ルー
ファスビンダーについて書かれた文章、特に現在ほど上映もソフト化もされず観る機会の少なかった10年以上前のものを読むと、彼の生き急いだような刹那的な人生やスキャンダラスで絶望的な作品世界を強調するものが目立ちました。確かにファスビンダー作品にはすっきりしたハッピーエンドはほとんど訪れませんし、現実社会を覆い尽くす搾取する者・される者の関係をトレースした男女(あるいは女女、男男の)のサドマゾ関係など、選ばれるテーマも決して明るくはありません。
にもかかわらず、彼の作品には不思議な人なつっこさと見やすさがあります(だからこそ、その魅力が徐々にこの国でも受け入れられ始めたのだと思います)。時として不自然なまでに様式化された演技や映像のテンポ、ハンナ・シグラやマーギット・カーステンセンなどおなじみの俳優たちを続けて起用するプチハリウッド的なスターシステムの採用が、独特のキッチュなユーモア感覚を生み出しているからです。さらに、それで際立つ映画の虚構性は、観客と題材の間の緩衝材としてうまく機能し、ショッキングな題材でも感情的にではなく、より客観的に向き合うことを観客に促すのです。
37年の生涯に40本以上の長編作品を生み出した狂気じみた映画作家ですが、ハリウッドのメロドラマの巨匠ダグラス・サークを敬愛し、平易な語り口で観客に向き合うことに努めた誠実な映画人だったことも見過ごしてはなりません(だからこそ、今回上映する『第三世代』や『悪魔のやから』、『ベルリン・アレクサンダー広場』最終章などの謎のぶっ飛び具合がさらに面白かったりするのですが)。
今回上映するのは、当時ドイツ国内を吹き荒れていたテロルの嵐を題材にした狂騒的なアクションコメディ『第三世代』とファスビンダーの最も個人的な作品と評される『13回の新月のある年に』、そしてヒロインの成り上がり物語に戦後復興期のドイツ社会を皮肉に重ねた『ローラ』とファスビンダー流のサイコホラー『マルタ』の4本。よく並び評されるゴダールや大島渚と同じように、ファスビンダーも複数の作品をつなげて観ることで面白さがよりわかるタイプの映画作家だと思います。ぜひこの機会にまとめてご鑑賞ください。
第三世代
The Third Generation
■監督・製作・脚本・撮影 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■編集・助監督 ユリアーネ・ローレンツ
■美術 ラウル・ヒメネス/フォルカー・シュペングラー
■音楽 ペール・ラーベン
■出演 フォルカー・シュペングラー/ビュル・オジエ/ハンナ・シグラ/ハリー・ベア/ヴィートゥス・ツェプリヒャール/ウド・キアー/マーギット・カーステンセン/ギュンター・カウフマン/エディ・コンスタンティーヌ
©2015 STUDIOCANAL GmbH. All Rights reserved.
【2019年3月30日から4月5日まで上映】
物質的欲望の充足、無限の絶望の終焉。ファスビンダーが放つ、「最も難解で自由な作品」。
1970年代末期のベルリン。起業家P・J・ルーツは、自身の事業であるコンピューター販売の不振を憂う中で、一つの着想を持った。この都市でテロ事件が起これば、警察が捜査用にコンピューターを導入する、というものであった。そのルーツの秘書ズザンネは地下組織のメンバーで仲間と共にテロを計画している。夫のエドガーもそのメンバー。そのグループには「革命」のような思想や理念はなく、ただスリルに耽溺した遊びであった。リーダーのアウグストはルーツと通じており、全ては企業と権力の手中にあるのだった…。
意志と表象としての世界——。彼らも、我々も、もはや何も理解できない。理解しようとしない。暴力で構成された社会に曝され、支配され、共感し、欲望し、絶望する。怒りと悲しみとおかしみが横溢するこの世界は、とっくに壊れている。革命への理念を持たず、ただ目先のスリルだけ追い求める「第三世代」のテロリストたちを描く。
13回の新月のある年に
In a Year with 13 Moons
■監督・製作・原案・脚本・撮影・美術・編集 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■出演 フォルカー・シュペングラー/イングリット・カーフェン/ゴットフリード・ヨーン/エリーザベト・トリッセナー/エーヴァ・マッテス/ギュンター・カウフマン
©2015 STUDIOCANAL GmbH. All Rights reserved.
