2018.06.28

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その25 『恋人たちの曲/悲愴』とケン・ラッセル作品の恋する女たち

特異な映像センスで知られた鬼才ケン・ラッセル監督は、現在日本で不当に冷遇されています。超モテモテのアイドルピアニストのフランツ・リストが、世界を破滅させる為にヒットラーとして蘇生したワーグナーと最終戦争を繰り広げる究極のバカクラシック映画『リスト・マニア』(76)等の傑作がDVDにすらなっていないのです。さらに残念なのはマイフェイバリットである『恋人たちの曲/悲愴』(70)がほとんど話題に上らないことです。

本作は(一応)チャイコフスキーの伝記映画です。チャイコフスキーはアントン伯爵と同性愛関係で結ばれていましたが、情熱的なラブレターを送ってきた女性ニーナに心奪われ、伯爵と強引に別れ彼女と結婚します。しかし性的志向の壁は乗り越えられず、苦悩に満ちた結婚生活の果てにニーナは発狂。チャイコフスキーも心労から自殺未遂を起こしてしまいます。そんな彼に救いの手を差しのべたのが貴族階級でやもめの老女メック夫人。彼への片想いのためにパトロンとなった彼女の庇護のもと、数々の名曲を物にしたチャイコフスキーはいつしかメック夫人に想いを募らせていきます。しかしこの年の差恋愛は、チャイコフスキーの同性愛を伯爵がメック夫人に告げ口したことで終焉を迎えます。失意のメック夫人はチャイコフスキーへの援助を打ち切り、絶望の極致に達したチャイコフスキーは名曲「悲愴」を書き上げたあと、自らチフスにかかってこの世を去って行きます…。

誰もが恋とエゴに囚われ破滅していく絶望的なメロドラマですが、精神病院に幽閉され半裸状態で走り回るニーナ(トラウマ級の大熱演のグレンダ・ジャクソン)が絶叫する姿に断末魔の叫びを上げるチャイコフスキー(リチャード・チェンバレン)の姿が被さるラストは、皮肉にも二人の精神が初めてひとつに結ばれたかのようで観る者に不思議な感動を与えます。ロシアの広原を登場人物たちと雪や火が躍動する美しいイメージに彩られた本作は、毒々しさの中にラッセルの繊細な詩情が存分に発揮された彼の最高傑作です。

他にも、強烈な欲望に囚われた尼僧ヴァネッサ・レッドグレイヴらが狂乱して戒律を破壊し尽す大問題作『肉体の悪魔』(70)や彫刻家の若者と中年女性の狂騒的な愛情を描いた『狂えるメサイア』(72)など幾多の作品で斬新な女性像を提示し、(同時代のファスビンダーと並んで)同性愛テーマも臆することなく描いたケン・ラッセルは、現在最も再評価されるべき映画作家ではないでしょうか?

(甘利類)