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黒人映画監督と言えば、『マルコムX』('92)のスパイク・リー監督が真っ先に浮かぶだろう。常に社会的・政治的な問題を取り上げ挑戦してきたリー監督が、アメリカ映画界にもたらした影響力は大きい。また『ボーイズ'ン・ザ・フッド 』('91)のジョン・シングルトン監督も、24歳という最年少でアカデミー賞監督賞にノミネートされる快挙を成し遂げている。

『大統領の執事の涙』('13)のリー・ダニエルズ監督はペンシルベニア州フィラデルフィア出身。若い頃から経営者として成功し、自ら興した映画会社が初めて製作した作品『チョコレート』('01)では、主演のハル・ベリーが非白人として初めてアカデミー主演女優賞を受賞した。その後『サイレンサー』('05)で監督デビュー。二作目の『プレシャス』('09)はサンダンス映画祭で最高賞を受賞したのを皮きりに数々の映画祭で絶賛された。

1950〜80年代にわたり、8期ものアメリカ大統領に仕えた黒人執事・セシルの生涯を描いた最新作『大統領の執事の涙』。物語は、アメリカ現代史を追いながら、セシルと、彼の息子との対比を軸に展開されていく。

白人に仕える父と、彼に反発し公民権運動に身を投じていく息子。2人は正反対のやり方で、“世の中をよくするために”生きていく。忠実に仕事をこなすことで黒人としての信頼を得ようとしたセシルは、息子を、そして急激に盛り上がるブラック・パワーをどんな気持ちで見ていたのか。キング牧師やマルコムXのように表舞台に立ち声高に叫ぶのではなく、セシルのように無言の抵抗でこの時代を生きた数多くの黒人たちの、知られざるドラマがここにはある。

いっぽう、『それでも夜は明ける』('13)のスティーヴ・マックィーン監督は、ロンドンで生まれ育ち、映像アーティストや彫刻家として活躍してきた。初の長編映画『ハンガー』('08)がいきなりカンヌのカメラ・ドールを受賞、続く『SHAME -シェイム-』('11)もヴェネツィアに正式出品され、一躍映画界でもその名を知らしめる。

そんなスマートでインテリのイメージがあるマックィーン監督が、長編三作目に選んだテーマは【黒人奴隷】だった。今日でもアメリカ社会でいまだタブー視されるこの問題に、正面きって向き合ったこの映画は、見事、今年の米アカデミー賞で黒人監督初の作品賞に輝いた。「黒人監督が撮った奴隷についての作品がオスカーを獲得する」。それは映画史のみならず、アメリカ史のなかでも重要な出来事となった。

アメリカ北部で生まれ自由証明書で認められた自由黒人である主人公・ソロモンが、ある日突然連れ去られ、南部で奴隷として働かされることになる。容赦ない過酷な労働、目を背けたくなるような暴力の日々。周りの奴隷たちが、いつしかみな奴隷であることを当たり前のように思い、“人間”としての心を失っていくなかで、誇りを失わず、家族のもとで戻りたいというただ一つの望みを支えに生き続けるソロモンの姿は、人種の問題を越えて誰の胸にも深く突き刺さる。

両作とも、出資者が集まらず制作はとても難航したという。だが、『大統領〜』は驚くほど豪華な俳優たちが二つ返事で出演を快諾し、『それでも〜』は出演もしているブラッド・ピッドがプロデュースを買って出た。そして完成した映画は、ともに全米で大ヒットを記録している。

このニ作と、ライアン・クーグラー監督作『フルートベール駅で』と併せて、2013年は若手黒人監督による作品が相次いで製作され、そのどれもが高い評価を得た。いま、アメリカ映画界のなかで、人種問題に対する意識が本当の意味で変わり始めている。彼らの今後の活躍に、期待せずにはいられない。

(パズー)


大統領の執事の涙
LEE DANIELS' THE BUTLER
(2013年 アメリカ 132分 DCP ビスタ) pic 2014年9月6日から9月12日まで上映 ■監督・製作 リー・ダニエルズ
■製作 パメラ・オアス・ウィリアムズ/ローラ・ジスキン/バディ・パトリック/カシアン・エルウィズ
■脚本 ダニー・ストロング
■撮影 アンドリュー・ダン
■編集 ジョー・クロッツ
■音楽 ロドリーゴ・レアン

■出演 フォレスト・ウィテカー/オプラ・ウィンフリー/ジョン・キューザック/ジェーン・フォンダ/キューバ・グッディング・Jr/テレンス・ハワード/レニー・クラヴィッツ/ジェームズ・マースデン/デヴィッド・オイェロウォ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ/アラン・リックマン/マライア・キャリー/リーヴ・シュレイバー/ロビン・ウィリアムズ

彼は、見ていた。
7人の大統領に仕えた黒人執事の生涯――

pic綿花畑の奴隷として生まれたセシル・ゲインズは、見習いからホテルのボーイとなり、遂には、ホワイトハウスの執事にスカウトされる。キューバ危機、ケネディ暗殺、ベトナム戦争…。アメリカが大きく揺れ動いていた時代。セシルは、歴史が動く瞬間を最前線で見続けながら、忠実に働き続ける。黒人として、そして、身につけた執事としての誇りを胸に。

