ぽっけ
1979年12月12日のソウルで何が起きていたか。後に光州事件まで引き起こすことになる全斗煥率いる軍部のクーデター。その全貌が映画化されることは長い間大きなタブーでした。しかも歴史を扱った映画を作ることにはリスクもつきまといます。多くの費用がかかるうえに、観客の年代も高齢層に限定されヒットしにくいのです。それにも関わらず、若年層は歴史を扱った映画を観ないという固定概念を崩し『ソウルの春』は韓国で大ヒットを記録しました。
『ソウルの春』のキム・ソンス監督が、自分よりも10歳以上年下のキム・ウォングクプロデューサーに粛軍クーデターを経験していない世代の彼がなぜ『ソウルの春』を作ろうと思ったかを尋ねたとき「監督、これは過去の事件ではありません。過去として寝かせておく話ではなく、人々に多くを考えさせる未来の話だと思います」と答えたそうです。
韓国の映画界には政治的な関心が高い製作者が多く、2000年代から80年代を中心に光州事件をはじめとする近現代史を描く多くの名作が生み出されてきました。今『ソウルの春』が受け入れられた現象は、民主化運動を繰り広げてきた人々や、その事件を調査してきた人たち、風化させまい伝えようとしてきた人たちの闘争の軌跡そのものだと言えるでしょう。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』で描き起こされた紛争の痛み。ところどころに立ち上る黒煙や荒廃した町の風景。逃げ惑う人々の姿。綿密に作り上げられたこれらのディティールは、すぐにかつて戦場カメラマンたちが残した写真資料に負っていると想像することができます。生々しさを感じるその再現の精密さからは、命を省みずに戦場に飛び込んだカメラマンたちへの敬意を読み取ることができます。しかし一方でこの物語が向かう先に出会う母国の荒廃する姿や同胞たちの殺し合う姿は、警鐘を鳴らしてきたジャーナリストたちが最も見たくなかった光景でもあるでしょう。
アレックス・ガーランド監督本人によるこのシナリオは政党の名前こそ出しませんが、過激派のポピュリストの台頭から起こる混乱を想定して以前のドナルド・トランプの任期中の2020年頃に書かれたと言います。一つの大きな声が反発を生み出し、分断され簒奪されていく国家。その混乱のもとで正解がわからずに非道な行為に手を貸してしまう人々。自分たちの力ではどうすることもできない無力感を生み出す本作は、現在から想像できる最も近いディストピアと言えるかもしれません。こんな恐ろしい未来絶対に来てほしくない。
今週早稲田松竹で上映する映画たちは、どちらの作品も来てほしくない未来のために国家が内側から崩壊していく内乱・内戦状態を過去の闘争の集積から描きだした映画たちです。ぜひご覧ください。
ソウルの春
12.12: The Day
■監督 キム・ソンス
■脚本 ホン・ウォンチャン/イ・ヨンジュン/キム・ソンス
■撮影 イ・モゲ
■音楽 イ・ジェジン
■出演 ファン・ジョンミン/チョン・ウソン/イ・ソンミン/パク・ヘジュン/キム・ソンギュン/チョン・マンシク/チョン・ヘイン/イ・ジュニョク
■第17回アジア・フィルム・アワード最多6部門ノミネート、2部門受賞/第45回青龍映画賞最優秀作品賞・主演男優賞ほか2部門受賞 ほか多数受賞・ノミネート
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【2025/2/22(土)~2/28(金)まで上映】
ソウルに銃声が響き渡った⽇——あの夜の戦いで、本当は何が起きていたのか?
1979年10月26日、独裁者とも言われた大韓民国大統領が、自らの側近に暗殺された。国中に衝撃が走るとともに、民主化を期待する国民の声は日に日に高まってゆく。しかし、暗殺事件の合同捜査本部長に就任したチョン・ドゥグァン保安司令官は、陸軍内の秘密組織“ハナ会”の将校たちを率い、新たな独裁者として君臨すべく、同年12月12日にクーデターを決行する。一方、高潔な軍人として知られる首都警備司令官イ・テシンは、部下の中にハナ会のメンバーが潜む圧倒的不利な状況の中、自らの軍人としての信念に基づき“反逆者”チョン・ドゥグァンの暴走を食い止めるべく立ち上がる。
1979 年、⼤統領暗殺――歴史を揺るがした衝撃の事件! 魂が燃えたぎる⾄⾼のエンターテインメント!
