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1960年代、ベトナム戦争や反戦運動が起こった激動の時代。
『17歳のカルテ』の主人公、スザンナ・ケイセンは18歳。名門高校を卒業したが、生徒でただ一人大学へ進学しないという不名誉な成績を残した。ある日、彼女は“頭痛がしたので”、アスピリン一瓶とウォッカ一瓶を飲み、精神科に入院する。スザンナは自殺未遂を頑なに否定する。死にたかったんじゃない、“消そうとした”だけ。混乱し、憂鬱で、なんだかとても悲しかったから。

1980年代、荒廃を極めたハーレム。
『プレシャス』の主人公、プレシャス・ジョーンズは16歳。生活保護を受け、プレシャスを奴隷のようにこき使う母親と2人暮らしをしている。まだ中学校に通い、読み書きはできず、とんでもなく太っている。現在、2人目の子供を妊娠中。プレシャスは理想の自分を妄想することで、現実からつかの間の解放を味わう。皆に愛されるスターの自分。雑誌の表紙を飾り、ミュージックビデオに出演する夢の姿を。ふと我に帰れば、薄汚れた部屋で、母親が喚き散らしながらフライパンを振り回している。

大人への階段を一歩踏み外したら、どこへ落ちていくのだろう?正常な人間の枠からちょっとはみ出たら、どうなるのだろう?悲惨な現実ばかりが圧し掛かって身動きが取れなくなったら、どうしたら良い?“中断された”人生を再び“動かす”ための、答えはどこにあるの?

これは、時代が違い、場所が違い、環境が違い、境遇が違い、肌の色も違う少女たちが、それぞれの人生の“中断された”状態を抜け出し、新たな一歩を踏み出す様子を、愛情に満ちた視線で描いた2つの物語。スザンナは狂気と正気の狭間から、プレシャスは苛酷な現実の瓦礫の下から、自分を見出だし、人生を再開させようともがく。自分と、社会と、現実と、環境と…。全てに振り回され、ただ茫然と立ちつくしていた不安と混乱の日々、何もできなかった自分に別れを告げるために。それは、時代が違い、場所が違い、環境が違い、境遇が違い、肌の色も違う私たちにも、きっと訪れた、或いはこれから訪れるかもしれない決意のとき。そしてこの物語を包んでいるのは、誰もがかつて経験した青春の、儚くも強い輝き――。どうか少女たちの行く先が、あたたかい光で照らされていますように。そして、観終わった皆さんの胸に、人生に立ち向かう勇気と希望が伝わりますように。


17歳のカルテ
GIRL, INTERRUPTED
(1999年 アメリカ 127分 ビスタ/SRD) 2010年10月9日から10月15日まで上映 ■監督・脚本 ジェームズ・マンゴールド
■脚本 リサ・ルーマー/アンナ・ハミルトン・フェラン
■原作 スザンナ・ケイセン
■撮影 ジャック・グリーン
■音楽 マイケル・ダナ

■出演  ウィノナ・ライダー/アンジェリーナ・ジョリー/クレア・デュヴァル/ウーピー・ゴールドバーグ/ジャレッド・レトー/ブリタニー・マーフィ

■アカデミー賞助演女優賞/ゴールデン・グローブ助演女優賞/放送映画批評家協会賞助演女優賞(以上すべてアンジェリーナ・ジョリー)

自殺しようとしたんじゃない。消そうとしたの。

17歳のスザンナ・ケイセンは、アスピリンを一瓶とウォッカを一瓶飲んで病院に担ぎ込まれた。自殺するつもりではなかった。何かに苛立っていた。混乱し、不安に苛まれ、悲しく、寂しかった。世間体を大事にする親にすすめられ、スザンナは精神科に入院することになる。病院までのタクシーの中、「悲しいの」と吐露したスザンナに、運転手は「そりゃ、みんな悲しいさ」と答えた。

顔面に火傷をした子、病的な嘘つき、ガリガリに痩せた拒食症、パパの持ってきたチキンしか食べない子。エキセントリックな患者たちに混乱するスザンナだが、次第にここのほうが外の世界よりまともに思えてくる。一体誰が狂っていて、誰が正常なのか?自分は何が異常なのか?自分がおかしかったのか、それとも、時代のせいだったのか…大人への階段のおどり場で、少女たちは立ちつくす。人生を“中断(interrupted)”されて――