「世の中をよくするために、父さんは白人に仕えている」。そのことに理解を示す妻とは別に、父の仕事を恥じ、国と戦うため、反政府運動に身を投じる長男。兄とは逆に、国のために戦うことを選び、ベトナム戦争に志願する次男。世界の中枢にいながら、夫であり父であったセシルは、家族と共にその歴史に翻弄されていく――。

すぐ目の前で、世界が動いていた。
彼が見つめてきたものが、今、明かされる。

picホワイトハウスで7人の大統領に仕えた黒人執事と揺れ動くアメリカ、その時代に翻弄される家族の物語を描いた本作。2008年、バラク・オバマの歴史的快挙に全米が湧いた時と同じくして、「ワシントン・ポスト」に掲載された記事――1950〜80年代にかけて8期の大統領のもとに仕えた黒人執事の人生――をもとに、『プレシャス』でアカデミー賞に輝いたリー・ダニエルズ監督が映画化した。

pic執事セシル・ゼインズを演じるのは、『ラストキング・オブ・スコットランド』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した名優フォレスト・ウィテカー。波乱万丈な人生を歩んだ一人の黒人男性を、情感豊かに演じきった。そのほか、ジョン・キューザック、ジェーン・フォンダ、アラン・リックマン、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ロビン・ウィリアムズなどアカデミー賞常連の俳優陣に加え、マライア・キャリー、レニー・クラヴィッツといったミュージシャンまで、錚々たるオールスターが集結。全米で公開されるや3週連続1位となり、オバマ大統領も本作を見て「目に涙あふれた」とラジオで語り、まさに話題沸騰の1本となった。

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それでも夜は明ける
12 YEARS A SLAVE
(2013年 アメリカ 134分 DCP PG12 シネスコ) pic 2014年9月6日から9月12日まで上映 ■監督・製作 スティーヴ・マックィーン
■製作 ブラッド・ピット/デデ・ガードナー/ジェレミー・クライナー/ビル・ポーラッド/アーノン・ミルチャン/アンソニー・カタガス
■製作総指揮 テッサ・ロス
■脚本・製作総指揮 ジョン・リドリー
■撮影 ショーン・ボビット
■音楽 ハンス・ジマー

■出演 キウェテル・イジョフォー/マイケル・ファスベンダー/ベネディクト・カンバーバッチ/ポール・ダノ/ポール・ジアマッティ/ルピタ・ニョンゴ/サラ・ポールソン/ブラッド・ピット

■2013年アカデミー賞作品賞・助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)・脚色賞受賞/ゴールデン・グローブ賞作品賞(ドラマ部門)受賞/トロント国際映画祭観客賞受賞/NY批評家協会賞監督賞受賞/英国アカデミー賞作品賞・主演男優賞(キウェテル・イジョフォー)受賞 ほか多数受賞・ノミネート

目覚めたら、奴隷。
11年8ヶ月26日間を壮絶に「生きた」
衝撃と感動の実話!

pic1841年、ニューヨーク。自由証明書で認められた自由黒人であるバイオリニストのソロモン・ノーサップは、家族とともに幸せな暮らしを送っていた。だがある時、ワシントンのショーでの演奏旅行を終えたソロモンは、ショーの興行主に騙され、突然奴隷として売られてしまう。彼を待ち受けていたのは、狂信的な選民思想をもつエップスら白人による目を疑うような差別、虐待、そして“人間の尊厳”を失った数多の奴隷たちだった。妻や子供たち再び会うため、彼が生き抜いた11年8ヶ月と26日間とは――。

世界を挑発し続ける“恐れ知らずの映画監督”
スティーヴ・マックィーンが、豪華キャストで突き付ける
かつて誰も描かなかった<人間の真実>

pic世界は、その男の最新作を恐れていた。セックス依存症の男の孤独と葛藤を赤裸々に描いた『SHAME −シェイム−』で、映画界を挑発したスティーヴ・マックィーン監督。“恐れ知らずの映画監督”と称される彼の次なる作品は、いままで誰も描こうとしてこなかった<奴隷>をテーマに掲げたものだった。

picある日突然誘拐され奴隷として売られた男の衝撃の実話は、われわれに、正義がいかに簡単に覆るかを痛感させ、そして一人の男の希望が絶望の暗闇に勝利する瞬間を体験させてくれる。「あと1本しか映画を作れないとしたら、作るべきはこの作品」とまで宣言したブラッド・ピッドが出演のみならずプロデューサーも務め、主演のキウェテル・イジョフォーはじめ、ベネディクト・カンバーバッチ、マイケル・ファスベンダーら映画界最旬の俳優たちが出演を熱望した本作は、見事2013年アカデミー賞で作品賞を受賞。アカデミー賞で黒人監督の作品が作品賞に輝くのは初めての快挙となった。

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