2021.08.05
【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ
世の中がコロナ禍になってもう一年以上。都内の動物園はみな予約制、気軽に行けなくなっています。思いついたときにふらりと足を運んで生き物たちをうっとりと眺め、その後は周辺の飲み屋で一杯…などという生活が懐かしくあります。
恋しい動物園に、私は映画の世界で足を運ぶことにしてみました。動物園映画はそれほど多くもなく、以前当コラムでも書いたフレデリック・ワイズマンや羽仁進といったドキュメンタリーが目につきます。そんな中、世にも斬新すぎる韓国発の動物園映画があります。ソン・ジェゴン監督のコメディ『シークレット・ジョブ』です。
主人公は、しがない見習い弁護士の男性。廃業寸前の動物園「ドンサンパーク」の立て直しを命じられますが、お客さんはもちろん動物もいないという悲惨な状況。そこで主人公が考えついた計画は、いなくなった動物たちの着ぐるみで扮装し再び開園するという奇想天外なもの。ホッキョクグマ、ライオン、キリン、ゴリラ、ナマケモノと慣れない四足歩行(ホッキョクグマとゴリラは二足歩行もできますが)の訓練に苦しみながら、何とか営業を続けていこうとします。
本作を初めて観たのは、コロナウイルスが世界を覆う前の韓国の映画館でした。着ぐるみのゴリラがコンビニで大暴れしたり、のどが渇いたホッキョクグマがコーラを飲んだりと人間味がほとばしる動物たちの姿に、「私は一体何を見ているんだ?」と不思議な気持ちだったことを覚えています。今見返してみると、いろいろと気づくことがあります。劇中、動物園スタッフたちを大いに悩ませる四足歩行ですが、ここまで人間が苦労させられるのは陸上での立ち方に違いがあるからです。陸上を移動する哺乳類は、足の裏の全面を地につけて歩く蹠行性(しょうこうせい)、踵を浮かせた爪先立ちの状態で直立し歩行する指行性(しこうせい)、前後肢の手足のひづめを地面につけて歩く蹄行性(ていこうせい)があります。「ホッキョクグマの真似はしやすい」「キリンは難しい」というセリフが登場する理由は、人間やクマは蹠行性、キリンは蹄行性だからなのです。ハチャメチャな映画にみえて、実は理屈を踏まえていたとは少し驚きです。
この立て直し計画には実は裏があったのですが、主人公もホッキョクグマになりすましたりする中で、改めて動物園という存在の大きさに気づいていくようになります。子供の頃から動物園に毎週通っていた私は、彼の気持ちに大いに共感しました。早く落ち着いた世の中になって、生き物たちの姿に酔いしれることができることを祈っています。
(ミ・ナミ)