2017.03.02
【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類
その11 名取裕子と『夜のストレンジャー 恐怖』
2014年、ラピュタ阿佐ヶ谷にて東映Vシネマ生誕25周年記念特集上映が開かれた。そこで出会って感銘を受けた作品がある。『闇打つ心臓』(82)などで知られる長崎俊一監督の『夜のストレンジャー 恐怖』(91)だ。
ヒロインの河村霧子(名取裕子)はかつて銀行員として華々しく生活していたものの、男に貢ぐために横領をして実刑を受けた過去を持っている。恋人は彼女一人に罪を被せて身をくらませてしまった。霧子は今では生活のために夜勤のタクシードライバーを淡々とこなす毎日だ。だが、些細なトラブルをきっかけに謎のワゴン車の男につけ狙われることになる。頻繁に後をつけて追突してくるなど、その行動はどんどんエスカレートしていく。
ワゴン車に乗った男の顔が最後まではっきりとわからないところなど、スピルバーグ『激突!』(71)を意識していることは明白だが、単なる模倣には終わらない。過去のトラウマから男性不信に陥り、無愛想だと同僚たち(男性)に揶揄されながらも生活のために働く女性のリアルを、ほとんど全編すっぴんで質素なスーツ姿の名取裕子が見事に体現しているからだ。
被害を会社に訴えても対策を講じてはもらえず、やんわりと仕事を辞めるように勧められるばかり。最初は嫌がらせを耐えしのんでいた彼女だったが、自宅に侵入され荒らされるに及び、ワゴン車の男と徹底的に対決する決意をする。いつしか彼女の心の中で、卑劣な犯人が逃げた恋人の姿に重ねられていたのだ。トラウマを克服して新しく生き直すため、彼女は誰にも頼らず、孤独な戦いに身を投じていく。サバイバル用の大型ナイフを購入し、カモフラージュのためにタクシーの社名表示灯を叩き壊すなどしてワゴン車を追いつめていく悲壮な姿が感動的だ。
それなりに派手なカーアクションもあるとはいえ、ヤクザものを筆頭とする男性娯楽作品が圧倒的に多い東映Vシネマの中に、これほど一本筋の通った女性ドラマがあることには驚かされる。また、恋人に渡すはずだったバラの花束を「フラれたんだ」と霧子に手渡して去っていく異様にカッコいい乗客を黒沢清監督が演じているなどの遊びも面白い。名取裕子の凛とした佇まいに気高さを感じる隠れた秀作だ。
(甘利類)