【2023/4/15(土)~4/21(金)】『MEN 同じ顔の男たち』『あのこと』『ファイブ・デビルズ』

ミ・ナミ

1960年代のフランスを舞台に、教師を目指して勉学に励むアンヌが突然の妊娠に戸惑い、孤独な闘いを強いられていく姿を熱と力の籠もるリアリティで撮り切った『あのこと』は、昨年ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家アニー・エルノーの実体験をもとにしています。主人公アンヌが、フィクションにありがちなステレオタイプとはかけ離れた、ごく普通な女子学生であるのは、作者の等身大の姿だからでしょう。1:1.37というスタンダードサイズの画角はアンヌが抱える閉塞感をこれでもかと観る者に突きつけ、やがて心身をえぐられるほどのショックを受ける瞬間に対峙します。しかしこれを書かなければ前へは進めないというアニー・エルノーの気迫と、妊娠中絶にまつわる女性のすさまじい苦難に「読後に怒りがこみ上げた」と共感を寄せたディヴァン監督の強い意志をひしひしと感じるのです。

夫の不慮の死によるトラウマを抱えて閑静な田舎町へ越してきた女性を襲う怪奇を描く『MEN 同じ顔の男たち』は、異色のホラー映画と言えます。主人公ハーパーの周囲にはミソジニックな言葉を吐き出す男性キャラクターたちばかりで、なおかつ彼らがみな同じ顔という辛辣すぎる視点にしびれます。特に、彼らに対しドライに立ち向かうハーパーの人物像は強烈です。アレックス・ガーランド監督によれば、実際の女性は必ずしもそうはしないにもかかわらず、映画のヒロインが恐怖のあまり高い声で叫ぶさまに矛盾を感じていたそうです。私たちが生きる社会の現し身でもある映画で伝統的であった慣習を打ち破った鮮やかさがクールです。

今回の特集で、最も観客をたじろがせるのは『ファイブ・デビルズ』ではないでしょうか。鋭敏な嗅覚を持ち、母にまつわる香りをひそかに集める少女ヴィッキーが、突如タイムリープの能力を発揮して母ジョアンヌの過去の闇を触れていくダークなホームドラマであるこの映画は、サスペンスでもあり、SFでもあり、現代社会と切り結ぶような差別やフィミニズム批評の視点も持ち合わせたノージャンルの快作と言えます。私たち観客は、香りを嗅ぐことで過去と現在を往来するヴィッキーに付き合うことになりますが、彼女の奇妙な時空旅行が娘と母の傷の連帯のようで、不思議な感動をおぼえます。映画の話術とはここまで自由になるのかと、弱冠33歳の才能に興奮させられてしまいます。

今週の早稲田松竹は、“いま、彼女たちの映画をみる理由”と題した新作たちを取り上げます。恒例となりつつある、時代と社会を独自のアプローチで描くシネアストのまなざしを追うプログラムですが、今回の3作品はかなりバラエティに富んでいて驚かされます。ぜひその才気煥発ぶりを、劇場でご堪能ください。

MEN 同じ顔の男たち
Men

開映時間  
アレックス・ガーランド監督作品/2022年/イギリス/100分/DCP/R15+/ビスタ

■監督・脚本 アレックス・ガーランド
■製作 アンドリュー・マクドナルド/アロン・ライヒ
■撮影 ロブ・ハーディ
■編集 ジェイク・ロバーツ
■美術 マーク・ディグビー
■音楽 ジェフ・バーロウ/ベン・ソールズベリー

■出演 ジェシー・バックリー/ロリー・キニア/パーパ・エッシードゥ/ゲイル・ランキン/サラ・トゥーミィ

■第75回カンヌ国際映画祭「監督週間」上映作品

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【2023/4/15(土)~4/21(金)上映】

“彼ら”が、来る。

夫の死を目の前で目撃してしまったハーパーは心の傷を癒すため、イギリスの田舎街を訪れる。そこで待っていたのは豪華なカントリーハウスの管理人ジェフリー。ハーパーが街へ出かけると少年、牧師、そして警察官など出会う男たちが管理人のジェフリーと全く同じ顔であることに気づく。

街に住む同じ顔の男たち、廃トンネルからついてくる謎の影、木から大量に落ちるりんご、そしてフラッシュバックする夫の死。不穏な出来事が連鎖し、“得体の知れない恐怖”が徐々に正体を現し始める――。

A24製作×アレックス・ガーランド監督最新作!“究極のタッグ”が仕掛ける美しくも不気味な物語。

『ミッドサマー』『ヘレディタリー/継承』を手掛けた気鋭の配給会社「A24」がタッグを組むのはSFスリラー『エクス・マキナ』が第88回アカデミー賞®視覚効果賞を受賞し、脚本賞にもノミネートする快挙を果たした鬼才アレックス・ガーランド。完璧な構図と鮮やかな色彩で織りなす圧倒的映像美が不穏な物語を紡ぎ出す。

本作は第75回カンヌ国際映画祭の<監督週間>で上映が行われ、その衝撃的な展開に度肝を抜かれる観客が続出。特にラストへと展開する怒涛の20分は永遠のトラウマになること必至。A24とアレックス・ガーランド監督が贈る踏み入れてはいけない禁断の<狂夢>が幕を開ける。

