【2021/6/12(土)~6/18(金)】『燃ゆる女の肖像』『ピアノ・レッスン HDリマスター版』

ミ・ナミ

俗に、女性は海に例えられます。単純に「産み」と「海」の語感が合うという説もあれば、フランス語では「海」と「母」は全く同じ発音でかつ女性名詞という言語的一致もあります。個人的には、海辺ほど女性を見栄えさせる場もないと感じています。どこまでも遠く続く地平線や寄せては引く波打ち際、沖で激しく逆巻く波が、さびしさと情熱で抜き差しならなくなった、ある女性たちの人生を彩って映すのかもしれません。

今週の早稲田松竹は、海辺に佇む女性たちの荒々しくも繊細さに満ちた生と性を描く二本立てです。セリーヌ・シアマ監督『燃ゆる女の肖像』、ジェーン・カンピオン監督『ピアノ・レッスン』を上映いたします。

『燃ゆる女の肖像』と『ピアノ・レッスン』は、共通点として女性のまなざしが挙げられます。作品の女性たちには時代や男性性による抑圧の影が常に付きまとっていますが、『燃ゆる女の肖像』では交錯する視線が恋情を織物のように紡ぎ互いが連帯することで、『ピアノ・レッスン』では自身の現在地を主人公が直視することで、女性たちが自身を解放しようとします。たとえ実際に自由を手にできずとも、希望を見出すための紐帯として表現される彼女たちのまなざしには、観ているこちらを祈るような気持ちにさせてくれるのです。

二作品は、登場人物たちの心に埋もれた火の粉のような感情を細やかに表現しています。『燃ゆる女の肖像』に登場する女性たちの声やしぐさはつつましくひそやかであり、『ピアノ・レッスン』は幼い頃に話すのを止めた女性が主人公です。しかし彼女らは意志が強く、感情の高まりは劇的です。それは、胸のうちがいつも熱を帯びていることの証拠なのかもしれません。こうした傍目には現れることのないエモーショナルな複雑さは、時に誰かの運命を永遠に分けてしまいます。今週の二本立ては、そんな残酷さでせつなくさせながらも、より深い感動が心をなぐさめてくれることでしょう。

ピアノ・レッスン<HDリマスター版>
The Piano

ジェーン・カンピオン監督作品/1993年/オーストラリア・ニュージーランド・フランス/121分/ブルーレイ/R18+/ビスタ

■監督・脚本 ジェーン・カンピオン
■製作 ジャン・チャップマン
■撮影 スチュアート・ドライバラ
■衣装 ジャネット・パターソン
■美術 アンドリュー・マッカルパイン 
■音楽 マイケル・ナイマン

■出演 ホリー・ハンター/ハーヴェイ・カイテル/サム・ニール/アンナ・パキン/ケリー・ウォーカー/ジュヌヴィエーヴ・レモン

■1993年アカデミー賞主演女優賞・助演女優賞・脚本賞受賞、作品賞ほか4部門ノミネート/カンヌ国際映画祭パルム・ドール・主演女優賞受賞/オーストラリアアカデミー賞作品賞ほか11部門受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©1992 Jan Chapman Productions and CIBY 2000

【2021年6月12日から6月18日まで上映】

燃えあがる愛の…ピアノは私。

19世紀半ば。スコットランドからニュージーランドへ娘フロラとピアノとともに写真結婚で嫁ぐエイダ。6才の時から口がきけない彼女にとって、ピアノは言葉であり全てだった。そのピアノを夫は重すぎると浜辺に置き去りにし、原住民と同化している男べインズの土地と交換してしまう。べインズはエイダに、レッスンと引き換えにピアノを返すと言う。1回につき黒鍵をひとつずつ。エイダが奏でる甘美な調べは、いつしか激しい愛と官能の炎を燃えあがらせていく――。