【2019年3月30日から4月5日まで上映】
魂の破滅へ——様々なイメージがセンセーショナルに提示される、ファスビンダー最大の「問題作」。
男性から女性に性転換したエルヴィラ。過去には結婚し娘もいるが、男装して男娼を買いに街に出るような曖昧な性を生きている。一緒に暮らしていた男クリストフが家を出て行き、傷つくエルヴィラを、仲の良い娼婦ツォラが支える。二人はエルヴィラがかつて働いていた精肉場を訪れ、育ての親シスター・グルドンを訪ねる。妻イレーネと娘マリアンとも会うが、それは昔の自分に戻れないことを確認することであった。
そしてエルヴィラは、アントン・ザイツという男に会いに行く。エルヴィラが性転換をするきっかけは彼への愛があった。アントン・ザイツは強制収容所を生き延び、フランクフルトの大物となっていた…。
7年おきに来る「太陰年」に、新月が13回巡る年が重なると、なす術もなく破滅する者が幾人も現れる——。男装して街を彷徨い、男娼を求めるエルヴィラの「性」。愛への憧情と不安。孤独。パートナーとの別れ、離別した妻子との対話、幼少期を過ごした修道院のシスターが語る出生の秘密、性転換手術を促した男アントン・ザイツとの再会…、エルヴィラの最期の5日間を描く。
ローラ
Lola
■監督・脚本 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■脚本 ペア・フレーリッヒ/ペーター・メルテシャイマー
■撮影 ザビエ・シュワルツェンベルガー
■音楽 ペール・ラーベン
■出演 バルバラ・スコヴァ/アーミン・ミューラー・スタール/マリオ・アドルフ
【2019年3月30日から4月5日まで上映】
戦後ドイツの経済復興期を背景に、公私の利害が複雑に交錯したローラと二人の男の三角関係を描く。
終戦から10年ほど経ち、市場経済が急速に活気づく西ドイツのある都市に、新任の建設局長フォン・ボームがやって来る。彼は娼婦のローラに心を奪われるが、彼女は建設会社の経営者シュッケルトの愛人だった…。
第2次大戦中にアメリカに渡り、ハリウッドで数多くの傑作メロドラマを作り続けた巨匠ダグラス・サークと’70年に出会ったファスビンダーは彼から多くの影響を受けている。映画史に幾度となく登場する永遠のヒロイン“ローラ”。ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の名作『嘆きの天使』を1950年代ドイツに置き換え、田舎の歌姫と生まじめな小役人のメロドラマへと大胆に変更したファスビンダーは、往年のアメリカ映画へオマージュを捧げつつドイツ成長期の精神的退廃を見事に映像化。室内の場面で赤、青、黄、緑といった人工光を使用したゴージャスで奇抜な撮影に同性愛者でもあった彼の美意識が光っている。
マルタ
Martha
■監督・脚本 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■脚本 クルト・ラーブ
■撮影 ミヒャエル・バルハウス
■音楽 ペール・ラーベン
■出演 マルギット・カルステンセン/カールハインツ・ベーム/バルバラ・ヴァレンティン/ペーター・カテル
【2019年3月30日から4月5日まで上映】
美しい夏の湖畔を舞台に、夫婦間の激しい抑圧関係を描いたエキセントリックなメロドラマ。
マルタはローマを旅行中に、心臓発作で父を亡くしてしまう。帰国後、旅先で見かけた男ヘルムートと再会する。ヘルムートはマルタを言葉で侮辱したり、嫌がることを強要するが、マルタは従順に受け入れ2人は結婚する。しかし、ハネムーンに出かけたイタリアで、ヘルムートの要求はさらにエスカレートしていき、精神的、肉体的にマーサを痛めつけるようになっていく…。
ノワール系の作家コーネル・ウールリッチの短篇に似ていると出版社から抗議を受け製作側が改めて映画化権を獲得したといういわくつきの作品。世間知らずのブルジョワ娘が結婚した男は潔癖症のサディスティックな男。設定の不条理さが‘70年代ドイツ市民社会の抑圧された結婚生活を辛辣にあぶりだす。
マーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラの作品で世界的な撮影監督となったミヒャエル・バルハウスによる鏡を多用した映像がヒロイン・マルタの孤独な内面を見事に表現している。イプセン作「人形の家」のダーク・バージョンともいえる本作は、エキセントリックなメロドラマでありながら心理サスペンスの要素も加味された傑作。