【2023/6/17(土)~6/23(金)】『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』『対峙』// 特別モーニングショー『すべてうまくいきますように』

ミ・ナミ

映画の存在が救いなのは、時間をかけて人間存在をつぶさにみつめる芸術だからではないでしょうか。たとえば実際の事件や社会的にアクチュアルなテーマが取り扱われたとき、スキャンダラスな一面ばかりを伝えてしまうことは、そこに生身の人間が立っていることをしばしば覆い隠してしまいます。今週の早稲田松竹で上映する三作品は、どれもシリアスで、おぞましく、残酷な一面がありながらも、そこへ至る人間の困難な道のりにフォーカスすることで、結末だけにしか目を向けない世界への抵抗と、悲しみや苦しみ、そして絶望に打ちひしがれる中で差し込む喜びや希望の無数のグラデーションを示してくれます。

人間の命の終焉という極めて重いテーマを扱う『すべてうまくいきますように』では、脳卒中で倒れ自由の利かない体を悲観した父から安楽死を提案されることで、小説家のエマニュエルは幼少期からの難しい関係をみつめ直していきます。煩わしさと愛情がない交ぜになった存在である家族が人為的に死を迎えることを受容する行為にまつわる一筋縄ではいかない葛藤を、感傷をそぎ落としユーモラスに活写することで、観客に思索の余地を与えてくれるフランソワ・オゾンらしい作品です。

今や映画ファンのほとんどが共有する出来事となった、ハリウッドを牛耳る映画プロデューサーハーヴェイ・ワインスタインによる性被害。『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』に登場するアメリカ大手新聞社の記者ミーガンとジョディは、当事者たちの元へ調査に乗り出します。二人の行動は言葉で表せば“調査”あるいは“取材”なのかもしれませんが、これをむやみに話させる行為だと見なしてしまうのはいささか暴力的ではないでしょうか。被害の過去にふれる気の遠くなるような重荷をケアし、尊厳を取り戻そうとする勇敢な道のりに、“あなたは何も悪くない”と連帯する方法はこれしかないのだと、彼女たちの姿を見ていると改めて思います。

『対峙』は、高校を舞台にした銃乱射事件の被害者と加害者、それぞれの両親が教会の個室で対話するさまを描いています。かみ合わない教会のスタッフや椅子の配置で起きる若干の悶着など本題へ入る前のさまざまな不協和音が映し出され、映画が決して平易なアプローチに落とし込まれないであろうことがすでに予想できます。取り返しのつかない悲劇に対し、残された者が“防げたであろう瞬間”を問い続けるのはあまりにも酷なことです。互いの心臓をつかみ合うような4人のダイアローグですが、痛みを抱えながらでも世界は生きる価値があると思わせてくれるような、静かな癒しも与えてくれる映画になっています。

思えば“話す”というのは、現代的な表現を使えばコストパフォーマンスの悪い行為なのかもしれません。相手が私の話を理解するかわからない上、ひょっとすると話をしたことで必要以上に傷つくかもしれないからです。だからこそ、この三作品の中で“話す”手段に出る姿に、私たちは心を打たれるのでしょう。最後の瞬間まで精いっぱい生きていた誰かの姿や、痛ましく不幸な傷を記憶として社会にとどめておく唯一の方法は、“話す”という営みだけなのではないでしょうか。この映画を見て何かを感じたなら、どうぞ観客のみなさんも自分自身の大切な物語に耳を傾けてみてください。

【モーニングショー】すべてうまくいきますように
【Morning Show】Everything Went Fine

フランソワ・オゾン監督作品/2021年/フランス・ベルギー/113分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 フランソワ・オゾン
■製作 エリック・アルトメイヤー/ニコラ・アルトメイヤー
■原作 エマニュエル・ベルンエイム『TOUT S’EST BIEN PASSÉ(原題)』(ガリマール出版社刊)
■撮影 イシャーム・アラウィエ
■編集 ロール・ガルデット
■音楽 ニコラス・コンタン

■出演 ソフィー・マルソー/アンドレ・デュソリエ/ジェラルディ―ヌ・ペラス/シャーロット・ランプリング/エリック・カラヴァカ/ハンナ・シグラ/グレゴリー・ガドゥボワ/ジャック・ノロ/ジュディット・マーレ/ダニエル・メズギッシュ/ナタリー・リシャール

