【2022/9/3(土)~9/9(金)】『カモン カモン』『パリ13区』

しかまる。

今週の早稲田松竹は、モノクロで撮影された現代劇『パリ13区』と『カモン カモン』の二本立てをお届けします。

『パリ13区』はまずファーストショットに驚かされます。東京やアジアの大都市のようにも映る(つまり私たちが知っているフランスのイメージとはかけ離れた)高層住宅群は映画の原題にもなっている「Les Olympiades」。アジア系をはじめ、移民が多く生活するこの場所を舞台にモラトリアムを抱えながら生きる若者たちの恋愛群像劇を描いています。インタビューで「出会ってすぐベッドインが成立してしまう現代の出会いや恋愛関係においても、愛の会話が成り立つのだろうか、という問いをこの映画で投げかけたかった。」と語る御年70歳のジャック・オディアール監督。身体を重ねても心が満たされない人々というテーマは一見すると、時に悲しみや痛みを連想させます。しかし、この作品が纏う雰囲気はそれとは反対に、とても温かく軽やかです。自分勝手で未熟で愛を求めて彷徨う主人公たちが他者と深く関わっていくことで新しい自分を発見していく清々しさは、観客である私たちの背中をそっと押してくれます。

『カモン カモン』はラジオジャーナリストのジョニーが甥っ子のジェシーを預かることになり、ロサンゼルス、ニューヨーク、デトロイト、ニューオリンズとアメリカの4都市を渡り歩くロードムービー的作品。旅の途中では、まだ9歳のジェシーが街中で急に姿を消したり、孤児院を抜け出してきた子どもという設定で空想話を始めたりと、子育てに初めて触れるジョニーを困らせる行動ばかりします。しかし、それは母親が自分を置いて父親の看病へ行ってしまった事に対する不安や孤独をどう表現していいか分からず、ジェシー自身も戸惑っているのです。その混乱を受け止め、相手と同じ立場に立って耳をそっと傾ける姿勢は、二人の関係だけでなく疎遠になっていた妹ヴィヴとの確執も優しく解いていきます。

最後に私が最近読んだ「水中の哲学者たち」の著者である永井玲衣さんの言葉をお借りします。

それでもなお、わたしはなお、あなたとは完全にわかりあえないということに絶望する。(*)

私たちは他者を完全に理解することはできないし、心の距離の測り方もわからない。今回上映する『パリ13区』と『カモン カモン』は、それでも他者のわからなさを愛おしみ、受け入れ、耳を傾け続けること、わかりあおうとし続けることで私たちは繋がっていける。そんな希望を与えてくれる二本です。

*「水中の哲学者たち」永井玲衣 著 晶文社刊

パリ13区
Paris, 13th District

ジャック・オディアール監督作品/2021年/フランス/105分/R18+/DCP/ビスタ

■監督 ジャック・オディアール
■原作 エイドリアン・トミネ「キリング・アンド・ダイング」「サマーブロンド」収録(国書刊行会刊)
■脚本 ジャック・オディアール/セリーヌ・シアマ/レア・ミシウス
■撮影 ポール・ギローム
■編集 ジュリエット・ウェルフラン
■音楽 ローン

■出演 ルーシー・チャン/マキタ・サンバ/ ノエミ・メルラン/ジェニー・ベス

■2021年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/セザール賞脚色賞・音楽賞・撮影賞ほか2部門ノミネート

©︎ShannaBesson ©PAGE 114 – France 2 Cinéma

【2022年9月3日から9月9日上映】

つながるのは簡単なのに 愛し合うのはむずかしい

コールセンターでオペレーターとして働く台湾系フランス人のエミリーのもとに、ルームシェアを希望するアフリカ系フランス人の高校教師カミーユが訪れる。二人は即セックスする仲になるものの、ルームメイト以上の関係になることはない。

同じ頃、法律を学ぶためソルボンヌ大学に復学したノラは、年下のクラスメートに溶け込めずにいた。金髪ウィッグをかぶり、学生の企画するパーティーに参加した夜をきっかけに、元ポルノスターでカムガール(ウェブカメラを使ったセックスワーカー)の“アンバー・スウィート”本人と勘違いされ、学内中の冷やかしの対象となってしまう。大学を追われたノラは、教師を辞めて一時的に不動産会社に勤めるカミーユの同僚となり、魅惑的な3人の女性と1人の男性の物語がつながっていく。

