【2022/6/11(土)~6/17(金)】『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』『コレクティブ 国家の嘘』// 特別レイトショー『ドンバス』

ミ・ナミ

今週の早稲田松竹は、『コレクティブ 国家の嘘』『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』の二本立てに加え、特別レイトショーとして『ドンバス』を上映いたします。

ルーマニアの医療と国家が癒着した汚職事件を、真相を追求する気鋭の記者と国民のための医療制度を確立しようと尽力する若き大臣の視点が主である『コレクティブ 国家の嘘』も、環境問題専門の企業弁護士が、アメリカを代表する巨大企業と対峙する『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』も、ともすれば巨悪と正義という単純な構図になりがちな題材です。

もちろん、『ダーク・ウォーターズ』のモデルとなった実在の弁護士ビロット氏が語っているような家族の支えや、『コレクティブ』がドキュメンタリーとして生々しく描出した、報道に携わる者の信念が本物であることは言うまでもありませんが、監督たちは映画をある人々の英雄譚に片付けてしまわぬよう(おそらくは主人公である彼らも、自身をヒーロー然として描くことを望んではいないはずです)、慎重に作品へ落とし込みました。

どちらの事件の中心にも、取り返しのつかない悲劇に見舞われた被害者の存在があるからです。受けなくても良いはずだった彼らや彼女たちの痛みに、監督たちは連帯しようとします。そのことが、フィクションやドキュメンタリーというジャンルを越えて事の本質を捉える足がかりになっています。

ロシアがウクライナ侵攻に至る以前の2014年に勃発した“ドンバス戦争”をテーマにした『ドンバス』を手がけたセルゲイ・ロズニツァ監督はウクライナ出身の映画人ですが、現在起きている戦争を、国やある種の共同体に寄らない「世界市民」(コスモポリタン)としてみつめることを信条としています。それは国家や民族、言語という大義名分のもとで無色であった人々が権力に加担させられ、用が済むとあっさり蹂躙されていく恐怖こそ憎むべきものだと考えているからなのではないでしょうか。

監督はあらゆる体制が持つプロパガンダの危険を告発し哄笑するために、しかしどちらの立場を取ることもせず、本作を劇映画として平然と完成させています。2018年に撮られた『ドンバス』は2022年2月24日の予兆のようとも言われていますが、そうした先見性にとどまらない凄みも感じてしまいます。

これらの映画で起きていることは、どれも未だ解決を見ない現在進行形の問題だからこそ、観る者に安らぎを与えることをせず、喪失感や不可解が強く残る作品になっています。しかし、真実とはそうして価値観が揺さぶられた先で観客がみつけていくものではないかと、私は思っています。現実を凌駕するようなこの映画たちに、ぜひ皆さまも瞠目して頂ければと思います。

コレクティブ 国家の嘘
Collective

アレクサンダー・ナナウ監督作品/2019年/ルーマニア・ルクセンブルク・ドイツ/109分/DCP/ビスタ

■監督・撮影 アレクサンダー・ナナウ
■製作 アレクサンダー・ナナウ/ビアンカ・オアナ/ベルナール・ミショー/ハンカ・カステリコバ
■脚本 アントアネタ・オプリ/アレクサンダー・ナナウ
■編集 アレクサンダー・ナナウ/ジョージ・クラッグ/ダナ・ブネスク
■音楽 キャン・バヤニ

■出演 カタリン・トロンタン/カメリア・ロイウ/テディ・ウルスレァヌ/ヴラド・ヴォイクレスク/ナルチス・ホジャ

■2020年アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞・国際長編映画賞ノミネート/全米批評家協会賞外国語映画賞受賞/ヨーロッパ映画賞ドキュメンタリー賞受賞/英国アカデミー賞ドキュメンタリー賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート

©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

【2022年6月11日から6月17日まで上映】

薄められた真実――ルーマニアを震撼させた前代未聞の巨大医療汚職事件

2015年10月、ルーマニア・ブカレストのクラブ“コレクティブ”でライブ中に火災が発生。27名の死者と180名の負傷者を出す大惨事となったが、一命を取り留めたはずの入院患者が複数の病院で次々に死亡、最終的には死者数が64名まで膨れ上がってしまう。

カメラは事件を不審に思い調査を始めたスポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」の編集長を追い始めるが、彼は内部告発者からの情報提供により衝撃の事実に行き着く。その事件の背景には、莫大な利益を手にする製薬会社と、彼らと黒いつながりを持った病院経営者、そして政府関係者との巨大な癒着が隠されていた――。

国家とは、報道とは、様々な問いかけが胸を抉る、衝撃のドキュメンタリー!