■2021年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品

© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

【2023/6/17(土)~6/23(金)上映】

それでも、あなたと家族でよかった。

小説家のエマニュエルは、85歳の父アンドレが脳卒中で倒れたという報せを受け病院へと駆けつける。意識を取り戻した父は、身体の自由がきかないという現実が受け入れられず、人生を終わらせるのを手伝ってほしいとエマニュエルに頼む。一方で、リハビリが功を奏し日に日に回復する父は、孫の発表会やお気に入りのレストランへ出かけ、生きる喜びを取り戻したかのように見えた。だが、父はまるで楽しい旅行の日を決めるかのように、娘たちにその日を告げる──。

誰にでも訪れる家族との別れ──それが安楽死だとしたら? 名匠フランソワ・オゾンが集大成として描く、涙とユーモアあふれる感動の物語

芸術や美食を楽しみ、ユーモアと好奇心にあふれ、何より人生を愛していた父が突然、安楽死を願う。脳卒中で倒れたことがきっかけだが、治療の甲斐あって順調に回復しているにもかかわらず意思を曲げない父に、二人の娘たちは戸惑い葛藤しながらも、真正面から向き合おうとする──。『まぼろし』『8人の女たち』で恐るべき才能と讃えられ、ベルリン国際映画祭銀熊賞に輝いた『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』で名匠の地位を確立したフランソワ・オゾンが、すべての人に訪れる死を巡りながら、家族の愛とは何かを問いかける。

娘を演じるのは、『ラ・ブーム』の世界的大ヒットでスーパーアイドルとなりハリウッド大作にも出演、フランスの国民的俳優として愛され続けるソフィー・マルソー。オゾン作品に深みを与えてきたシャーロット・ランプリングと共演を果たす。最期の日を決めた父と娘たちの前に、様々な人々が立ちはだかる。サスペンスフルなストーリーテリングを得意とするオゾンが、緊迫感に満ちた展開の先に用意した、想像を裏切る結末とは──?

対峙
Mass

フラン・クランツ監督作品/2021年/アメリカ/111分/DCP/ビスタ

■監督・脚本・プロデューサー フラン・クランツ
■撮影 ライアン・ジャクソン=ハーリー
■編集 ヤン・ホア・フー
■音楽 ダーレン・モルゼ

■出演 リード・バーニー/アン・ダウド/ジェイソン・アイザックス/マーサ・プリンプトン/ミッシェル・N・カーター/ブリーダ・ウール/ケージェン・オルブライト

■2021年インディペンデント・スピリット賞ロバート・アルトマン賞(アンサンブル作品賞)受賞、新人脚本賞ノミネート/英国アカデミー賞助演女優賞ノミネート/釜山国際映画祭フラッシュフォワード部門観客賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©2020 7 ECCLES STREET LLC

【2023/6/17(土)~6/23(金)上映】

愛する者よ、私たちはどうすれば良かったのか──

アメリカの高校で、生徒による銃乱射事件が勃発。多くの同級生が殺され、犯人の少年も校内で自ら命を絶った。それから6年、いまだ息子の死を受け入れられないジェイとゲイルの夫妻は、加害者の両親であるリチャードとリンダに会って話をするという驚くべき行動に出る。場所は教会の奥の小さな個室、立会人は無し。「お元気ですか?」と、古い知り合い同士のような挨拶をぎこちなく交わす4人。そして遂に、ゲイルの「息子さんについて何もかも話してください」という言葉を合図に、誰も結末が予測できない対話が幕を開ける──。

高校銃乱射事件から6年──共に息⼦を失った被害者と加害者の両親。命を奪われた側と奪った側の⼈⽣のすべてをかけた対話とは?