あのこと
Happening

開映時間  
オードレイ・ディヴァン監督作品/2021年/フランス/100分/DCP/R15+/スタンダード

■監督・脚本 オードレイ・ディヴァン 
■原作 アニー・エルノー「事件」
■撮影 ロラン・タニー
■音楽 エフゲニー・ガルペリン/サーシャ・ガルペリン
■衣装 イザベル・パネッティエ
■編集 ジェラルディーヌ・マンジェーノ

■出演 アナマリア・ヴァルトロメイ/サンドリーヌ・ボネール/ケイシー・モッテ・クライン/ルアナ・バイラミ/ルイーズ・オリー=ディケーロ/ルイーズ・シュヴィヨット

■2021年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞/セザール賞最優秀新人女優賞受賞/ルミエール賞作品賞・女優賞受賞 ほか多数受賞

© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINÉMA – WILD BUNCH – SRAB.

【2023/4/15(土)~4/21(金)上映】

あなたは<彼女>を、体験する。

アンヌの毎日は輝いていた。貧しい労働者階級に生まれたが、飛びぬけた知性と努力で大学に進学し、未来を約束する学位にも手が届こうとしていた。ところが、大切な試験を前に妊娠が発覚し、狼狽する。中絶は違法の60年代フランスで、アンヌはあらゆる解決策に挑むのだが──。

満場一致でヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞! 世界が息を呑んだ衝撃の映画体験。

『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督が審査員長を務めた2021年ヴェネチア国際映画祭での最高賞受賞を皮切りに、世界の映画賞を席巻した本作。舞台は1960年代、法律で中絶が禁止されていたフランス。望まぬ妊娠をした大学生のアンヌが、自らが願う未来をつかむために、たった一人で戦う12週間が描かれる。この作品の特別なところは、本作と対峙した観客が、「観た」ではなく「体験した」と、語ること。全編アンヌの目線で描かれる本作は、特別なカメラワークもあり、観ている者の主観がバグるほどの没入感をもたらし、溺れるほどの臨場感であなたを襲う。

原作はノーベル賞に最も近い作家とリスペクトされるアニー・エルノーが、自身の実話を基に書き上げた「事件」。主演は本作でセザール賞を受賞したアナマリア・ヴァルトロメイ。タイムリミットが迫る中、闇をくぐり抜け、アンヌがたどり着く光とは? 身を焦がすほどの映画体験をあなたに──。

ファイブ・デビルズ
The Five Devils

レア・ミシウス監督作品/2021年/フランス /96分/DCP/シネスコ

■監督 レア・ミシウス
■脚本 レア・ミシウス/ポール・ギローム
■撮影 ポール・ギローム
■美術 エスタ・ミシウス 
■衣装 ラシェル・ラウー 
■音楽 フロレンシア・ディ・コンチリオ
■編集 マリエ・ロタロット

■出演 アデル・エグザルコプロス/サリー・ドラメ/スワラ・エマティ/ムスタファ・ムベング/ダフネ・パタキア/パトリック・ブシテー

【2023/4/15(土)~4/21(金)上映】

■第75回カンヌ国際映画祭監督週間正式出品・クィア・パルム選出

©2021 F Comme Film – Trois Brigands Productions – Le Pacte – Wild Bunch International – Auvergne-Rhône- Alpes Cinéma – Division

【2023/4/15(土)~4/21(金)上映】

悪魔が真実を嗅ぎつける

嗅覚に不思議な力をもつ少女はこっそり母の香りを集めている。そんな彼女の前に突然、謎の叔母が現れたことをきっかけに彼女のさらなる香りの能力が目覚め、自分が生まれる前の、母と叔母の封じられた記憶にタイムリープしていく。やがてそれは、家族の運命を変える予期せぬ結末へと向かっていく――

ある村<ファイブ・デビルズ>で起きた悲劇と燃えたぎる愛をめぐるタイムリープ・スリラー!

セリーヌ・シアマ(『燃ゆる女の肖像』)、ジュリア・デュクルノー(『TITANE/チタン』)に続く才能、今フランスで最も注目を浴びる新鋭レア・ミシウス監督。アルノー・デプレシャン、ジャック・オディアールなど錚々たる巨匠監督たちの脚本を手掛けてきたミシウス監督最新作は<香りの能力でタイムリープする少女とその家族>の物語。『アデル、ブルーは熱い色』で世界を魅了したアデル・エグザルコプロスが能力者の娘を持ち自身も“ある秘密”を抱える母親を熱演した。

<ファイブ・デビルズ>という架空の村を35mmフィルムで捉えた映像が美しくも恐ろしく、「ツイン・ピークス」『シャイニング』『アス』に影響を受けたとミシウスが語るオマージュシーンも見所。全く新しい奇妙な世界観を纏った怪しげな家族ドラマは、SFの世界へ突入し、やがて情熱的な愛の物語へと昇華する。斬新なストーリー展開もさることながら本作では女性たちの連帯を力強く活写し、カンヌ国際映画祭でLGBTQ +がテーマの作品に授与されるクィア・パルムにノミネートされた。