2023.06.15

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

3月末の骨折から長い療養期間を終えて、先月より職場復帰しているミ・ナミです。9割を映画館で過ごしていた日常から、突如6畳一間だけが全世界になった1か月半。やはり劇場はいいものだと、喜びを噛みしめています。

骨折して自宅に籠っていた間、より内省的になっていた私は、自分の身の回りの存在についていつも以上に深く考える時間がありました。なぜ私は、この人/物を愛しているのか? そうふり返る中にいたのが、小学生の頃から飼っているクサガメでした。思い起こせば、私は物心ついた頃から、生き物の中でもひときわカメが好きだった気がします。犬や猫、その他いろいろな動物を飼ってみたいと思ったことはもちろんありましたが、カメへの気持ちには敵わなかったのか、どれも実現せずに今に至っています。どの生き物も等しく偏愛しているはずなのに、なぜ自分はこんなにもカメが好きなのか? ベランダで日光浴に励むカメの姿を日がな一日眺めながら、そんな問答を繰り返していました。

そんな私にひとつの答えをくれた作品が、パク・ドンフン監督『不思議の国の数学者』でした。進学校の警備員として正体を隠していた北朝鮮脱北者の天才数学者ハクソンと、その高校に通う落ちこぼれ男子学生ジウが、数学の個人レッスンを通じて不思議な友情を育んでいくこの映画で、ハクソンが飼っているのがミドリガメでした。実は、一緒に脱北したハクソンの息子が可愛がっていたカメであり、父子にまつわる悲しいエピソードを背負った子でもあります。その悲劇のせいで、ハクソンは情熱を注いでいた数学を捨ててしまっていたのです。また、ハクソンは警備員やくず拾いといった、数学者とは程遠いきつい肉体労働に従事しています。今や“脱北Youtuber”もいる時代でひところよりは改善されたとは言え、韓国社会においては、職業選択の不自由などまだまだ脱北者が住みやすいとは言えない環境が続いています。そんな孤独に見えるハクソンに寄り添うのがこのミドリガメなのでした。無骨に見えるハクソンですが、汚れのない水槽や彼がエサをあげている姿を見ると、ミドリガメをとても可愛がっているように見えます。カメは神経質な性格の個体が多いため、あまり多頭飼いを好まないそうです。そんな一人と一匹だからこそ、互いの心に深く向き合いながら生きているように見えます。私がカメを愛している理由も、こんな姿にあるのかもしれない。そんな風に思ったのです。

私の人生の一部分であるうちのクサガメも、私が生きてきた長年の苦しみや喜びを、真っ黒いつぶらな瞳で静かにみつめてきてくれていた気がします。ところで27年一緒にいるこの子は何歳なのか…? カメの年齢は甲羅の模様でチェックできるそうですが、じっとしていてくれないので分かりませんでした。とにかく一日も長く、できれば私よりも長く、元気で幸せにいて欲しいと願うばかりです。

(ミ・ナミ)