しかまる。
私がダニエル・シュミット監督の作品に初めて触れたのは、今回レイトショーで上映する『書かれた顔』です。ドキュメンタリーのようでいてそうではない、不思議な作品の引力。夢のように美しい映像と坂東玉三郎さんをはじめとするレジェンドたちの芸の極みを目撃し、ただただ打ちのめされたのでした。
異国の地で出会った女性に翻弄される男の破滅を描いた官能的なメロドラマ『ヘカテ』、スイスの政治風刺を軽妙かつ鋭く描いたブラック・コメディ『べレジーナ』。時間と記憶の迷宮をさまよう『デ ジャ ヴュ』と『季節のはざまで』。レイトショー『書かれた顔』とともに上映するこれら4作品を見ていくうち、現実と幻想が交錯するダニエル・シュミットの独自の世界観は、名カメラマン レナート・ベルタあってこそだと気づかされます。
俳優の仕草、佇まい。目線、言葉と言葉の空白の間。
語られる内容よりも、どのように語るかが重要だというシュミット監督の意志にピタリと寄り添うようにレナート・ベルタのカメラが動く。それはまるで息のあったダンスを見ているような気分にさせられるのです。
そしてその境地は『書かれた顔』のフィクションパート「黄昏芸者情話(トワイライト・ゲイシャ・ストーリー)」に色濃く現れているように思えてなりません。坂東玉三郎さん演じる芸者と、彼女を恋い慕う二人の男。彼らにセリフはほとんどなく(あったとしても音楽でかき消されてしまい)、語らないことで観客は想像を掻き立てられ、スクリーンの中に各々の夢をみる。
言葉を超え、映画の枠組みすらも飛び越えるダニエル・シュミットとレナート・ベルタ。夏から秋へと移ろう季節のはざまで、二人の魔術に酔いしれてみてはいかがでしょう。
季節のはざまで デジタルリマスター版
Off Season
■監督 ダニエル・シュミット
■製作 マルセル・ホーン
■脚本 ダニエル・シュミット/マルタン・シュテール
■撮影 レナート・ベルタ
■編集 ダニエラ・ロデレール
■美術 ラウール・ヒメネス
■音楽 ペール・ラーベン
■出演 サミー・フレイ/カルロス・デベーザ/イングリット・カーフェン/アリエル・ドンバール/ジェラルディン・チャップリン/モーリス・ガレル
©HORS SAISON: 1992 T&C Film AG
【2024/8/31(土)~9/6(金)上映】
夢かうつつか、これはわたしの幼き日々の物語
舞台はスイスの山中に建つ古いホテル。ここの持ち主だった祖父母に育てられたヴァランタンが、ホテルが取り壊されると聞いて記憶をたよりにやってくる。今は無人と化したホテルの中を歩きながら、彼は少年時代の懐かしい記憶の数々を思う。あこがれの“世界一の美女”や女性歌手とピアノ弾き、魔術師、思い出話がいつも面白かった祖母。少年ヴァランタンにとって大人たちの世界は素晴らしく魅力的なものだった。過去と現在が交錯するホテルで、シュミットがつむぎ出す夢幻的な舞台がいま始まる。
スイスの至宝ダニエルシュミットが描き出す 万華鏡のごとき夢と記憶、そして永遠の別れ――。
1992年のロカルノ映画祭のオープニングを飾り、上映後は満席の観客から拍手が鳴り止まなかったという、シュミット作品の中でも最も愛される傑作のひとつ『季節のはざまで』が『デ ジャ ヴュ』と共に、初のデジタルリマスター版で公開。本作は、シュミット自身の少年時代の記憶を基に、祖父母が経営していたホテルを基に脚本を執筆。長い廊下、エレベーターホールにバー、レストラン、隅々にまで目を奪われる内装のホテルは玉手箱のような舞台となって、誰もが大切にしまっている、切なくなってしまうほどに甘美な思い出の扉を開けてゆく。
