【2023/12/2(土)~12/8(金)】『不安は魂を食いつくす』『天使の影』// 特別レイトショー『天はすべて許し給う』

すみちゃん

『不安は魂を食いつくす』というタイトルにわたしは引き寄せられた。本当にそうだと思ったからだ。掃除婦のエミは、年下の移民労働者の男アリと出会うことで幸せを感じながらも不安を抱く。この幸せがいつまで続くのだろうかと考え、周りからの冷たい差別的なまなざしや、自分自身にもある白人至上主義的な思想がアリを苦しめてしまう。

この作品は、レイトショーで上映されるダグラス・サーク監督作『天はすべて許し給う』が下敷きとなっている。夫に先立たれたキャリーと庭師のロンは惹かれ合うが、世間体を気にするキャリーと、真っ直ぐに生きるロンとで摩擦が生じてしまう。生きる上で選択を迫られる時は誰しもあるだろう。しかし、なぜ人は何かを得ようと思ったら何かを失ってしまうと思うのだろうか? お互いが与えあうことがきっとできるはずなのに。

『天使の影』はファスビンダーの戯曲「ゴミ、都市そして死」を、ダニエル・シュミット監督が映画化したものだ。娼婦であるリリーとそのヒモ男ラウール、そして闇社会の大物であるユダヤ人との関係が交錯していく。周りと馴染めないリリーは、このユダヤ人から見初められ生活は豊かになるのだが、復讐の道具として利用されてしまう。公開当時、このユダヤ人が復讐するという部分が反ユダヤ主義として捉えられてしまい、ドイツで非難された。シュミットはこのことについてこう語っている。

「…これはもちろん、この主題の完全かつ重大な誤解によるものです。大金持ちでしかもきわめて勢力の強いユダヤ人というあの人物は、ナチズムの崩壊のあと、ユダヤ人問題に関するドイツ人のうしろめたさを利用して社会的成功をかちとった、ある特定の階級(ユダヤ人の実業家や商人)に属する人たちのある具体的な例を表そうとするものです。あの人物は、そのようにして成功をおさめ、あの不当な権力を築きあげたのです。もちろん、この客観的な事実は、ドイツ人の感性がタブーとみなしているものであって、公的には認められていません。ファスビンダーはこの戯曲を書くことによって、あえてこのタブーに触れたわけです。」(パンフレット「ダニエル・シュミットの世界」(1982年)より抜粋)

あえて触れなければ見えないものがある。ファスビンダーは、映画を作ることで誰もが持っている偏見や常識と戦い、人々が見ようとしない苦しみに目を向けてきた。ファスビンダーが描くセリフが時にとげとげしく、登場人物のまなざしが冷酷であるのは、他愛もないとされてきた人たちが生きていた時に感じた苦悩を、そして生き抜いてきた軌跡を忘れないためなのだと思う。娼婦や労働者、人種など、ひとくくりにしてしまえば同じように見えてしまう人々を、彼はそうは描かなかった。

わたしたちはひとりひとりが別の人格を持つ生き物だ。そしてそれぞれ抱えている不安や恐れも同じものではない。その一つ一つの悲しみを、わたしたちは想像することができるはずなのに、今でも見ようとしていない。ドイツ政府は、過去のホロコーストに対する責任から、ユダヤ人をひとくくりに捉え、イスラエルのパレスチナへの軍事侵攻を支持することで失われてしまうパレスチナ人の命については見過ごしている。

人は心もとない感情に翻弄されては誰かを傷つけ、生きる希望をも奪う。この連鎖を断ち切るために、ファスビンダーはその方法を求め続け、物語を描いていたのではないだろうか。

天使の影
Shadow of Angels

ダニエル・シュミット監督作品/1976年/スイス/101分/DCP/スタンダード

■監督 ダニエル・シュミット
■原作戯曲 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■脚本 ダニエル・シュミット/ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■撮影 レナート・ベルタ

■出演 イングリット・カーフェン/ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー/クラウス・レーヴィッチュ/アードリアン・ホーヴェン

