-10)という映像作品では、犬のいる空間を女性がモデルとして歩き、精神療法、ダンスをしている人などが断片的に映ります。もしかしたらこの作品をどこかで観たことがあるかもしれない、いや、私が見た夢だったかも…と、見ていて自分の記憶がおぼろげになっていきます。最初は「翁」というテーマの展示でどんな気持ちになるのか想像できなかったのですが、日常生活では意識できていない人間と自然、記憶と現実の境界が露わになっていきました。
その他にも、コラクリット・アルナーノンチャイのアニミズムにまつわる映像作品《NaturalGods》(2017)、水俣病患者に生涯寄り添い、文章を残した石牟礼道子さんの新作能『不知火』に関する資料の展示があり、薬草の根を調合して作るルートビアを研究し作っているTHE ROOT BEER JOURNEYさんのルートビアを飲みました。あまり長い時間は滞在できませんでしたが、ここにすべては書ききれないぐらいとても濃密な時間を過ごしました。
展示の終了時間も迫る中、展示会場でもある屋上から新宿ゴールデン街や歌舞伎町を見下ろしました。上から眺めていると人は小さく見えるし、普段大きく感じる新宿も、複数あるうちの一つの街のように感じます。屋上から眺める景色によって少し視野が広がりました。落ち込んでいなければ、この場所にたどり着くことはなかったのかと思うと、落ち込むことも悪くないな、なんて思いました。自分を俯瞰する時間を作ろう! そんな時に自分で言ってみるへんてこおまじないがあったらいいかもしれない。よし、作ってみるか! と思った一日の終わりなのでした。
(すみちゃん)