しかまる。
大切な誰かを思い出すとき、ふと気配を感じられる瞬間がある。触れ合ったり、話したりはもうできないけれど、過去の断片的な記憶をつなぎ合わせて作られた気配は、果たしてその人がまだ存在すると言えるのだろうか。
今回上映する二本『アフター・ヤン』と『彼女のいない部屋』は、そんな私の疑問に応えるかのような作品だ。
小津安二郎を敬愛するコゴナダ監督の長編2作目となる『アフター・ヤン』の舞台は人間の姿をしたアンドロイドと生活するのが当たり前となった近未来。一方、フランスの名優マチュー・アマルリックが監督した最新作『彼女のいない部屋』は現代のフランスの地方都市が舞台となっている。どちらも家族として共に過ごしてきた大事な人(もしくはアンドロイド)の不在から、個人的な記憶(または想像)の旅へと観客を誘うチャレンジングな作品だ。
『アフター・ヤン』ではロボットのヤンが記録した数秒の映像と、それによって呼び起こされた家族の記憶がオーバーラップするという斬新な演出がなされ、『彼女のいない部屋』では、“家を出て行ったらしい”母クラリスの不在を物語るパートと、彼女が車で移動するパートとが妙な違和感を持ちながら交差していく。
映画がミステリーの様相を呈しながらも希望の光が見えるのは、記憶は残り、それがどんなに都合よく変えられようとも、思い出せる限りはそこに存在しうるというメッセージを感じ取れるからかもしれない。
また、こうも考える。もしも私がいなくなった後、誰かの記憶の中で再生されるかもしれない、“自分と過ごした時間”はどこまで引き継がれていくのだろう。そこに存在した事を思い出したり、語ったりする人が誰もいなくなった世界が、本当の意味で“いなくなった”といえるのかもしれない…。この二作品を観た後、そんなことをぼんやりと思うのであった。
彼女のいない部屋
Hold Me Tight
■監督・脚色 マチュー・アマルリック
■原作 クロディーヌ・ガレア
■製作 ラティティア・ゴンザレス/ヤエル・フォジェル/フェリックス・フォン・ベーム
■撮影 クリストフ・ボーカルヌ
■編集 フランソワ・ジェディジエ
■美術 ローラン・ボード
■出演 ヴィッキー・クリープス/アリエ・ワルドアルテ/ アンヌ=ソフィ・ボーエン=シャテ/サシャ・アルディリ/ジュリエット・バンヴェニスト
■2021年カンヌ国際映画祭〈カンヌ・プレミア〉公式作品/セザール賞主演女優賞・脚色賞ノミネート
© 2021 – LES FILMS DU POISSON – GAUMONT – ARTE FRANCE CINEMA – LUPA FILM
【2023/3/4(土)~3/10(金)上映】
彼女はどこへ向かっている? 彼女の行動の理由は?
フランスの地方都市らしい。彼女は車を走らせている。彼女は家族を捨てて家出をしたのだろうか。海外資料にあるストーリーはたった1行、「家出をした女性の物語、のようだ」。
バラバラのピースが、突然つながる瞬間。涙が堰を切る。マチュー・アマルリック監督最新作は、モンタージュで描く感動作。
現実と想像が入り混じったミステリアスな映像。あるときは映像に先んじて、あるときは映像が消えた後にも聴こえる音。かつてないモンタージュで人間の感情を表現し驚嘆させたマチュー・アマルリック監督。誰もが知るフランス映画界の名優であるが、長編監督第3作『さすらいの女神たち』はカンヌ国際映画祭で監督賞と国際批評家連盟賞をダブル受賞するなど、監督としても高く評価されている。
主演は『ファントム・スレッド』や『オールド』、『ベルイマン島にて』などのヴィッキ・ークリープス。2021年のカンヌ映画祭では『Corsage(原題)』で、ある視点部門最優秀演技賞にも輝いた彼女の、ベストとも言われる本作での演技は必見である。作品を彩るベートーヴェンのピアノ曲やJ.J.ケイルの名曲「チェリー」などの音楽の編集もあまりに美しく、冬のフランスの風景にも目を奪われる。
アフター・ヤン
After Yang
■監督・脚本・編集 コゴナダ
■原作 アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
■撮影 ベンジャミン・ローブ
■音楽 アスカ・マツミヤ
■オリジナルテーマ 坂本龍一
■フィーチャリング・ソング 「グライド」Performed by Mitski, Written by 小林武史
■出演 コリン・ファレル/ジョディ・ターナー=スミス/ジャスティン・H・ミン/マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ/ヘイリー・ルー・リチャードソン
■2021年カンヌ国際映画祭〈ある視点部門〉出品作品
©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.