©Rainer Werner Fassbinder Foundation

【12/9(土)~12/15(金)上映】

ふたりの男性の間で揺れ動く、ある娼婦の歪んだ愛。

とある都会の片隅に立つ娼婦リリーは、その繊細な性格から仲間内では浮いた存在。家に帰ればヒモ男ラウールに金をせびられる日々。そんなある日リリーは闇社会の大物であるユダヤ人に見初められるが、次第に破滅願望が強くなっていく。

ファスビンダーの戯曲を映像化した『ヘカテ』のダニエル・シュミット監督作

反ユダヤ的とされ非難を浴びながらも、今なお世界中で繰り返し上演されるファスビンダーの戯曲「ゴミ、都市そして死」を、親友でもある『ラ・パロマ』(74)、『ヘカテ』(82)のダニエル・シュミット監督が映画化。主演はファスビンダーと一時期結婚していたイングリット・カーフェン。露骨な台詞が散りばめられ、絶望に満ちた物語ながら、名キャメラマン、レナート・ベルタが描き出す退廃美に溢れた映像は限りなく素晴らしく、全編に夢のような心地がたゆたう。

不安は魂を食いつくす
Fear Eats the Soul

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品/1974年/西ドイツ/93分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■撮影 ユルゲン・ユルゲス

■出演 ブリギッテ・ミラ/エル・ヘディ・ベン・サレム/バーバラ・ヴァレンティン/イルム・ヘルマン

■第27回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞

©Rainer Werner Fassbinder Foundation

【12/9(土)~12/15(金)上映】

年齢や文化、肌の色、何もかもが異なる二人の愛の行方は。

ある雨の夜、夫に先立たれた初老の掃除婦エミは近所の酒場で年下の移民労働者の男、アリに出会う。愛し合い、あっという間に結婚を決める彼らだったが、エミの子供たちや仕事仲間からは冷ややかな視線を向けられる。

掃除婦と外国人労働者。美しくも残酷な、愛の傑作。

ダグラス・サーク監督作『天はすべて許し給う』(55)の物語を下敷きに、愛に起因する苦悩や残酷さを鮮やかに描き出した不朽の傑作。ベテラン女優、ブリギッテ・ミラとファスビンダーの愛人であったエル・ヘディ・ベン・サレム(本作の公開直前に事件を起こし服役、後に獄中で死亡。ファスビンダーの遺作『ケレル』は彼に捧げられている)による名演が圧倒的で、アキ・カウリスマキ監督らに影響を与えたとされる。第27回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞。

【レイトショー】天はすべて許し給う
【Late Show】All That Heaven Allows

ダグラス・サーク監督作品/1955年/アメリカ/89分/ブルーレイ/ビスタ

■監督 ダグラス・サーク
■脚本 ペグ・フェンウィック
■撮影 ラッセル・メティ
■音楽 フランク・スキナー

■出演 ジェーン・ワイマン/ロック・ハドソン/アグネス・ムーアヘッド/コンラッド・ネイジェル/ヴァージニア・グレイ/グロリア・タルボット/ウィリアム・レイノルズ

【12/9(土)~12/15(金)上映】

ふたりは惹かれ、求め合った。ただ愛を信じて。

大学生になった子ども2人が既に家を離れ、夫にも先立たれたキャリーは郊外の一軒家で静かに暮らしていた。そんなある日、キャリーは夫の存命中から付き合いのあった若い庭師のロンと、ふとした言葉を交わしたことをきっかけに急速に距離を縮めていく。やがて2人は愛し合うようになり、結婚を考え始める。ところが、歳の離れた彼らの関係は保守的な町の中で住人たちの間で噂となり、キャリーの子どもたちからも反対されてしまう…。

運命的に惹かれあう男と女、甘美な映像に彩られた名匠ダグラス・サークのメロドラマ。

夫に先立たれた女性と年下の若い庭師の恋の行方を、ダグラス・サーク監督が色彩美溢れる映像で詩情豊かに綴る名作メロドラマ。R・W・ファスビンダー監督の『不安は魂を食いつくす』やトッド・へインズ監督の『エデンより彼方に』の下敷きとなった作品で、日本では劇場未公開ながら近年になって再評価が進んでいる。出演は『ジョニー・ベリンダ』のアカデミー賞女優ジェーン・ワイマンと『ジャイアンツ』のロック・ハドソン。