ホテルを訪れるナレーター、ヴァランタン役を演じるのは『はなればなれに』『夕なぎ』のサミー・フレイ。深く、端正な魅力たっぷりに物語を支えている。アンニュイな女性歌手リロ役には『ラ・パロマ』『天使の影』のイングリット・カーフェン、“世界一の美女”ステュデール夫人にはエリック・ロメール『海辺のポーリーヌ』のアリエル・ドンバール、伝説の女優サラ・ベルナールには『オール・アバウト・マイ・マザー』はじめペドロ・アルモドバル作品でおなじみのマリサ・パレデス、祖父母役にはフェリーニの妹、マリア・マッダレーナ・フェリーニとモーリス・ガレルが扮するなど、各国の豪華キャスト揃い。また、撮影地の村でシュミットに発見された当時8歳のカルロス・デベーザも、とびきりチャーミングに少年時代のヴァランタンを演じている。
デ ジャ ヴュ デジタルリマスター版
Jenatsch
■監督 ダニエル・シュミット
■製作 テレス・シェレール
■脚本 マルタン・シュテール/ダニエル・シュミット
■撮影 レナート・ベルタ
■編集 ダニエラ・ロデレール
■美術 ラウール・ヒメネス
■音楽 ピノ・ドナジオ
■出演 ミシェル・ヴォワタ/クリスチーヌ・ボワッソン/ヴィットリオ・メゾジオルノ/ラウラ・ベッティ/キャロル・ブーケ
■1987年カンヌ国際映画祭ある視点部門正式出品
© JENATSCH: 1987 T&C Film AG
【2024/8/31(土)~9/6(金)上映】
あなたの夢は だれかの現実
17世紀のスイス、グリソン州独立の最大の英雄であるイェナチュは、宿敵ポンペウスを殺し、権力を手中に入れた。しかし、数年後には“謎の人物”によってイェナチュもまた殺された──。現代の記者、クリストフはイェナチュの墓の発掘を指揮した人類学者トブラーとのインタヴューの仕事を引き受けた。トブラーは一風変わった人物で、イェナチュに取り憑かれている。やがて、ポンペウスの暗殺のあった城に、末裔の老嬢プランタを訪ねた帰路、クリストフは不思議なことにイェナチュに出会う。既視体験(デ ジャ ヴュ)に悩まされるクリストフは謎を究明するべくもう一度城に向かうも、何とそこでポンペウス暗殺の現場を目撃。そして、ポンペウスの美しい娘ルクレツィアの姿を発見し…。
ダニエル・シュミットが誘う極上の夢の旅 幾度となく美を見つけだす。デ ジャ ヴュ
その優美な映像と唯一無二の虚構世界により、熱狂的なファンを生み、日本のミニシアターブームの火付け役のひとつとなったダニエル・シュミットの作品。昨今でも『ヘカテ デジタルリマスター版』や盟友ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーとタッグを組んだ『天使の影』などの上映により、新たなファンを獲得し続けている、そんなシュミット監督の『デ ジャ ヴュ』は1987年カンヌ映画祭で上映され絶賛を博した作品。ふたつの現実、ふたつの時間がシュミットの魔法によって美しく混じり合う、極上の<幻想映画>である本作がこの度初のデジタルリマスター版でよみがえる。
夢のような画面にあらわれるのは、謎にひきつけられ惑わされる人々、幻影の人々、山岳地帯の勇壮な自然、ものものしい古城、散りばめられた鏡やすれ違い続ける列車、狂騒的なカーニバル…。リヴェット、ロメールなどヌーヴェル・ヴァーグの作家たちの作品も手がけてきた名キャメラマン、レナート・ベルタや、R・W・ファスビンダーの『ローラ』や『第三世代』も手掛けた美術監督ラウール・ヒメネスが、一足踏み入れれば永遠に迷いこんでしまいそうな恐ろしさとときめきと共に、物語を作り上げる。
