ぽっけ
騎士道小説を読み過ぎて自分のことを本物の騎士だと思い込んでしまった「ドン・キホーテ」。原作者であるスペインの作家セルバンテスは、当時流行していた軽薄な騎士道小説に対するパロディを徹底的に風刺的な意味合いで書き上げました。ところが狂気じみたこの老人の物語は作者が意図した風刺的な意味合いよりも、流行していた騎士道小説と同様に多くの読者に憧れとともに享受され、セルバンテスは頭を抱えたと言います。
その反応に対してセルバンテスは、一般的にあまり知られていない続編である「第二部」で、ドン・キホーテの武勇伝が出版されて彼の真似をするものが現れたという現実を踏まえた設定を盛り込んで書き進め、その状況をも再び風刺しました。これが世界で初めてのメタフィクション小説と言われる「ドン・キホーテ」を完成させることになりました。
「ドン・キホーテの問題は一度でもドン・キホーテと彼が象徴するものに夢中になると、その人自身がドン・キホーテになってしまうことです。そして、狂気の領域に入り込み、自分が想像した世界を作ろうと決心します。だがもちろん、そううまくはいきません」。
30年もの間、何度も製作中止の憂き目にあいながら不屈の精神でこの映画を完成させたテリー・ギリアムはまるで自身の体験を語るように言います。実際に「ドン・キホーテ」から第二部を書いたセルバンテスと同様に、『ロスト・イン・ラ・マンチャ』から『ドン・キホーテを殺した男』(原題)へと彼は目の前の現実と闘いながら、その伝染していく狂気の魅惑的な力を描き出すことをやめません。
伝染していくと言えば、ゾンビ映画もゾンビからゾンビへと伝染・増殖していくのが特徴です。過去の自作の出演俳優たちに支えられたジム・ジャームッシュの『デッド・ドント・ダイ』はゾンビ映画の父と言われるジョージ・A・ロメロ作品へのオマージュが捧げられて、生きていたときと同じ動作を繰り返し行うゾンビたちが登場します。
『コーヒー&シガレッツ』の第一作目で「コーヒーと煙草の組み合わせは最高だな」と話していたイギー・ポップによるコーヒーを探し求めるコーヒーゾンビや、wifiを探して歩くゾンビなどユニークな日常動作を繰り返すゾンビたちの姿はどこか愛おしくなってしまいます。
それだけでなくこの作品に出てくる少年院から抜け出す少女たちと少年の三人組はまるで『ダウン・バイ・ロー』の三人組、旅行者の若い男女の三人組は『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を彷彿とさせます。『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』のティルダ・スウィントン、『パターソン』のアダム・ドライバー(本作ではピーターソン)。よく見てみると隅々まで過去作の出演者で固められた本作の登場人物たちはどこかで観たことあるような人たちばかり。彼らはジャームッシュ作品たちの創造力を纏いながら、地軸が傾きゾンビが出現する世界へと入り込んでしまったのです。
「死者たちは死なない」この町で「悪い結末」は避けられない。わたしたちは自ら悪い結末へと向かっていくジャンル映画特有の登場人物たちの典型的な姿を見ることになるでしょう。しかしこの映画では語られることがない部分。むしろ主人公たち以外に目を向けてみると悪い結末から抜け出すことは決して不可能ではないことがわかります。少年院から抜け出した子供たちや、宇宙へ飛び出す葬儀屋、あの世捨て人の行方を見たものは誰もいないのです。
数々の作品を参照しながら小宇宙とも言える彼らの世界を表現するこうしたメタ的な方法が、文明批判的な側面を持ちつつもなんら説教臭くなることなく、フィクションと現実の裂け目から創造の新たな息吹を見つけ出そうとする姿に多くの観客は勇気づけられるでしょう。しかし同時にそうした魅惑的な狂気や想像力が弱まっていく世界の気配を敏感に感じ取っている作家たちの寂しさを、どこに嗅ぎ取ってしまうのはわたしだけではないはずです。
テリー・ギリアムのドン・キホーテ
The Man Who Killed Don Quixote
■監督 テリー・ギリアム
■脚本 テリー・ギリアム/トニー・グリゾーニ
■撮影 ニコラ・ペコリーニ
■編集 レスリー・ウォーカー/テレサ・フォント
■音楽 ロケ・バニョス
■出演 アダム・ドライバー/ジョナサン・プライス/ステラン・スカルスガルド/オルガ・キュリレンコ/ジョアナ・リベイロ/オスカル・ハエナダ/ジェイソン・ワトキンス/セルジ・ロペス/ロッシ・デ・パルマ/ホビク・ケウチケリアン/ジョルディ・モリャ
■第71回カンヌ国際映画祭クロージング作品
© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU
【2020年10月3日より10月9日まで上映】
映画が、全てを狂わせる
仕事への情熱を失くしたCM監督のトビーは、スペインの田舎で撮影中のある日、謎めいた男からDVDを渡される。偶然か運命か、それはトビーが学生時代に監督し、賞に輝いた映画『ドン・キホーテを殺した男』だった。舞台となった村が程近いと知ったトビーはバイクを飛ばすが、映画のせいで人々は変わり果てていた。ドン・キホーテを演じた靴職人の老人は、自分は本物の騎士だと信じ込み、清楚な少女だったアンジェリカは女優になると村を飛び出したのだ。トビーのことを忠実な従者のサンチョだと思い込んだ老人は、無理やりトビーを引き連れて、大冒険の旅へと出発するのだが──。
カンヌ絶賛! 30年の時を経て、鬼才が映画史上最も呪われた企画を完成!
