ジム・ジャームッシュは『リミッツ・オブ・コントロール』以降、新たな展開を見せた。
それはIT産業による情報化革命とグローバリズム社会経済によって、ますます想像力を欠乏させていく世界と内なる創造的宇宙を社会に奪われることを拒んだアウトサイダーたちとの闘争だ。想像力を武器に世界中の仲間から暗号を受け取り、安全地帯にいるアメリカ人の前に暗殺者として現れる主人公のルールは「TWO ESPRESSOS, NO MOBILE, NO SEX while WORKING」だった。これは謎めいたユーモアでありながら映画で登場人物が行う行動を古典映画のようなホンモノの殺し屋らしく見せる方法でもある。そして友人同士でトラブルを起こさないための冗談めいた助言でもあった。
前作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』は“純血(純潔)”を求めて息も絶え絶えになるヴァンパイヤたちの物語だ。ここでは歴史上あらゆる芸術シーンで暗躍してきたものたちが実はヴァンパイヤだったという設定が導入されていた。いまその純血が失われつつあって、彼らはエネルギーを得ることが困難な時代に突入した。
ジャームッシュが長年温めてきたイギー・ポップ&ストゥージズの企画『ギミー・デンジャー』を現在放った理由もそんな想像力への警鐘と、世界中にいる同志たちへの友情と励ましに違いない。
これまでアメリカの都市空間とそこに暮らす人々を、ときに古典的な映画のエッセンスを用いながら描いてきたジャームッシュは、自身のキャリアやアイディアをマッシュアップし、毎回異なった題材を描きながらも過去の作品群の延長線上に新たな映画を生み出してきた。
『パターソン』はそうした意味でも過去の作品との結節点となる作品だ。その創作の方法はメンフィスという街を題材に3つの物語がアーケード・ホテルに集約されエルヴィス・プレスリーのテーマ曲「ブルームーン」で彩られる『ミステリー・トレイン』を彷彿とさせるが、『パターソン』にはこれと言った物語があるわけではない。愛する妻ロウラと悪戯な愛犬マーヴィンとの暮らしが月曜日からまた次の月曜日まで淡々と繰り返されるだけだ。
朝ベッドで起きて、シリアルを食べてから歩いて出かける。バスに乗り込み準備を終えると出発まで詩作にとりかかる。車輌管理をしているドニーとの会話「大丈夫か?」「なら言うけど最悪だよ」。17時まで仕事をすれば家に帰り、夕食を済ませてからマーヴィンの散歩がてら近所のBARに立ち寄る。
この繰り返しの日々の中で、毎日少しだけ違うことが起こる。例えばバスの中で会話する乗客同士の女性に関する会話の中でつぶやいた言葉が、他の女性の乗客に不用意に受け取られる瞬間や、ブルドッグが高価だからといって「ワンジャック」されると道すがら忠告されるとき、些細なことだがここにはもしかしたらトラブルに発展するかもしれない火種が潜んでいる。世界は表裏一体だ。うまくいくこともあれば最悪な事態に発展することもある。現に街中で突然銃撃されることやテロの恐怖がある現在ならば、その最悪な想像<バッド・イマジネーション>を否定することはできないだろう。
今回「パターソン」でジャームッシュが戦った相手はこのバッド・イマジネーションだ。日々起こる出来事から、このささやかな日々がどれだけ緊密な恩寵に守られていて、それがどれだけ当然のことなのか。ジャームッシュは一人の詩人の目線を通して伝えてくれる。
(ぽっけ)
ギミー・デンジャー
GIMME DANGER
(2016年 アメリカ 108分 ビスタ)
2018年3月3日から3月9日まで上映
■監督・脚本 ジム・ジャームッシュ
■撮影 トム・クルーガー
■編集 アフォンソ・ゴンサルヴェス/アダム・カーニッツ
■出演 ジム・オスターバーグ as イギー・ポップ/ロン・アシュトン/スコット・アシュトン/ジェームズ・ウィリアムスン/スティーヴ・マッケイ/マイク・ワット/キャシー・アシュトン/ダニー・フィールズ
■2016年カンヌ国際映画祭正式出品
©2016 Low Mind Films Inc
©Byron Newman
©Danny Fields_Gillian McCain
©Low Mind Films