カンヌ映画祭パルムドール・主演女優賞受賞 ジェーン・カンピオン監督の名を世界に知らしめた官能ラブストーリー

1台のピアノを介して一人の女性の愛と官能を描いた本作は、93年のカンヌ映画祭にて絶賛され、パルムドールと主演女優賞に輝いた。監督は当時若干38歳の女性監督ジェーン・カンピオン。女性監督として、オーストラリア映画としても初めての大賞受賞となった。その後世界で公開されると各国で大ヒットを記録、米アカデミー賞でも脚本賞・主演女優賞・助演女優賞受賞の快挙を成し遂げた。

主演のホリー・ハンターは手話やピアノ演奏をこなし、その全身全霊の熱演が絶賛を浴びた。娘フロラ役を演じたアンナ・パキンは当時11歳(史上2番目の若さ)で助演女優賞を受賞。ハンターと共にオスカーを手にした。ベインズ役には『タクシードライバー』『異端の鳥』のハーヴェイ・カイテル。ナイーブな荒々しさに深い優しさをにじませる。夫スチュアート役を『ポゼッション』『ジュラシック・パーク』のサム・ニールが柔軟に演じ、強い印象を残している。

さらにこの映画のもうひとつの主役といえる音楽を担当したのはマイケル・ナイマン。ピアノ・ソロ曲「楽しみを希う心」はシングル・カットされるなど、本作によってナイマンは映画音楽の作曲家としての地位を確立した。

燃ゆる女の肖像
Portrait of a Lady on Fire

セリーヌ・シアマ監督作品/2019年/フランス/122分/DCP/PG12/ビスタ

■監督・脚本 セリーヌ・シアマ
■撮影 クレア・マトン
■衣装 ドロテ・ギロー
■編集 ジュリアン・ラシュレー
■音楽 パラ・ワン/アーサー・シモニーニ

■出演 ノエミ・メルラン/アデル・エネル/ルアナ・バイラミ/ヴァレリア・ゴリノ

■2019年カンヌ国際映画祭脚本賞・クィア・パルム賞受賞/セザール賞撮影賞受賞/ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞外国映画トップ5選出 ほか多数受賞・ノミネート

© Lilies Films.

【2021年6月12日から6月18日まで上映】

すべてを、この目に焼き付けた――。

画家のマリアンヌはブルターニュの貴婦人から、娘のエロイーズの見合いのための肖像画を頼まれる。だが、エロイーズ自身は結婚を拒んでいた。身分を隠して近づき、孤島の屋敷で密かに肖像画を完成させたマリアンヌは、真実を知ったエロイーズから絵の出来栄えを否定される。描き直すと決めたマリアンヌに、意外にもモデルになると申し出るエロイーズ。キャンバスをはさんで見つめ合い、美しい島を共に散策し、音楽や文学について語り合ううちに、恋に落ちる二人。約束の5日後、肖像画はあと一筆で完成となるが、それは別れを意味していた――。

世界の映画賞を席巻! 決して消えることのない燃ゆる炎を描く、忘れ得ぬ愛の物語。

本作『燃ゆる女の肖像』は、2019年のカンヌ国際映画祭にて脚本賞と、女性監督としては初となるクィア・パルム賞の2冠に輝いた。さらに44の賞を受賞&125ノミネートを果たすなど、世界各国の賞レースを席巻した。

監督のセリーヌ・シアマはデビュー作『水の中のつぼみ』でセザール賞新人監督作品賞にノミネートされ、本国フランスでは早くからその才能を評価されていた。長編映画4作目となる本作で名立たるメディアや評論家から「映画史を塗り替える傑作」と最大級の称賛を浴びた。

画家のマリアンヌには『英雄は嘘がお好き』のノエミ・メルラン。本作ではセザール賞ノミネートを含む数多くの賞を獲得。貴族の娘エロイーズには、監督の元パートナーでセザール賞2度受賞のアデル・エネル。エロイーズの母親の伯爵夫人を『あなたたちのために』でヴェネチア国際映画祭女優賞を受賞したヴァレリア・ゴリノが演じている。