音楽は『赤い影』やブライアン・デ・パルマ作品など、ジャンル、国境を超えて活躍したイタリア出身の作曲家、ピノ・ドナッジオ。また、主人公が魅了される娘ルクレツィア役には、ルイス・ブニュエルの『欲望のあいまいな対象』でデビューを飾り、後にはシャネルのモデルとしても輝いたキャロル・ブーケ。 現実がゆさぶられ、めまいし、映画の奥へと導かれてゆく『デ ジャ ヴュ』。シュミットが案内するこの旅の中で、私たちはまるで指さきからこぼれ落ちる鈴の音のような美しさと、何度も出会い直しては、発見させられるだろう。
ベレジーナ
Beresina or The Last Days of Switzerland
■監督 ダニエル・シュミット
■脚本 マルティン・ズーター
■撮影 レナート・ベルタ
■編集 ダニエラ・ローデラー
■音楽 カール・ヘンギ
■出演 エレナ・パノーヴァ/ジェラルディン・チャップリン/マルティン・ベンラス/ウルリヒ・ノエテン/イヴァン・ダルヴァス
■1999年カンヌ国際映画祭”ある視点”部門正式招待作品
【2024/8/31(土)~9/6(金)上映】
倒錯の迷宮で…
スイスの権力者から愛されるロシア人のコールガール、イリーナ。銀行の頭取、テレビ局の局長などがこぞって彼女の虜になった。中でも特別に彼女を愛したのは、元陸軍少尉のシュトゥルツェネガー。彼は彼女と、過去に彼が結成した秘密軍隊の暗号“ベレジーナ”を使った寸劇遊びに興じる。だがコールガールの彼女を仕切る政治家好きの夫婦は、彼女を利用して国の上層部に受け入れられようと必死になり…。
ダニエル・シュミットのブラック・コメディ?! “スイス最期の日”を描いた迷宮の物語
『ラ・パロマ』『ヘカテ』といった幻惑と陶酔の虚構世界で、また『カンヌ映画通り』『トスカの接吻』といった茶目っ気あふれるドキュメンタリーなど、観客を酔わせ魅了する作品群で早くから日本に熱狂的ファンを持つダニエル・シュミット。坂東玉三郎を主役に日本で撮影した『書かれた顔』以来4年ぶりの本作は、従来とは趣向をかなり変え、現代スイスの政財界を諷刺したブラック・コメディとなった。
シュミットらしく観客の意表をつく語り口とシュルレアリスム的なユーモア感覚で、スイスをめぐる神話・表象・クリシェなど様々な無意識的イメージが組み合わされ「神話的迷宮」の中の荒唐無稽なスイスが描き出される。ブニュエル映画を愛し、学生時代に本人にインタビューしたこともあるシュミットは、足フェチの連邦裁判官のシーンではブニュエルへのオマージュとして『小間使の日記』を引用。ブニュエルならどう撮ったかを意識しながら作ったという『ベレジーナ』をシュミット版『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』と評する声もある。
「シュミット的コメディ」への期待が高まるなか、99年の封切直後のスイスでは、映画とよく似た高官スキャンダルや辞職騒ぎが起こる偶然も重なり、興収トップの大ヒットを記録。「スイス映画界の巨匠」の評価を改めて不動のものにした。同年、オペラ演出も含む25年以上の業績に対し、ロカルノ映画祭で永年功労賞が授与された。2006年、シュミットは癌により64歳で逝去。本作『べレジーナ』が遺作となった。
ヘカテ デジタルリマスター版
Hécate
■監督 ダニエル・シュミット
■原作 ポール・モラン「ヘカテとその犬たち」
■脚本 パスカル・ジャルダン/ダニエル・シュミット
■撮影 レナート・ベルタ
■編集 ニコール・ルプシャンスキー
■音楽 カルロス・ダレッシオ
■出演 ベルナール・ジロドー/ローレン・ハットン/ジャン・ブイーズ/ジャン=ピエール・カルフォン
©1982/2004 T&C FILM AG, Zuerich © 2020 FRENETIC FILMS AG.