“ゴッド・ファーザー・オブ・パンク”と呼ばれ、カリスマ的な人気を誇るロックンローラー、イギー・ポップ。そして、音楽にこだわりながら独自の世界を作り上げてきた映画監督、ジム・ジャームッシュ。イギーが率いたバンド、ザ・ストゥージズの熱烈なファンであり続けるジャームッシュは『デッドマン』、『コーヒー&シガレッツ』でイギーを役者として起用するなど、二人は親交を深めてきた。そしてこの度、イギー自ら「俺たちストゥージズの映画を撮ってほしい」とジャームッシュにオファー。今まで映像で語られたことのなかった伝説のバンド、ザ・ストゥージズの軌跡を綴るドキュメンタリーが完成した。
映画はバンドが解散状態にあった73年から、バンドの歴史を振り返っていく。ミシガン州アナーバーで知り合った4人の若者たちが、秘密の隠れ家的な一軒家“ファン・ハウス”に集まって自分たちのサウンドを作り上げようと実験を重ねた青春時代。やがて、彼らは共にデトロイトのロック・シーンを牽引したバンドMC5との交流を通じてメジャー・デビューを飾る。しかし、彼らの過激で型にハマらない音楽は世間からキワモノ扱いされ、思うように活動できない中でドラッグがバンドを蝕んでいく…。
ジャームッシュは本作において、メンバーと本当に近しい関係者にのみ取材をする方法を選んだ。イギーを軸に、当事者たちの言葉だけで語られるストゥージズの華々しくも混乱に満ちた歴史。制作期間中、メンバーの3人(ロン・アシュトン、スコット・アシュトン、スティーヴ・マッケイ)が相次いでこの世を去ったが、彼らとその証言は映画の中に永遠に刻まれている。孤高のバンド、ザ・ストゥージズ。その真実が今明らかになる。
パターソン
PATERSON
(2016年 アメリカ 118分 ビスタ)
2018年3月3日から3月9日まで上映
■監督・脚本 ジム・ジャームッシュ
■撮影 フレデリック・エルムズ
■編集 アフォンソ・ゴンサルヴェス
■音楽 SQURL
■詩 ロン・パジェット
■出演 アダム・ドライバー/ゴルシフテ・ファラハニ/永瀬正敏/バリー・シャバカ・ヘンリー/クリフ・スミス/チャステン・ハーモン/ウィリアム・ジャクソン・ハーパー/ネリー
■第69回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品・パルム・ドッグ賞受賞
Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン。彼の一日は朝、隣に眠る妻ローラにキスして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見代わり映えしない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ダウン・バイ・ロー』など、唯一無二の作風で世界中の映画人から賞賛と敬意を寄せられてきた巨匠ジム・ジャームッシュ監督。『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』以来、4年ぶりの最新作では、初期作を思わせる何気ない人々の日常を、絶妙なユーモアと飄々とした語り口で切り取り、優しさと美しさに溢れた物語に昇華させた。
主人公パターソンに扮するのは『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』や『ヤング・アダルト・ニューヨーク』などメジャーからインディペンデント作品まで、多彩な活躍を見せるアダム・ドライバー。永瀬正敏が『ミステリー・トレイン』から27年、前作を彷彿させる役柄で登場している。また、カンヌを虜にし、見事パルム・ドッグ賞を受賞した愛犬役のブルドック、ネリーの演技も必見。そして、パターソンが綴る詩の数々は、ジャームッシュが以前から愛誦してきたアメリカの詩人、ロン・パジェットのもの。スクリーンに現れる文字は、その詩を読み込んだドライバー自身の手書きである。
パターソンの日常が提示するのは、何気ない日々の中で、目を凝らし、耳を澄ませば、昨日と同じ日は1日としてないということ。そして、そこに自分らしい生き方を発見する手がかりがあるということに気づかせてくれる。