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今週お届けするのはポール・トーマス・アンダーソン特集。怪しさが濃厚に香る『ファントム・スレッド』『ザ・マスター』の二本立てをお送りします。 怪しい香りの原因は何か。誰かとの絆を強く求めすぎてしまうあまり、依存や崩壊へと向かう張りつめた空気がその要因であるように感じます。

アカデミー賞衣装デザイン賞受賞、他計6部門のノミネートと盛り上がりをみせた『ファントム・スレッド』。そのクラシカルでゴージャスな画作りを支えるのは、PTA作品に欠かせないスタッフ勢です。ジョニー・グリーンウッドの繊細な音楽と有名ブランドのドレスを参考にして作られた豪華な衣装。細部までこだわり抜かれた、まさにオートクチュールのような一本に仕上がっています。

主人公を演じるダニエル・デイ・ルイスは今作で引退を表明した事でも話題になりましたが、彼の本領発揮ともいえる作品となったことに間違いありません。それは彼の役作りへのストイックさが、ドレスデザイナーという役を通じて物語に滲み出ているからです。主人公ウッドコックが持つ、他者を自分の生活に入り込ませない神経質さと、それを壊し彼の全てを優しく受け入れながらも掌握しようとするミューズ、アルマの情熱。物語が進むにつれて激しさを増す二人の関係と彼らの主導権の握りあいは、くるくると入れ替わり最後まで目が離せない展開となっています。

時を同じくして、第二次世界大戦後のアメリカを舞台にした『ザ・マスター』。『ファントム・スレッド』では依存を超越した男女の究極の関係性が描かれていますが、この作品では父と息子にも似た愛憎入り交じる濃密な関係性が描かれています。酒に溺れ、本能的に暴力を繰り返しながら放浪する主人公フレディ。そんな彼を救いおうとする“マスター”との出会いから始まる両者の奇妙な関係性は、最後まで観客に混乱を与えます。フレディは自分を受け入れてくれた“マスター”に傾倒していき、“マスター”はフレディが本能のまま自由に生きる姿を表向きは否定しつつも、心の底では渇望しているのです。そんな両者が欠落した部分を補完しあう、唯一無二の関係性は “マスター”の妻ペギーや周囲の人々の介入によって歪んでいきます。果たしてフレディは“マスター”によって救われるのか、“マスター”はフレディを野獣から人間にすることが出来るのか――。主人公フレディを演じるホアキン・フェニックスと、“マスター”を演じるフィリップ・シーモア・ホフマン。名優である彼らの迫真の演技がぶつかり合うシーンは必見です。

なぜ依存には崩壊がつきものなのでしょうか。その謎を解決するばかりか、深まる一方な両作品。味わい深い秋の珍味をぜひ映画館でご賞味ください。

(しかまる。)

ザ・マスター
The Master
(2012年 アメリカ 138分 35mm R15+ ビスタ) pic 2018年10月20日から10月26日まで上映 ■監督・脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
■製作 ジョアン・セラー/ダニエル・ルピ/ポール・トーマス・アンダーソン/ミーガン・エリソン
■撮影 ミハイ・マライメア・Jr.
■衣装 マーク・ブリッジス
■編集 レスリー・ジョーンズ/ピーター・マクナルティ
■音楽 ジョニー・グリーンウッド

■出演 ホアキン・フェニックス/フィリップ・シーモア・ホフマン/エイミー・アダムス /ローラ・ダーン/アンビル・チルダース/ラミ・マレク/ジェシー・プレモンス/ケヴィン・J・オコナー/クリストファー・エヴァン・ウェルチ

■2012年ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞、主演男優賞、国際批評家連盟賞受賞/アカデミー賞3部門ノミネート ほか多数受賞・ノミネート

©MMXII by Western Film Company LLC.