今日「粛軍クーデター」「12.12軍事反乱」などとも言われる韓国民主主義の存亡を揺るがした実際の事件を基に、一部フィクションを交えながら描かれる本作。韓国で公開されるやいなや、事件をリアルタイムで知る世代はもちろん、事件を知らない若者たちの間でも瞬く間に話題となり大ヒットスタート。独裁者の座を狙う男チョン・ドゥグァンへの激しい怒りと、彼に立ち向かったイ・テシンへの共感に、心をそして魂を揺さぶられた観客たちの世代を超えた熱量に支えられ、最終的には国民の4人に1人が劇場に足を運び、『パラサイト 半地下の家族』などを上回る1,300万人以上の観客動員を記録。コロナ禍以降の劇場公開作品としてはNO.1(2024年3月末日現在)となる歴代級のメガヒットとなった。
この荘厳な歴史大作にして圧倒的緊迫感に満ちた至高のエンターテインメントを作り上げたのは、国内外の映画ファンから熱烈な支持を集めるノワールアクション『アシュラ』などで知られる名匠キム・ソンス監督。同作でもタッグを組んだ2大スタ―、ファン・ジョンミン(『哭声/コクソン』)とチョン・ウソン(『私の頭の中の消しゴム』)を再び主演に迎え、文字通りの歴史的傑作を誕生させた。
【ソウルの春】
朴正煕⼤統領暗殺に端を発し国民の民主化ムードが降盛した政治的過渡期を、チェコスロヴァキアの「プラハの春」になぞらえ呼称したもの。
シビル・ウォー アメリカ最後の日
Civil War
■監督・脚本 アレックス・ガーランド
■プロデューサー アンドリュー・マクドナルド
■撮影 ロブ・ハーディ
■編集 ジェイク・ロバーツ
■音楽 ジェフ・バーロウ/ベン・ソールズベリー
■出演 キルステン・ダンスト/ワグネル・モウラ/ケイリー・スピーニー/スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン/ソノヤ・ミズノ/ニック・オファーマン
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【2025/2/22(土)~2/28(金)まで上映】
お前はどの種類のアメリカ人だ?
連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。「国民の皆さん、我々は歴史的勝利に近づいている——」。就任“3期目”に突入した権威主義的な大統領はテレビ演説で力強く訴えるが、ワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていた。ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは、14ヶ月一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため、ホワイトハウスへと向かう。だが戦場と化した旅路を行く中で、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていく——。
これは虚構か、それとも来たるべき未来を映す暗示か。鬼才アレックス・ガーランドが迫真の映像と音で鳴らす、分断しゆく大国アメリカへの警鐘。
今や世界を席巻するA24が、史上最高の製作費を投じ、アメリカで起きる内戦を描く『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。監督・脚本を務めたのは、『28日後...』で脚本を担当し『エクス・マキナ』や『MEN 同じ顔の男たち』など、独創的な世界観と妖麗な映像表現で世界に衝撃を与え続けるイギリスの鬼才アレックス・ガーランド。テキサスとカリフォルニアが同盟を組むという突飛に思える設定だが、巧みな筋運びと戦争をゼロ距離で体感させる圧巻の没入感により、明日起こるかもしれない“分断の終着点”として驚くほどのリアリティを物語に手繰り寄せた。これまでSFやホラーを手掛けてきたガーランド監督は、新境地となるアクションでも卓越した手腕を発揮。ロードムービーやスリラーの要素も交え、大国アメリカの崩壊を生々しくも大迫力で演出する。
主人公のリーを演じるのは『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で第94回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた名優キルステン・ダンスト。リーと旅を共にする若手カメラマンのジェシーに抜擢されたのは、『プリシラ』でヴェネツィア国際映画祭で女優賞を受賞し、リドリー・スコット製作『エイリアン:ロムルス』でも主演を果たしたケイリー・スピニー。その他ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソンなど実力派がメインキャストとして脇を固める。
政治的分極化による社会の分断がかつてないほど深刻化するアメリカに向け、ガーランド監督は警鐘を鳴らす。この大国崩壊のシナリオは、決して対岸の火事では済まされない。
【レイトショー】ビフォア・ザ・レイン
【Late Show】Before the Rain
■監督・脚本 ミルチョ・マンチェフスキー
■撮影 マニュエル・テラン
■編集 ニコラス・ガスター
■音楽 アナスタシア
■出演 レード・セルベッジア/カトリン・カートリッジ/グレゴワール・コラン/ラビナ・ミテフスカ
■1994年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞・イタリア批評家賞・国際評論家賞受賞/アカデミー賞外国語映画賞ノミネート/ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート
©Aim Productions Ltd., Noe Productions & Vardar Film 1994.
