2017.08.03
【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類
その16 リン・フレデリックと『フェイズIV 戦慄!昆虫パニック』
ヒアリへの危機感が増す昨今だが、観ればますますアリが怖くなってしまう衝撃作といえば『フェイズIV 戦慄!昆虫パニック』(73)。天才グラフィックデザイナーのソウル・バスが手がけた唯一の長編監督作である。突如知性を持ち世界中の人間たちを襲い始めたアリの大群と、荒野に孤立した研究所の科学者たちの死闘を描いた本作は、クールな映像美と終末的ヴィジョンが印象的な作品だ。殺虫剤でいくら殺されても屍を乗り越えて侵攻し、時として豊かな情感すら読み取らせるアリたちの演技力(?)は圧巻。その演出はまるで神の御業のようだ。
人間とアリの命と未来を賭けた頭脳戦が展開される中、唯一観る者をホッとさせるのは、研究所に保護された少女リン・フレデリックの清楚な輝きだろう。その神秘的なまでの美しさは、科学技術でアリたちを出し抜こうとする科学者の男性ふたりとは対照的に、人間の魂の原初的な無垢を象徴するかのようだ。しかしだからこそ、純粋さゆえに彼女が取る終盤のある行動が、アリたちの思惑通りだったことが示されるときの絶望感は筆舌に尽くしがたい。アリたちの名演に目を奪われがちだが、彼女の存在もまたこの作品を単なる絵物語に終わらない、忘れがたい名編にしていると思う。
リン・フレデリックは当時19歳。本作の他にはハマー・フィルム製作の『吸血鬼サーカス団』(72)や、ぐちゃぐちゃゾンビ映画の巨匠ルチオ・フルチのマカロニ西部劇『荒野の処刑』(75)、志の低い作風で定評のあるジョー・ダマト「Giubbe rosse」(75)など異様に俗っぽい映画にばかり出ているが、そんなところにも彼女の気取らない性格が顕れているようで素敵である。
実生活では77年に30歳も年上のピーター・セラーズと結婚。それを期に活動に消極的になり女優業を引退するのだが、結婚からわずか3年後にセラーズが急死する悲劇に見舞われる。その後再婚するも精神的ショックは癒えず、アルコール依存症の果てに39歳という若さで自身もこの世を去ってしまった。これほど美人薄命という言葉が似合う人もなかなか珍しい。
私以外にも彼女のファンは世界中にいるようで、引いてしまうくらい彼女の画像で埋め尽くされた熱烈なファンサイト(https://sites.google.com/site/lynnefrederickfanpage/)がある他、YouTubeにも彼女関連の映像が相当数上がっている。
(甘利類)