『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』『Dr.パルナサスの鏡』と、唯一無二の世界観を誇る作品を世に送り出してきたテリー・ギリアム。本作は、映画史にその名を刻み続ける鬼才が、30年間も挑み続けた、スペインの傑作古典小説「ドン・キホーテ」映画化プロジェクトだ。
ヨーロッパ最大規模の莫大な製作費が集められ、2000年にクランクインするも、自然災害を皮切りに、ドン・キホーテ役が次々に腰痛や病に倒れ、主役が幾度も交代。さらに資金破綻と9回の頓挫を繰り返した。だが、ギリアム監督の「最後は夢を諦めない者が勝つ」という高らかな宣言のもと、ついに完成を迎えた。
出演は、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のアダム・ドライバー、『天才作家の妻 40年目の真実』のジョナサン・プライス、『007/慰めの報酬』のオルガ・キュリレンコ。自らをドン・キホーテと信じる<夢に生きる>男と、かつての才能と情熱を失い、<現実に生きる>若手監督の、壮大な遍歴の旅が今、幕を開ける!
デッド・ドント・ダイ
The Dead Don't Die
■監督・脚本 ジム・ジャームッシュ
■撮影 フレデリック・エルムズ
■編集 アフォンソ・ゴンサルヴェス
■音楽 スクワール
■オリジナル曲 スタージル・シンプソン
■出演 ビル・マーレイ/アダム・ドライバー/ティルダ・スウィントン/クロエ・セヴィニー/ スティーヴ・ブシェミ/ ダニー・グローヴァー/ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ/ロージー・ペレス/イギー・ポップ/サラ・ドライヴァー/RZA/セレーナ・ゴメス/キャロル・ケイン/トム・ウェイツ
■第72回カンヌ国際映画祭オープニング作品
© 2019 Image Eleven Productions,Inc. All Rights Reserved.
【2020年10月3日より10月9日まで上映】
あなたは死んだら“何ゾンビ?” 今夜、最強のゾンビたちが目を覚ます
警察官が3人しかいないアメリカの田舎町センターヴィルで、前代未聞の怪事件が発生した。無残に内臓を食いちぎられた女性ふたりの変死体がダイナーで発見されたのだ。困惑しながら出動した警察署長クリフと巡査ロニーは、奇妙な住民が暮らす町をパトロールするうちに、墓地で何かが地中から這い出したような穴ぼこを発見。折しも、センターヴィルでは夜になっても太陽がなかなか沈まず、スマホや時計が壊れ、動物たちが失踪する異常現象が続発していた。
やがてロニーの不吉な予感は的中し、無数の死者たちがむくむくと蘇って、唖然とする地元民に噛みつき始める。銃やナタを手にしたクリフとロニーは「頭を殺れ!」を合言葉に、いくら倒してもわき出てくるゾンビとの激闘に身を投じるが、彼らの行く手にはさらなる衝撃の光景が待ち受けていた…。
鬼才ジム・ジャームッシュ最新作は愛すべきオンリー・ワンの“ゾンビ・コメディ”
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『コーヒー&シガレッツ』『パターソン』など、世界中の映画人から愛される米インディペンデント映画の巨匠ジム・ジャームッシュの最新作は、何と“まさか”のゾンビ映画だった!
かつて『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』でヴァンパイア映画への偏愛を示したジャームッシュは、気心の知れた熟練スタッフと豪華キャストのファミリーを招集し、本格的なゾンビ映画の創造に挑戦。その“超”がつく話題作『デッド・ドント・ダイ』は、奇想天外なまでにユーモラスな生ける屍たちがうようよと現れ、血しぶきならぬ人間のおかしみがあふれ出す一作となった。
主演は『パターソン』に続く出演のアダム・ドライバーと、ジャームッシュ映画常連のビル・マーレイ。ほかティルダ・スウィントン、クロエ・セヴィニー、スティーブ・ブシェミ、セレーナ・ゴメス、イギー・ポップ、トム・ウェイツら曲者たちがセンターヴィルの風変わりな住民に扮している。「頭を殺れ!(KILL THE HEAD!)」を合言葉に、アダムがライトセーバーならぬナタでばったばったと群がるゾンビを斬り捨てる驚愕シーンも炸裂。誰も観たことのない、愛すべきオンリーワンのゾンビ・コメディ・ムービーが完成した。