【2023/3/4(土)~3/10(金)上映】
動かなくなったAIロボット・ヤンのメモリには、家族の誰もが気付かなかった愛おしい思い出と、ある”秘密”が残されていた――
“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見。そのメモリバンクに保存された映像には、ジェイクの家族に向けられたヤンの温かなまなざし、そしてヤンがめぐり合った素性不明の若い女性の姿が記録されていた…。
A24×コゴナダ監督×坂本龍一×Aska Matsumiya 近未来を舞台に映像表現の粋を尽くす、切なく美しい物語
独創性豊かな作品を世に送り出している気鋭の映画会社A24が新たに製作した『アフター・ヤン』は、長編デビュー作『コロンバス』が世界中の注目を集めた映像作家コゴナダとのタッグ作だ。小津安二郎監督の信奉者としても知られる韓国系アメリカ人のコゴナダ監督は、派手な視覚効果やスペクタクルに一切頼ることなく、唯一無二の未来的な世界観を本作で構築した。さらにSFジャンル初挑戦となったこのプロジェクトで、敬愛する坂本龍一(オリジナル・テーマ「Memory Bank」を提供)とのコラボレーションを実現。音楽を手掛けるAska Matsumiyaの美しいアレンジに加え、岩井俊二監督作品『リリイ・シュシュのすべて』で多くの映画ファンの胸に刻まれた名曲「グライド」を、Mitskiが歌う新バージョンで甦らせた。
人間と何ら変わりない外見を持つヤンは、高度にプログラミングされたAIによって知的な会話もこなすベビーシッター・ロボットだ。そんなヤンとかけがえのない絆で結ばれた家族の姿を見つめる本作は、SF映画の意匠を凝らしたヒューマン・ドラマ。ヤンの体内のメモリバンクに残された映像には何が映っているのか。そこに刻まれたヤンの記録/記憶は、いったい何を物語るのか。そしてAIに感情は宿るのか―。本作はそうした幾多のミステリーを提示しながら、さして遠くない未来に現実化しうる人とロボットとの関係性を観る者に問いかける。人間と人工知能のあわいを伏線豊かに描き、静謐な映像と心に響く音楽が観る者を魅了する、かつてない感動作が誕生した。
【レイトショー】 コロンバス
【Late Show】Columbus
■監督・脚本・編集 コゴナダ
■撮影 エリシャ・クリスチャン
■美術 アドリアーン・ハルスタ
■衣装 エミリー・モラン
■音楽 ハンモック
■出演 ジョン・チョー/ヘイリー・ルー・リチャードソン/ロリー・カルキン/パーカー・ポージー/ミシェル・フォーブス
■2017年サンダンス映画祭 観客賞ノミネート
©️2016 BY JIN AND CASEY LLC ALL RIGHTS RESERVED
【2023/3/4(土)~3/10(金)上映】
美しい街で二人は出会い、そしてまた歩き出す…
韓国系アメリカ人のジンは、講演ツアー中に倒れた高名な建築学者の父を見舞うため、モダニズム建築の街として知られるコロンバスを訪れる。父の回復を待ちこの街に滞在することになったジンは、地元の図書館で働く建築に詳しい女性ケイシーに出会う。父親との確執から建築に対しても複雑な思いを抱えるジンはコロンバスに留まることを嫌がり、一方でケイシーは薬物依存症の母親の看病を理由にコロンバスに留まり続ける。どこまでも対称的な二人の運命がこの街で交錯し、たがいの共通項である建築を巡り、語ることで、それぞれの新しい人生に向かって歩き出す…。
モダニズム建築への恋文とも言うべき映像美、小津安二郎にオマージュを捧げたコゴナダ監督作品
ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエに代表されるモダニズム建築は、1920年代に機能的、合理的な建築として成立し、現在も建築デザインに多大な影響を与え続けている。本作の舞台となるインディアナ州コロンバスは、エーロ・サーリネンによるミラー邸(アレキサンダー・ジラルドの内装)やノース・クリスチャン教会、I.M.ペイ、リチャード・マイヤー、ハリー・ウィーズ、ジェームス・ポルシェックなどの代表作が建ち並ぶモダニズム建築の宝庫。すべてのカットが巨匠たちによる建築へのラブレターとも言うべき映像美に彩られた本作は、サンダンスをはじめ23の映画祭にノミネートされ8冠を獲得。クロトゥルーディス賞では『君の名前で僕を呼んで』を抑えて撮影賞を受賞した。
これまでR・ブレッソンやA・ヒッチコック、小津安二郎についてのドキュメンタリーを撮り、小津映画に欠かせない脚本家の野田高梧に因んでコゴナダと名乗る新進監督による長編デビュー作。小津の芸術性を研究し、全てのシーンで「映画の教科書」のような巧みな構図を実現。主人公のジンを演じるのは『スター・トレック』『search/サーチ』のジョン・チョー。ケイシー役には『スウィート17モンスター』『サポート・ザ・ガールズ』のヘイリー・ルー・リチャードソン。建築を巡る二人の恋模様を美しく描き出した珠玉の物語が誕生した。