【2025/2/22(土)~2/28(金)まで上映】
何故ヒトは殺し合うのか。
『ビフォア・ザ・レイン』は三部で構成されている。そしてそれらは、舞台をマケドニアからロンドンへ、さらにもう一度マケドニアへと巧みに移動し、登場人物を交錯させ、微妙に繋がりながら最後には映画全体がメビウスの輪の如くねじれた循環構造になっている。
■第一部「言葉」…マケドニアの美しい山岳地帯。まるで歴史に取り残されたかのように佇む修道院で、沈黙の修行を守る若い僧キリルと、マケドニア人戦闘部隊に追われこの修道院に逃げ込んだ敵対民族アルバニア人少女ザミラの恋。民俗の宗教も言葉も異なる二人の恋の行方は悲劇を予感させる。
■第二部「顔」…ロンドンの出版社で働く女性編集者アンの気持ちは、マケドニア出身の世界的戦場キャメラマンで愛人のアレックスと、愛してはいるが退屈な夫との間で揺れている。夫の子どもを妊娠しているアンだが、愛人からの一緒に故郷マケドニアに帰ろうとの誘いに悩んだ末、夫に離婚を切り出す。そこで突然凄惨な事件が起こる…
■第三部「写真」…マケドニア出身の世界的戦場キャメラマンのアレックスは、ロンドンでの生活も地位も名誉も捨てて故郷の村へと帰るが、そこは民族紛争で荒れ果て、人々は皆銃で武装していた。ある日アレックスの従弟がアルバニア人に殺される。殺したのはアレックスの初恋のアルバニア人女性の娘ザミラだった。復讐の火蓋が切って落とされるなか、アレックスの取った行動とは…
轟く銃声、飛び交う銃弾。 降りしきる血の雨は、神の流した涙の雨か。ヴェネチア10冠&アカデミー賞ノミネート作。
1994年ヴェネチア映画祭のフィナーレ、観衆の拍手は一人の若き映画作家のためにあった。金獅子賞(グランプリ)以下10部門を独占した『ビフォア・ザ・レイン』の監督ミルチョ・マンチェフスキー、衝撃のデビューの瞬間であった。
アレステッド・ディベロップメント「テネシー」のMVでMTV賞・ビルボード賞の各ラップ部門で最優秀ヴィデオ賞をダブル受賞し、MVやTV-CMの世界で活躍したマンチェフスキーならではの、卓越した映像センスと確かな演出力、さらに自らが書き下ろした脚本の斬新さに対し、「処女作にして既にマスターピース!」など各国のメディアは過去最大級の賛辞を送り、星取りでは軒並み満点を与え、この新しい才能を誉め称えたのである。
そしてヴェネチアの熱狂は、各国の映画祭にも伝播し、サンパウロ、ストックホルム、プエルトリコの各映画祭でも主要部門で受賞、さらにはゴールデングローブ賞外国語映画賞、そしてアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるという快挙を成し遂げた。