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pic 1950年代、第二次世界大戦後。海軍の帰還兵であるフレディは、日常生活を取り戻していたが、戦地で患ったアルコール依存症を断ち切れず、職場で問題を起こしてしまう。あてのない旅に出た彼は、密航した船で「ザ・コーズ」という新興宗教団体に遭遇し、教団の指導者である“マスター”に迎えられる。そこからフレディの人生は180度変わり、次第にマスターの右腕になっていくが、フレディの人格を疑うマスターの妻は、彼の追放を狙い始める――。

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pic2008年のアカデミー賞を席巻した『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』から5年の歳月をかけて発表された、ポール・トーマス・アンダーソン監督の長編6作目『ザ・マスター』。希望にあふれ、そして混沌に満ちていた50年代のアメリカを舞台に、新興宗教団体の指導者とその右腕になる男が、惹かれあい、やがて引き裂かれる様を描く。ヴェネチア映画祭での上映を皮切りに、世界中で絶賛の嵐をうけ「歴史的なアメリカ映画だ」などと評された。

キャストにはホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムスという実力派が集結。凄まじい演技をぶつけ合い、ヴェネチアではホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン両名に最優秀主演男優賞が贈られた。 また、65mmフィルム撮影による力強い映像、細部までリサーチされた50年代の衣装や美術などのアンダーソン監督のこだわりが、人間同士を深層心理をえぐりだす重厚かつ芳醇なドラマをより完璧に作り上げている。

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ファントム・スレッド
Phantom Thread
(2017年 アメリカ 130分 DCP ビスタ)
pic 2018年10月20日から10月26日まで上映 ■監督・脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
■製作 ジョアン・セラー/ポール・トーマス・アンダーソン/ミーガン・エリソン/ダニエル・ルピ
■衣装 マーク・ブリッジス
■編集 ディラン・ティチェナー
■音楽 ジョニー・グリーンウッド

■出演 ダニエル・デイ=ルイス/ヴィッキー・クリープス/レスリー・マンヴィル/ブライアン・グリーソン

■2018年アカデミー賞衣装デザイン賞受賞・作品賞、監督賞ほか主要5部門ノミネート

© 2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

★連日、最終回20:10『ファントム・スレッド』上映前、ポール・トーマス・アンダーソンが監督したRadioheadのミュージックビデオ『Daydreaming』を35mmフィルムで上映いたします(上映時間7分)。

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pic1950 年代のロンドン。英国ファッションの中心的存在として社交界から脚光を浴びる、オートクチュールの仕立て屋 レイノルズ・ウッドコックは、若きウェイトレス アルマと出会う。互いに惹かれ合い、レイノルズはアルマをミューズとして迎え入れ、魅惑的な美の世界に誘い込む。しかしアルマの出現により、完璧で規律的だったレイノルズの日常は思わぬ方向へ進んでいく――。

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pic 運命の恋に落ちた男女は、相手をどこまで自分のものにできるのか? 愛に屈し、自分を失うことは悦びか悲劇か? ポール・トーマス・アンダーソン監督(PTA)の長編第8作目となる『ファントム・スレッド』は、極上の恋愛にひと匙の媚薬を垂らした至高のドラマだ。これまでカリフォルニアを主な舞台にしてきたPTAが、本作では第二次大戦後の英国オートクチュール界を背景に、狂おしいほどの愛の物語を作り上げた。

主演は、アカデミー賞主演男優賞に三度輝き、本作で俳優業引退を表明しているダニエル・デイ=ルイス。撮影前に約1年間ニューヨークの裁縫師のもとで修行を積み、稀代のドレスメーカーを演じることに全身全霊を捧げた。脇を固めるのは、ルクセンブルク出身の新星ヴィッキー・クリープス、マイク・リー監督作品の常連レスリー・マンヴィル。さらに、ディオール、バレンシアガなど世界的デザイナーから着想を得た衣装の数々、ジョニー・グリーンウッドのクラシカルな旋律が映画を彩っている。

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