本作は2015年、東欧ルーマニアのライブハウスで実際に起こった火災を発端に、命よりも利益や効率が優先された果てに起こった国家を揺るがす巨大医療汚職事件の闇と、それと対峙する市民やジャーナリスト達を追った、フィクションよりもスリリングな現実を捉えたドキュメンタリー映画だ。監督は『トトとふたりの姉』のアレクサンダー・ナナウ。地元の小さなスポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」に勤務し、地道な調査報道を続けるジャーナリストを追う前半から一転、映画の後半では熱い使命を胸に就任した若き新大臣を追い、異なる立場から大事件に立ち向かう人達を捉えていく。

“まるでリアル『スポットライト 世紀のスクープ』だ”とも評される本作は、命の危険を顧みず真実に迫ろうとするジャーナリストたちの奮闘に思わず手に汗握るだけでなく、日本を始め世界中のあらゆる国が今まさに直面する医療と政治、ジャーナリズムが抱える問題に真っ向から迫っている。2020年アカデミー賞において、ドキュメンタリーでありながらルーマニア映画としてはじめて国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞の2部門のノミネートを果たした。そのほか、世界各国の映画祭で32の賞を獲得し、50ものノミネートを果たしている。

ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男
Dark Waters

トッド・ヘインズ監督作品/2019年/アメリカ/126分/DCP/シネスコ

■監督 トッド・ヘインズ
■製作 マーク・ラファロ/クリスティーン・ヴェイコン/パメラ・コフラー
■脚本 マリオ・コレア/マシュー・マイケル・カーナハン
■撮影 エドワード・ラックマン
■編集 アフォンソ・ゴンサウヴェス
■音楽 マーセロ・ザーヴォス

■出演  マーク・ラファロ/アン・ハサウェイ/ティム・ロビンス/ビル・キャンプ/ヴィクター・ガーバー/メア・ウィニンガム/ウィリアム・ジャクソン・ハーパー/ルイーザ・クラウゼ/ビル・プルマン

© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

【2022年6月11日から6月17日まで上映】

真実に光をあてるために どれだけのものを失う覚悟があるのか――

1998年、オハイオ州の名門法律事務所で働く企業弁護士ロブ・ビロットが、見知らぬ中年男から思いがけない調査依頼を受ける。ウェストバージニア州パーカーズバーグで農場を営むその男、ウィルバー・テナントは、大手化学メーカー、デュポン社の工場からの廃棄物によって土地を汚され、190頭もの牛を病死させられたというのだ。

さしたる確信もなく、廃棄物に関する資料開示を裁判所に求めたロブは、“PFOA”という謎めいたワードを調べたことをきっかけに、事態の深刻さに気づき始める。デュポンは発ガン性のある有害物質の危険性を40年間も隠蔽し、その物質を大気中や土壌に垂れ流してきたのだ。やがてロブは7万人の住民を原告団とする一大集団訴訟に踏みきる。しかし強大な権力と資金力を誇る巨大企業との法廷闘争は、真実を追い求めるロブを窮地に陥れていくのだった…。

すべては1本の新聞記事から始まった――全米を震撼させた実話に基づく衝撃の物語

2016年1月6日のニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたその記事には、米ウェストバージニア州のコミュニティを蝕む環境汚染問題をめぐり、ひとりの弁護士が十数年にもわたって巨大企業との闘いを繰り広げてきた軌跡が綴られていた。そしてこの驚くべき記事は、アカデミー賞に3度ノミネートされ、マーベル作品のブルース・バナー/ハルク役としても世界的に知られる実力派俳優マーク・ラファロの心を動かした。プライベートでは環境保護活動にも熱心に取り組んでいるラファロは、主演のほかプロデューサーも兼任して映画化に向けて動き出した。

