【2022/10/1(土)~10/7(金)】『アネット』『MEMORIA メモリア』

すみちゃん

新作が完成したら楽しみで仕方ない映画監督の名前を挙げるのならば、間違いなくアピチャッポン・ウィーラセタクン監督と、レオス・カラックス監督の名前を挙げるだろう。

2020年は新型コロナウィルス感染拡大によりカンヌ国際映画祭が中止となり、2021年のコンペティション作品には待ちに待ったと言わんばかりの名の知れた監督たちの名前が並んでいた。そして偶然なのか必然なのか、アピチャッポンとカラックスの新作が相まみえることとなったのだ。今年日本で公開され、1年間楽しみにしていた映画を観るってこんな感じなんだ! と自分でもびっくりするくらい嬉しくて、彼らの“現在”に触れられるというのは、多くの映画監督の訃報を目にして尚更貴重なことだと感じる。早稲田松竹で2人の作品を上映し、紹介できるなんて、人生そう多くない小さな奇跡を手にしたような気分だ。

『MEMORIA メモリア』ではドーン、ドーンと大きな音が鳴る。アピチャッポン自身が患った「頭内爆発音症候群」から着想を経た作品で、こんな音が体内で聞こえていたのかと思うと、人体は不思議すぎるとしか思えない。主人公のジェシカにしか聞こえない音が時を超えたものだとしたら。たとえ同じ時代、同じ国で生きていないとしても、共有できる何かがあることを、アピチャッポンは信じているのではないかと思う。彼が今まで作ってきた自国であるタイの持つ歴史的な魂との繋がりを、今度はコロンビアでも紡いでいくその姿に、国境を越えた人類の可能性を感じる。

『アネット』では、カラックス本人が父親になってからの映画だと話しているように、一見、華やかな人生に見えがちな彼の心の中を垣間みる。子供の生き方を左右している父親の奔放さや無責任さを、娘であるアネットをマリオネットにすることによって表現し、自分の人生のバランスが取れずに追い詰められていく苦悩を音楽で表していく。彼の苦しみはひたすら他人に理解されないまま、スパークスの作り出す音にまるで流されるように罪を重ね、闇の淵に吸い込まれる人間の本当の孤独を見せられているようだ。

どちらの作品も音の存在感に圧倒される。音がこんなにも自分の身体を振動させ、心が震えて感情に直結していくことに驚きを隠せなかった。音は、空気や水や金属といったような振動を伝えるものがなければ伝わらない。彼らの作品の音はまさしく、体液や鼓動といったような、体内を通過したような触感がある。アピチャッポンの脳内で起こる爆発音という感触のある音、そしてカラックスが体感してきた苦しみや焦慮の音。音で伝え、共有することで、観ている者に彼らの人生の一部に介入したような感覚にさせる。私が彼らの映画を待ち焦がれてしまうのは、彼らが切り取った世界の新たな一面に出会えるからなのかもしれない。そして今回の作品はどちらも個人的な体験を通すからこそ、映画がとても切実な感情に包まれている。

彼らの作品を是非、音の力強さを感じられる映画館で観てもらいたい。感情を誘発する、この音の振動の波が緩やかになる前に、彼らの悲痛な残響があなたの心に残りますように。

MEMORIA メモリア
Memoria

アピチャッポン・ウィーラセタクン監督作品/2021年/コロンビア・タイ・イギリス・メキシコ・フランス・ドイツ・カタール/136分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 アピチャッポン・ウィーラセタクン
■エグゼクティブ・プロデューサー ティルダ・スウィントン
■撮影 サヨムプー・ムックディプローム
■編集 リー・チャータメーティクン
■サウンドデザイン アックリットチャルーム・カンラヤーナミット
■頭の中の爆発音と追加サウンドデザイン 清水宏一
■音楽 セサル・ロペス

■出演 ティルダ・スウィントン/エルキン・ディアス/ジャンヌ・バリバール/フアン・パブロ・ウレゴ/ダニエル・ヒメネス・カチョ

■2021年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞/アカデミー賞国際長編映画賞コロンビア代表/シカゴ国際映画祭最優秀作品賞受賞

©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

【2022年10月1日から10月7日まで上映】

自分だけに響く【音】が導く、記憶への旅

地球の核が震えるような、不穏な【音】が頭の中で轟く――。とある明け方、その【音】に襲われて以来、ジェシカは不眠症を患うようになる。妹を見舞っ病院で知り合った考古学者アニエスを訪ね、人骨の発掘現場を訪れたジェシカは、やがて小さな村に行きつく。川沿いで魚の鱗取りをしているエルナンという男に出会い、彼と記憶について語り合ううちに、ジェシカは今までにない感覚に襲われる。