鬼才ジャック・オディアール最新作! ミレニアル世代4人の男女が織りなす”新しいパリ”の物語。

カンヌ国際映画祭パルムドール受賞『ディーパンの闘い』をはじめ数々の名作で世を驚かせてきた、今年70歳を迎える鬼才ジャック・オディアール監督。待望の最新作では、『燃ゆる女の肖像』で一躍世界のトップ監督となったセリーヌ・シアマと、若手注目監督・脚本家レア・ミシウスと共同で脚本を手がけ、大胆さと繊細さを併せ持つ女性のまなざし、そして圧倒的なモノクロの映像美で“新しいパリ”の物語を描き出した。舞台となる13区は、高層住宅が連なる再開発地区で、アジア系移民も多く暮らす。古都のイメージとはまったく違う独創的で活気に満ちた、まさに現代のパリを象徴するエリアだ。

原作は、今最注目の北米のグラフィック・ノベリスト、エイドリアン・トミネの3つの短編。エリック・ロメール『モード家の一夜』における男女の駆け引きや、『マンハッタン』でウディ・アレンが捉えた魅力的な都市の情景にオマージュを捧げながら、オディアールは2021年の13区で愛の在り方について問う。洗練されたモノクロームで映し出す、誰も見たことのなかったパリがここにある。

カモン カモン
C'mon C'mon

マイク・ミルズ監督作品/2021年/アメリカ/108分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 マイク・ミルズ
■製作 チェルシー・バーナード/アンドレア・ロングエーカー=ホワイト
■撮影 ロビー・ライアン
■音楽 アーロン・デスナー/ブライス・デスナー

■出演  ホアキン・フェニックス/ウディ・ノーマン/ギャビー・ホフマン/モリー・ウェブスター/ ジャブーキー・ヤング=ホワイト/スクート・マクネイリー

■2021年ナショナル・ボード・オブ・レビューインディペンデント映画ベスト10/英国アカデミー賞助演男優賞ノミネート/インディペンデント・スピリット賞作品賞・監督賞・脚本賞ノミネート

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【2022年9月3日から9月9日上映】

突然始まった甥っ子との共同生活。戸惑いと衝突、想定外から生まれた奇跡の日々。

NYを拠点にアメリカを飛び回るラジオジャーナリストのジョニーは、LAに住む妹が家を留守にする数日間、9歳の甥・ジェシーの面倒を見ることに。それは彼にとって、子育ての厳しさを味わうと同時に、驚きに満ち溢れたかけがえのない体験となる。それぞれの孤独を抱えたふたりは、ぶつかりながらも真正面から向き合うことによって、新たな絆を見出していく――。

主演ホアキン・フェニックス×監督マイク・ミルズ 美しいモノクロ映像で綴られる4都市をめぐる現代の寓話

『ジョーカー』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスが、次なる出演作に選んだのは、狂気のイメージを覆すこんなにも優しい物語だった。ジェシーを演じた新星ウディ・ノーマンとの親密で微笑ましい掛け合いが本作の最大の見どころである。

監督・脚本は、自身の子供をお風呂に入れている時に着想を得たというマイク・ミルズ。劇中には、ジョニーによるインタビューというドキュメンタリーシーンを通じて、実際に取材した9~14歳の子供たちの”生の声”が挿入されている。自分たちが住む街や現在の生活、そして未来について率直に語る彼らの言葉は、「今、現実社会で起こっていること」を生々しくもパワフルに伝え、「すべての大人は子供と彼らの未来に責任がある」という強いメッセージを発している。

物語の舞台は、デトロイト、ロサンゼルス、ニューヨーク、ニューオリンズ。ヴィム・ヴェンダースのロードムービー『都会のアリス』にインスパイアされたミルズは、歴史も風景もまったく異なるアメリカの4都市をめぐるジョニーの旅を、“ドキュメンタリー性を盛り込んだ寓話”として表現するという意図から、モノクロにこだわった。撮影監督は『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞候補となったロビー・ライアン。生き生きとした軽やかなモノクロの映像美は、現実世界と寓話を見事に調和させている。