カミソリは痛い、水は冷たい、薬は苦い、
銃は違法、縄は切れる、ガスは臭い、生きてる方がマシ。

主役のスザンナを務めたのは、自らも「発作的不安に襲われて」入院した経験を持つ、当時28歳のウィノナ・ライダー。他に、クレア・デュバル、エリザベス・モス、ジャレッド・レト、そして故ブリタニー・マーフィーといった当時の若手実力派俳優たちが結集。

スザンナが強く惹かれる危険な魅力を持つ少女・リサを演じ、ゴールデングローブ、アカデミー賞の助演女優賞に輝いたのは、当時24歳のアンジェリーナ・ジョリー。飼いならされていないワイルドな性格で、少女たちを支配するリサの凄まじいまでの狂気から、痛々しいまでに脆い真の姿までを圧倒的な演技力と強烈な存在感で表現した。一度観れば忘れられない、若きアンジェリーナ・ジョリーの鮮烈な才能が光る傑作!


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プレシャス
PRECIOUS: BASED ON THE NOVEL “PUSH” BY SAPPHIRE
(2009年 アメリカ 109分 R15+ ビスタ/SRD) pic 2010年10月9日から10月15日まで上映 ■監督・製作 リー・ダニエルズ
■原作 サファイア『プッシュ』
■脚本 ジェフリー・フレッチャー
■撮影 アンドリュー・ダン
■音楽 マリオ・グリゴロフ

■出演 ガボレイ・シディベ/モニーク/ポーラ・パットン/マライア・キャリー/シェリー・シェパード/レニー・クラヴィッツ

■アカデミー賞助演女優賞・脚色賞/全米批評家協会賞助演女優賞/NY批評家協会賞助演女優賞/LA批評家協会賞助演女優賞/ゴールデン・グローブ助演女優賞/英国アカデミー賞助演女優賞/インディペンデント・スピリット賞作品賞・監督賞・ 主演女優賞・助演女優賞・新人脚本賞/放送映画批評家協会賞助演女優賞(以上、助演女優賞はすべてモニーク)

あたしの幸せは、あたしが見つける

プレシャス・ジョーンズは16歳。未だ中学校に通い、2人目の子供を身ごもっている。家庭では母親から虐待を受け、文字の読み書きもできない。「プレシャス=尊い」という愛情溢れる名前からはかけ離れた毎日。 悲惨で不遇な家庭環境の中、フリースクールに通い始めた彼女は、「学ぶ喜び」「人を愛し、愛される喜び」を知っていく。今までに考えたこともなかった新しい世界が、彼女の前に広がっていた。人生の喜びを自分で見つけるため、プレシャスは勇気ある一歩を踏み出そうとする。

これは勝利の物語。前進すれば望むゴールにたどり着けるの

世界中の観客から愛され、喝采を浴びた一人の少女の愛と希望を描き、現代社会に様々な問いを投げかける衝撃的傑作『プレシャス』。主人公のプレシャスに大抜擢されたガボレイ・シディベは演技経験ゼロながら、自然体の演技とユーモアで作品に温もりを与え、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた。

プレシャスの母親・メアリーを演じ、アカデミー賞助演女優賞に輝いたのは、全米で大人気のコメディエンヌ、モニーク。人々に笑いをもたらす本業とは打って変わり、大迫力の虐待シーンで鬼のような母親を熱演した。物語の終盤、渾身のモノローグは思わず震えがくるほど衝撃的。一人の女性の真の思いが切々と語られるそのシーンは、彼女が単に酷い母親というだけではなく、彼女もまた、社会に見捨てられ、他の道を生きる選択を与えられなかった被害者かもしれない現実を明らかにする。単なる悪役に終わらず、現代の私たちにも通ずる複雑な問題を浮かび上がらせ、観客の胸に強く訴える迫真の演技。女優・モニークの圧倒的な技量を感じる、見事なシーンである。

(ザジ)



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