【2024/8/31(土)~9/6(金)上映】
男は尋ねる。「何を考えている?」 女は決まって答える。「何も」
1942年、第二次大戦中の中立国スイスの首都ベルン。フランス大使館主催の豪華絢爛なパーティーで、ひとり遠くを見つめる外交官ジュリアン・ロシェル。シャンパンの泡沫に誘われて、ある女のことを思い出す。かつて、狂ったように愛した女のことを――。
伝説はここから始まった――スイスの至宝ダニエル・シュミットが誘う愛の神話。
ダニエル・シュミット監督作の日本での初劇場公開作として脚光を浴び、その後の『ラ・パロマ』(74)公開等に連なる熱狂的なシュミット・ブームの口火を切ったのが、本作『ヘカテ』。ひとたびその優美な肌触りに触れたら、独占したくなるシュミットの世界。その秘密の扉を開いた名作が完全修復され、流麗な姿でスクリーンに甦る。
外交官であり、亡命先のスイスでココ・シャネルの伝記を執筆した、戦間期の文壇の寵児ポール・モランの小説「ヘカテとその犬たち」を下敷きに、ギリシャ神話の異形の女神へカテの物語を翻案、「恋」という人類最大の病にして謎の極限を軽やかに描き切り、永遠のきらめきを放つ至高のメロドラマに仕立てあげた。
恋の果てにあるのは死だと平然と言い放つ、謎めいたアメリカ人妻クロチルド役は、2018年に史上最年長の73歳で米「ヴォーグ」誌の表紙を飾ったことも記憶に新しい、生涯現役のスーパー・モデルにして女優のローレン・ハットン。愛憎に溺れてゆく若く美しい外交官役は、フランス出身のベルナール・ジロドーが演じた。
【レイトショー】書かれた顔 4Kレストア版
【Late Show】The Written Face
■監督・脚本 ダニエル・シュミット
■製作 堀越謙三/マルセル・ホーン
■撮影 レナート・ベルタ
■編集 ダニエラ・ロデレール
■音楽 ロー・ターヨウ
■フィクションパート助監督 青山真治
■出演 坂東玉三郎/武原はん/杉村春子/大野一雄/蔦清小松朝じ/坂東弥十郎/宍戸開/永澤俊矢
©1995 T&C FILM AG / EURO SPACE
【2024/8/31(土)~9/6(金)上映】
これは世紀末の黄昏が生み出した、酔狂な遊びか、夢なのか――伝説の映画監督ダニエル・シュミットが日本で描き出した、夢幻の美。
未知の映画作家が次々と日本へ紹介され、ミニシアター・ブームが巻き起こった1980年代。蓮實重彦ら日本の映画人によって“発見”されたダニエル・シュミットは、退廃的な映像美で世界中に熱狂的なファンを生んだ。子供のような心を持ち、芸術への造詣が深くオペラ演出家としても知られたシュミットと、日本の文化人・映画人との深い親交から生まれた『書かれた顔』。
出演は、当代きっての歌舞伎役者で誰もが知る女形のスター坂東玉三郎、女優の杉村春子、日本舞踊家の武原はん、舞踏家の大野一雄、日本最高齢の芸者・蔦清小松朝じ。世紀末日本の黄昏に消えゆくレジェンドたちが見せた一瞬の煌めきが、映し出されていく。美しく濃厚な幻想をスクリーンに現出させたシュミットの異色の傑作が、28年の時を経て4Kレストア版で再びスクリーンに蘇る。
坂東玉三郎という唯一無二の存在に魅せられた、ダニエル・シュミットが見た“黄昏の夢、あるいは夢の黄昏”――
虚構と現実をないまぜにした幻想的な作品を得意とするシュミットは、女形という特異な存在を通して、ジェンダー、生と死、そしてフィクションとドキュメンタリーの境界線上に、虚構としての日本の伝統的女性像を浮かびあがらせる。
「鷺娘」「大蛇」「積恋雪関扉」を演じる玉三郎の美しい舞台映像はもちろんのこと、撮影後ほどなくしてこの世を去った杉村、武原の語りや、大野の荘厳な舞踏など、彼らの“最後の姿”は今や貴重な記録となった。
撮影はゴダール、ロメール、オリヴェイラらの作品も手掛けてきた名手レナート・ベルタ。盟友シュミットと生み出した夢幻の映像美は、今なお多くの作家に刺激を与え続けている。また本作に挿入されるフィクションパート「黄昏芸者情話(トワイライト・ゲイシャ・ストーリー)」では青山真治が助監督を務めた。