2019.07.18

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その36 マリアンヌ・フェイスフルと『あの胸にもういちど』

『黒水仙』(46)や『赤い靴』(48)で名高い撮影監督ジャック・カーディフは、特異な映画監督でもありました。芸者に化けたシャーリー・マクレーンが日本に潜入する『青い目の蝶々さん』(61)や、文字通り植物と人間が合体した怪物が襲ってくる『悪魔の植物人間』(74)など珍作・怪作が目立ちますが、後世に多大な影響を与えたという意味ではマリアンヌ・フェイスフル主演『あの胸にもういちど』(68)が断トツの重要作です。

物語はシンプルこの上なく、退屈な新婚生活に辟易したフェイスフルが、数か月前に出逢って関係を結んだ遠方に住むアラン・ドロンが忘れられずバイクで向かうというもの。これを一気呵成に見せ切るサイケデリックでぶっ飛んだ映像センスは今なお新鮮ですが、何より本作を伝説にしたのは、皮のレザースーツだけを身につけた素っ裸のフェイスフルがハーレーダビットソンに跨って爆走するという強烈なヴィジュアルインパクトのために他なりません。その過激なファッションは、ムーンライダーズの鈴木慶一や映画監督鈴木則文など後のクリエイターに多大な影響を与えています(則文監督の『温泉スッポン芸者』(72)で芸者姿の杉本美樹が能天気にバイクを走らせるシーンはこれのパロディ?)。

何より大きいのは、TV版『ルパン三世』の峰不二子のモデルになっているということ。この映画がなければ峰不二子は今と全然違う姿になっていたかもしれないといえば、本作がどれほどの名作かおわかりいただけると思います。ほとんどギャグすれすれの衝撃的なエンディング(CGのない時代、これを汗水たらして撮る人間の胆力ってすごいと思う)やアラン・ドロンへの彼女の気持ちと、彼女に対する観客の気持ちのダブルミーニングにも思えるシズル感ある邦題も秀逸(原題は「THE GIRL ON A MOTORCYCLE」)。

マリアンヌ・フェイスフルは元々かわいらしいアイドル歌手としてデビューしましたが、恋人だったミック・ジャガーの悪影響なのかドラッグとアルコール中毒でボロボロになり70年代初めにはフェイドアウト。しかし80年前後には渋い声のシンガーとして奇跡のカムバックを果たすなど、その人生は波乱万丈。映画出演作は多くありませんが、本作以外でも名曲「涙あふれて」を歌うシーンが印象深いゴダールの『メイド・イン・USA』(66)や、ケネス・アンガーの超アングラ映画『ルシファー・ライジング』(74)に出ていたりとなかなかすごいフィルモグラフィを誇ります。

(甘利類)