ほぼ全編、密室4⼈の会話だけで進⾏するにも関わらず、どんなスリラーにも勝る緊迫感に満ちた脚本と、俳優陣が⽣み出す臨場感によって、本作は英国アカデミー賞をはじめ各国の映画賞81部⾨でノミネート、43映画賞を受賞し⼤絶賛された注⽬の衝撃作。不寛容やリアルな⼈間関係の希薄さが問題視される現代社会で、〈被害者と加害者の対話〉という極めて重くセンシティブなテーマを圧倒的な臨場感とスリルで描き切った。

1 秒先に地雷が埋められているかのようなスリルと洞察⼒にとんだ脚本を書き上げ、初監督も務めたのは、『キャビン』などに出演している俳優のフラン・クランツ。⼀触即発の台詞の応酬に命を吹き込んだキャスト陣は、TVシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のリード・バーニー、『ヘレディタリー/継承』のアン・ダウド、『ハリー・ポッター』シリーズのジェイソン・アイザックス、『グーニーズ』のマーサ・プリンプトンら演技を極めたベテラン俳優たち。⼈間の複雑さと脆さを余すところなく表現し、観る者の胸を打つ。果たして、最後に4人と共に流れ着く、観る者すべてが初めて体感する境地とは──?

SHE SAID/シー・セッド その名を暴け
She Said

マリア・シュラーダー監督作品/2022年/アメリカ/129分/DCP/ビスタ

■監督 マリア・シュラーダー
■原作 ジョディ・カンター/ミーガン・トゥーイー 『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―』(新潮文庫刊)
■製作総指揮 ブラッド・ピット/リラ・ヤコブ/ミーガン・エリソン/スー・ネイグル
■脚本 レベッカ・レンキェヴィチ
■撮影 ナターシャ・ブライエ
■編集 ハンスヨルク・ヴァイスブリッヒ
■音楽 ニコラス・ブリテル

■出演 キャリー・マリガン/ゾーイ・カザン/ パトリシア・クラークソン/アンドレ・ブラウアー/ジェニファー・イーリー/ サマンサ・モートン/アシュレイ・ジャッド

■2022年ゴールデン・グローブ賞助演女優賞ノミネート/英国アカデミー賞助演女優賞・脚色賞ノミネート/放送映画批評家協会賞脚色賞ノミネート

© Universal Studios. All Rights Reserved.

【2023/6/17(土)~6/23(金)上映】

世界中の#MeTooに火をつけた1つの記事

ミーガンとジョディはともにアメリカ大手新聞社のひとつ、NYタイムズ紙の調査報道記者。大統領選から職場環境まで数多くの問題を調査報道し実績を残してきた。そんな中、ハリウッドから大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの数十年に及ぶ権力を行使した性的暴行の噂を聞き、ジョディは調査へと乗り出す。ジョディは産休明けで産後うつ気味のミーガンとともに、さまざまな嫌がらせや生命を脅かされる目に遭いながらも懸命に調査を続ける。

しかし、取材を進める中で、ワインスタインは過去に何度も記事をもみ消してきたことが判明する。さらに被害に遭った女性たちは示談に応じており、証言すれば訴えられるため、声をあげられないままでいた。問題の本質は業界の隠蔽構造だと知った記者たちは、調査を妨害されながらも信念を曲げず、証言を決意した勇気ある女性たちとともに突き進む。そして、ついに数十年にわたる沈黙が破られ、真実が明らかになっていく──。

ハリウッド”絶対権力者”の大罪<性的暴行事件>を暴いた衝撃の実話──

2017年、ニューヨーク・タイムズ紙が報じた1つの記事が世界中で社会現象を巻き起こした。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『恋におちたシェイクスピア』『ロード・オブ・ザ・リング』『英国王のスピーチ』など数々の名作を手掛けた映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ・性的暴行事件を告発したその記事は、映画業界のみならず国を超えて性犯罪の被害の声を促し、#MeToo運動を爆発させた。

ピューリッツアー賞を受賞した調査報道を基に制作された本作は、『それでも夜は明ける』『ムーンライト』を送り出したブラット・ピット率いる製作会社プランBが映画化権を獲得。ドイツ出身で俳優としても活躍してきたマリア・シュラーダーがメガホンを取った。巨大権力に挑んだ2人の女性記者を演じたのは、2度のアカデミー主演女優賞ノミネートの『プロミシング・ヤング・ウーマン』のキャリー・マリガンと『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』のゾーイ・カザン。さらに実際に#MeToo運動のなかで声を上げた一人であるアシュレイ・ジャッドが本人役で出演。作品に大きな説得力をもたらしている。