カンヌ4冠のアピチャッポン監督が贈る、唯一無二の映像体験。

アピチャッポン・ウィーラセタクンの監督・脚本による最新作『MEMORIA メモリア』。『ブリスフリー・ユアーズ』『トロピカル・マラディ』、タイ国史上初のパルムドール受賞作『ブンミおじさんの森』に続き、本作でカンヌ国際映画祭4度目の受賞(本作は審査員賞)となった。

南米コロンビアが舞台の本作は、監督が初めてタイ国外で制作した作品。ジム・ジャームッシュ、ポン・ジュノ、ルカ・グァダニーノ、ウェス・アンダーソンら名監督とのタッグでも知られるティルダ・スウィントンを主演に、監督自身が経験した「頭内爆発音症候群」から着想を経た記憶の旅路が描かれる。

そのほか、『バルバラ セーヌの黒いバラ』でセザール賞主演女優賞を受賞したジャンヌ・バリバール、コロンビアのTVシリーズなどで活躍するエルキン・ディアス、メキシコのアカデミー賞ことアリエル賞を6度受賞しているダニエル・ヒメネス・カチョらをキャストに迎えた本作は、第94回アカデミー賞国際長編映画賞コロンビア代表に選出された。

アネット
Annette

レオス・カラックス監督作品/2021年/フランス・ドイツ・ベルギー・日本/140分/PG12/DCP/ビスタ

■監督 レオス・カラックス
■原案・音楽 スパークス
■歌詞 ロン・メイル/ラッセル・メイル & LC
■撮影 キャロリーヌ・シャンプティ
■美術 フロリアン・サンソン
■編集 ネリー・ケティエ

■出演 アダム・ドライバー/マリオン・コティヤール/サイモン・ヘルバーグ/デヴィン・マクドウェル/ラッセル・メイル/ロン・メイル

■2021年カンヌ国際映画祭監督賞受賞/セザール賞監督賞・音楽賞ほか3部門受賞・作品賞ほか4部門ノミネート/ゴールデングローブ賞女優賞ノミネート

© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / EUROSPACE / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano

【2022年10月1日から10月7日まで上映】

愛が、たぎる。

ロサンゼルス。 攻撃的なユーモアセンスをもったスタンダップ・コメディアンのヘンリーと、国際的に有名なオペラ歌手のアン。“美女と野人”とはやされる程にかけ離れた二人が恋に落ち、やがて世間から注目されるようになる。だが二人の間にミステリアスで非凡な才能をもったアネットが生まれたことで、彼らの人生は狂い始める。

愛の大渦(メールストロム)に呑み込まれる、ダークファンタジー・ロック・オペラ! 唯一無二の監督カラックスのとてつもない傑作!

カラックスは23才の時、長編第1作『ボーイ・ミーツ・ガール』(84年)をカンヌの批評家週間に出品。自身の分身といえる主人公・アレックスの閉ざされたロマンティシズムを夜の闇に描いてヤング大賞を受賞し、「恐るべき子供」「神童」と騒がれた。そのカラックスもすでに60才。同じことを繰り返さず、後にも先にも似た作家のいない“唯一無二“の監督カラックスは、作品数こそ少ないが、早くから現代映画の重要な作家と目され、一作ごとに未踏の領域へ挑戦してきた。『アネット』はその集大成であり、カラックスならではの新たな「夜の讃歌」にして「夜の果てへの旅」となった。

今回は“偶像破壊的“なバンド・スパークス(ロン&ラッセルのメイル兄弟)のオリジナルストーリーをもとに、ほぼ全編の台詞が(ベッドシーンまで!)歌われるロックオペラ・ミュージカルとして、独創的なダークファンタジーを創り出した。スパークスは、台詞がすべて歌われるジャック・ドゥミのミュージカルへのオマージュも込めたと語るが、撮影現場でライブで歌われたので、役者たちには困難な作業となった。

スタンダップ・コメディアンのヘンリー役に『スター・ウォーズ』シリーズ『マリッジ・ストーリー』のアダム・ドライバー。本作では初めてプロデューサーを兼任した。オペラの歌姫アン役を『エディット・ピアフ 愛の讃歌』『NINE』のマリオン・コティヤールが演じている。