2018.02.08

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

Vol.5 小心者でも映画じゃ“主役”

先日、深夜に家路についていると、川沿いの草むらを駆け抜けた何者かが、こちらをじっと見る気配を感じます。視線の主は、暗やみに浮かぶ飴玉のような瞳と、むくむくした冬の毛並みが実に可愛らしいタヌキ。散歩中のイヌに気づくや否や、脱兎のごとく逃げ去ってしまいました。山林の開発が進み、えさを求めたタヌキが人里に出没するというニュースを耳にしてだいぶ経ちます。しかし人の住まいが近づいたとはいえ、やはり野生動物な彼ら。中でもタヌキは、驚くと仮死状態になって倒れてしまうほど臆病な生き物です。

そんなタヌキは、実は映画で「主役を張る」機会が意外と多い動物であります。といっても、タヌキそのままの姿で、というのはスタジオジブリのアニメ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』くらいです。動物のリアルな身体や習性を逸脱した化け狸たちによる和製ミュージカル、『狸御殿』シリーズというものが存在しているのです。〈狸御殿〉のストーリーは“人間に化けたタヌキたちが織り成す恋模様”として様式化されています。中でも近年に作られた鈴木清順監督の『オペレッタ狸御殿』(2005年)は、オダギリジョー扮する人間の若君と、チャン・ツィイー演じるタヌキ姫の波乱万丈な恋愛が、過剰な映像表現で彩られたカルト作でした。

しかしそれ以上にカルト的「ウルトラC」をキメた一本があります。往年のアイドル、チェッカーズを主演に迎えた『THE CHECKERS IN TAN TAN タヌキ』(1985年)です。深い森でネオンサインを放つダンスホールのステージ上で、メンバーが熱唱するオープニングシーンは、ごく普通のアイドル映画。しかし、謎の一団の襲撃にほうほうの体で逃げ出し、草むらから姿を現した彼らには、立った小さな耳と太くて毛むくじゃらの尾が生えています。売れっ子アイドルのチェッカーズは、実は超能力が使えるタヌキだったのです…!

観る前は「普通の音楽映画でもよかろうに、なぜこんな映画が作られたのか?」と不思議でしたが、変身シーンのキッチュさも楽しく、藤井フミヤらのフレッシュな熱演はなかなかですし、脇役陣も盤石で、117分と結構長めの上映時間を忘れてしまいます。たとえばこれが他の動物であったら、少し印象は違うものになったはず。日本古来の言い伝えの中で、化ける生き物は他にもいるのに、なぜタヌキばかり主演に抜擢されるのか。それは、ほとんど図形の丸だけを使って描けるタヌキの“和むフォルム”と、動物の本能による小心さにあるのでしょう。人間たちはそんなタヌキに、化かして悪さをする動物とは違う印象を抱き、憎めない人物像を仮託してきたのです。

(ミ・ナミ)