共演は『レ・ミゼラブル』『インターステラー』のアン・ハサウェイ、『ショーシャンクの空に』『ミスティック・リバー』のティム・ロビンス、『インデペンデンス・デイ』『ロスト・ハイウェイ』のビル・プルマンなど、豪華キャストが集結。そして、ラファロからの直々のオファーを快諾し、本作のメガホンを執ったのはトッド・ヘインズ。『ベルベット・ゴールドマイン』『エデンより彼方に』『キャロル』などで知られる鬼才が、実話に基づく社会派リーガル・ドラマという新境地に挑み、卓越した語り口で観る者を魅了する。SDGs、ESGといった国際的なガイドラインが定着し、持続可能な社会の構築が求められる今の時代において必見の実録映画が誕生した。

【特別レイトショー】ドンバス
【Late Show】Donbass

セルゲイ・ロズニツァ監督作品/2018年/ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア/121分/DCP/シネスコ

■監督・脚本 セルゲイ・ロズニツァ
■製作 ハイノ・デッカート
■撮影 オレグ・ムトゥ
■編集 ダニエリュス・コカナウスキス
■サウンド ウラジミール・ゴロヴニツキー

■出演  タマラ・ヤツェンコ/ボリス・カモルジン/トルステン・メルテン/アルセン・ボセンコ/イリーナ・プレスニャエワ/スヴェトラーナ・コレソワ/セルゲイ・コレソフ/セルゲイ・ルスキン/リュドミーラ・スモロジナ

■第71回カンヌ国際映画祭<ある視点>部門・監督賞/第91回アカデミー賞外国語映画賞ウクライナ代表

© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

★本作品は1本立て・特別レイトショー上映です。
<入場料金>
大人:1800円 学生・シニア:1300円
★チケットは連日、朝の開場時より受付にて販売いたします(当日券のみ)。

【2022年6月11日から6月17日まで上映】

ここ<ドンバス>で何が起きているのか。ロシアによるウクライナ侵攻の前兆を捉えた最重要映画 緊急公開!

2014年に一方的にウクライナからの独立を宣言し、親ロシア派勢力「分離派」によって実効支配されているウクライナ東部ドンバス地方。ウクライナ軍との武力衝突が日常的に起きているこの地域にはロシア系住民が多く住み、「分離派」の政治工作によってウクライナ系住民との分断が深まり内戦となっている。フェイクニュースやプロパガンダを巧みに駆使する近代的な情報戦と、前時代的で野蛮なテロ行為が横行するドンバスのハイブリッド戦争を、ウクライナ出身の異才セルゲイ・ロズニツァ監督(『国葬』『粛清裁判』『アウステルリッツ』)がダークユーモアを込めながら描く—— 今日の戦争でロシア軍の所業を知った今、もはやまったく笑えない映画に変貌を遂げた。2018年カンヌ国際映画祭《ある視点》部門監督賞受賞作品。

クライシスアクターと呼ばれる俳優たちを起用して作るフェイクニュースから始まり、支援物資を横領する医師と怪しげな仕掛人、湿気の充満した地下シェルターでフェイクニュースを見る人々、新政府への協力という口実で民間人から資産を巻き上げる警察組織、そして国境での砲撃の応酬…。無法地帯“ノヴォロシア”の日常を描く13のエピソードは、ロシアとウクライナの戦争をすでに予見していた――

※「ノヴォロシア」とは——起源は18世紀末にロシア帝国が征服した黒海北岸部地域を差す地域名であり「新しいロシア」を意味する。親ロシア派は、実効支配するドンバス地域に樹立した自称国家「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」からノヴォロシア連邦をつくろうとした。プーチン大統領はこの2つの自称国家の独立を承認し、平和維持を目的とする「特別軍事作戦」と称し、この度の侵略戦争を開始した。