今週はトッド・ヘインズ監督特集! ボブ・ディランを描いた2007年公開の作品『アイム・ノット・ゼア』と本年度アカデミー賞で主要6部門ノミネートされた話題作『キャロル』をお届けします。
トッド・へインズ監督が描こうとするテーマは常に挑発的で挑戦的です。それでいて彼らしい徹底した美しいディテール作り、時代背景を緻密に描き、空気感や質感を画面に蘇らせるこだわりは、観客を強くひきつけてやみません。そんなトッド・ヘインズ監督の魅力を存分に堪能できる二本立てです。
『アイム・ノット・ゼア』はよくある伝記映画とは違い、一風変わった斬新なアプローチでボブ・ディランという一人の人間を描いています。
この作品には、ディランという役は登場しません。ロックスター、放浪者、映画スター、詩人、牧師…常にイメージやスタイルを変え続ける彼の人生を6つのステージに分け、それを6人の俳優が演じています。そしてこの映画はSFのように時間も話も自由に行き交うのです。最初はその演出やディランが登場しないことに戸惑うのですが、物語が進むにつれてボブ・ディランの人間像がありありと浮かび上がってきます。人種も年齢も名前も違う6つのキャラクターで表現することで、常に変化を求めるアーティスト、ボブ・ディランのアイデンティティを垣間見ることができるのです。(蛇足ですが、脚本を共同で製作したオーレン・ムヴァーマンは同じ手法を『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』でブライアン・ウィルソンの伝記映画を描く際にも使用しているんです。アーティストを描くのに画期的な手法なんですね。)
『キャロル』は1952年頃のニューヨークを舞台に、運命の出会いをしてしまった女性二人のラブストーリーです。どこか満たされない日々をすごしているテレーズ(ルーニー・マーラ)はある日、キャロル(ケイト・ブランシェット)に出会います。洗練された大人の女性であるキャロルに、テレーズは恋をしてしまいます。キャロルには家庭もあるのですが、知り合っていくうちにどうしても惹かれあってしまう二人。そんな中、二人は旅にでることになるのです。
女性同士の恋愛がこんなに美しく、男女の恋愛と同じように描かれる時代が来たのだなと感慨深く思いました。この恋でテレーズが直面するのは自分自身の未熟さであり、女性同士であることはさほど困難にはならないのです。 トッド・ヘインズ監督はインタビューで「女性は男性より社会的プレッシャーや限界に苦しんでいる。だから女性の話を語ることは、社会的要素について考えることになり、僕にとっては政治的で重大なことだ」と語っていました。 女性として、そして人間として自分らしく生きるとはどういうことなのか。恋をすることで成長していくテレーズの人生に、自分の人生を重ねて見つめずにはいられないのです。
アイム・ノット・ゼア
I'M NOT THERE
(2007年 アメリカ 136分 シネスコ/SRD)
2016年10月15日から10月21日まで上映
■監督・原案・脚本 トッド・ヘインズ
■脚本 オーレン・ムーヴァーマン
■撮影 エドワード・ラックマン
■編集 エリオット・グレアム
■音楽監修 ランドール・ポスター/ジム・ダンバー
■出演 クリスチャン・ベイル/ケイト・ブランシェット/マーカス・カール・フランクリン/リチャード・ギア/ヒース・レジャー/ベン・ウィショー/ジュリアン・ムーア/シャルロット・ゲンズブール/ミシェル・ウィリアムズ/デヴィッド・クロス/ブルース・グリーンウッド
■第80回アカデミー賞助演女優賞ノミネート/第65回ゴールデングローブ賞助演女優賞受賞/第64回ヴェネチア国際映画祭最優秀女優賞・審査員特別賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
19世紀の詩人アルチュール・ランボーは「なぜプロテスト・ミュージックをやめたのか?」という尋問を受けている。1959年、黒人少年ウディはブルースシンガーの家に転がり込む。しかし老母に「今の世界のことを歌いなさい」と言われ、再び旅に出る。60年代後半のプロテスト・フォーク界で、ジャック・ロリンズは中心的存在となる。しかしパーティのスピーチでJFKの殺害犯を称え反感を買い身を隠す。
ベトナム戦争が本格化した1965年、新人俳優ロビーは、美大生クレアと出会い、結婚する。1965年、歌手のジュードはロックバンドを率いてフォーク・フェスティバルに出演し、ブーイングを受ける。隠遁生活送るビリーが暮らす西部の町では、ハイウェイ建設のため町民に立ち退き命令が下り、彼はその黒幕を突き止め声をあげる――。
アルバムセールス1億枚以上、いまだ現役のトップミュージシャンであり、ノーベル文学賞の候補と言われ続ける詩人ボブ・ディラン。自らのイメージの「破壊」と「再生」を繰り返すディランの人生に魅せられたトッド・ヘインズ監督が、その奔放なイマジネーションを用いて、全く新しいアプローチでボブ・ディランをスクリーンに浮かび上がらせた。
野心に燃えたフォークシンガー、時代の寵児であるロックスター、ランボーに傾倒した詩人、ひとりの女性を不器用に愛した映画スター――様々な顔を持つディランを演じるのは、6人の豪華キャスト。特に紅一点のケイト・ブランシェットは劇中で歌も披露する圧巻の演技で、ヴェネチア映画祭女優賞に輝いた。また、映画が完成した翌年に急逝したヒース・レジャーの姿も忘れがたい。
キャロル
CAROL
(2015年 イギリス/アメリカ 118分 ビスタ)
2016年10月15日から10月21日まで上映
■監督 トッド・ヘインズ
■原作 パトリシア・ハイスミス「キャロル」(河出書房新社刊)
■脚本 フィリス・ナジー
■撮影 エド・ラックマン
■衣装 サンディ・パウエル
■音楽 カーター・バーウェル
■音楽監修 ランドール・ポスター
■出演 ケイト・ブランシェット/ルーニー・マーラ/サラ・ポールソン/ジェイク・レイシー/カイル・チャンドラー
■第88回アカデミー賞主演女優賞ほか主要6部門ノミネート/第68回カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞/ゴールデングローブ賞作品賞ほか主要4部門ノミネート ほか多数受賞・ノミネート
1952年、ニューヨーク。高級百貨店でアルバイトをするテレーズは、クリスマスで賑わう売り場で、そのひとを見た。鮮やかな金髪。艶めいた赤い唇。真っ白な肌。ゆったりした毛皮のコート。そのひともすぐにテレーズを見た。彼女の名はキャロル。このうえなく美しいそのひとにテレーズは憧れた。しかし、美しさに隠された本当の姿を知ったとき、テレーズの憧れは思いもよらなかった感情へと変わってゆく…。
「見知らぬ乗客」「太陽がいっぱい」で知られる大人気作家パトリシア・ハイスミスが、別名義で発表しながらもベストセラーとなった幻の小説がついに映画化した。監督は、『エデンより彼方に』の鬼才トッド・ヘインズ。50年代ニューヨークを美しく再現した魅惑的な衣装、名曲の数々、流麗なキャメラ…。まさに夢のような映画に、ワールドプレミアとなったカンヌは熱狂した。
キャロルを演じるのは『ブルー・ジャスミン』でアカデミー主演女優賞を射止めた名女優ケイト・ブランシェット。そしてテレーズを演じた『ドラゴン・タトゥーの女』ルーニー・マーラは、見事カンヌの最優秀主演女優賞を獲得した。たとえ社会から否定されようとも、自らに正直に生きようと愛し合うふたりの視線が交わる瞬間――忘れられない愛の名作が誕生する。