画家の映画はどうして傑作が多いのでしょうか。『モンパルナスの灯』『美しき諍い女』『アンドレイ・ルブリョフ』『ヴァン・ゴッホ』…どれもここ数年のうちに当劇場で上映した画家映画ですが、素晴らしい作品ばかりです。
今週の上映作品『FOUJITA』『放浪の画家ピロスマニ』もまた、画家の映画です。小栗康平監督の10年ぶりの新作である『FOUJITA』は、エコール・ド・パリの中心人物でピカソやルソーとも渡り合った画家・藤田嗣治を描いています。いっぽう1969年のグルジア(現・ジョージア)映画『放浪の画家ピロスマニ』は、グルジアを代表する画家でありながら最後まで孤高であったニコ・ピロスマニの半生を映像化しています。
どちらの作品も、いわゆる伝記映画とは異にしており、生涯をなぞって追うのではなく、説明を排し、いくつかのエピソードを断片的に語ることで、その人物像を浮かび上がらせています。それは同時に画家が描いた絵と呼応し、その作風を汲み取る作業のようでもあります。
「五人の裸婦」を描いた頃、パリの画壇で寵児ともてはやされた藤田嗣治が感じていたどうしようもない虚無。“戦争協力画”といわれた「アッツ島玉砕」を描き、疎開先の山深い田舎で暮らしながら、日本人である自分を発見していく様子。
ピロスマニが自らの絵を飾り、友人と開店した乳製品の店で、お金の無い老婆に情けをかけると翌日多くの貧しい村民たちが集まってきてしまうエピソード。有名な「女優マルガリータ」を生んだ、踊り子と出会った時のピロスマニの静かな胸の高鳴り。
また、この二つの映画が画家の人生を通して伝えるものは、その人が生きた場所や時代、人々の生活でもあります。それはつまり、大戦前夜の狂乱のパリであり、戦時の日本であり、貧しくも朗らかなグルジアの風景です。観ている私たちは、画家の人生を観ながらにして、その時代の匂いや空気を画面からありありと感じるでしょう。
決して多くを語ることなく、静謐でシンプルに描くことで、画家の心象風景を鮮やかに切り取った二編の映画詩。ぜひご覧ください。
放浪の画家ピロスマニ
PIROSMANI
(1969年 グルジア(ジョージア) 87分 SD)
2016年8月13日から8月19日まで上映
■監督・脚本 ギオルギ・シェンゲラヤ
■脚本 エルロム・アフヴレディアニ
■撮影 コンスタンティン・アプリャティン/ドゥダル・マルギエフ/アレクサンドレ・レフヴィアシュヴィリ
■美術 ヴァシル・アラビゼ/アヴタンディル・ヴァラジ
■音楽 ノダル・ガブニア/ヴァフタング・クヒアニゼ
■出演 アヴタンディル・ヴァラジ/ダヴィト・アバシゼ/ギヴィ・アレクサンドリア/スパルタク・バガシュヴィリ/テイムラズ・ベリゼ
■1974年シカゴ国際映画祭ゴールデン・ヒューゴ賞/イタリア・アーゾロ国際映画祭最優秀伝記映画賞/1978年度文化庁芸術祭優秀賞、文部省特選、優秀映画鑑賞会特別推薦/1973年英国映画協会サザーランド杯
19世紀後半のグルジアのチフリス(トビリシ)。幼くして両親を亡くしたピロスマニは長年世話になった一家を離れ、流浪の生活を始める。友人と乳製品の店を開き繁盛するが、間もなく仲違いをして破綻、故郷の姉が持ってきた縁談も壊してしまう。やがてピロスマニは店の看板や壁に飾る絵を描きながら、放浪の日々を送るようになる。庶民はそんな彼に一目置いていた。しかし酒場で見初めた踊り子マルガリータへの報われない愛は、ピロスマニを孤独な生活へと追い込んでいく。
本作は、グルジア(ジョージア)の独学の天才画家ニコ・ピロスマニの半生を描いた作品である。貧しい絵描きと女優の哀しい恋を歌った「百万本のバラ」のモデルとしても知られているピロスマニ。名匠ギオルギ・シェンゲラヤ監督は、名も知れず清冽(せいれつ)に生きた彼の魂を、憧れにも似た情熱で描くとともに、グルジアの風土や民族の心を見事に映像化した。1978年の日本初公開時にはロシア語吹き替え版のプリント上映だったが、この度はグルジア語のオリジナル版でのデジタルリマスター版となる。
ギオルギ・シェンゲラヤ監督はグルジアを代表する映画人。本作に続いて『若き作曲家の旅』『ハレバとゴーギ』も日本で公開されている。ピロスマニを演じたのは、本作の美術も担当している画家アヴタンディル・ヴァラジ。彼はグルジアを代表する芸術家であり、ピロスマニの寡黙でナイーブな内面を見事に演じている。
FOUJITA
(2015年 日本/フランス 126分 ビスタ)
2016年8月13日から8月19日まで上映
■監督・製作・脚本 小栗康平
■製作 井上和子/クローディー・オサール
■撮影 町田博
■美術 小川富美夫/カルロス・コンティ
■音楽 佐藤聰明
■出演 オダギリジョー/中谷美紀/アナ・ジラルド/アンジェル・ユモー/マリー・クレメール/加瀬亮/りりィ/岸部一徳/青木崇高/福士誠治/井川比佐志/風間杜夫
1920年代、フランス・パリ。「乳白色の肌」で裸婦を描き、エコール・ド・パリ寵児となったフジタ。 美しいパリジェンヌたちと出会い、別れ、フジタは狂乱のパリを生きた。 ピカソ、モディリアーニ、ドンゲン、スーチン、キスリング…。時代を彩る画家たちとともに。
1940年代、戦時の日本。パリ陥落を前に日本に戻ったフジタは「アッツ島玉砕」ほか数多くの“戦争協力画”を描き、日本美術界の重鎮に上りつめていく。5番目の妻となった君代と、疎開先の村で敗戦を迎えることになるが――。『死の棘』で第43回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ&国際批評家連盟賞をダブル受賞、『泥の河』『伽耶子のために』『眠る男』など海外でも高く評価される小栗康平監督の、10年ぶりとなる最新作。戦後、「戦争責任」を問われたフジタはパリに戻り、フランス国籍を取得。以来、二度と日本の土を踏むことはなかった。フジタは二つの文化と時代を、どう超えようとしたのか。
フジタを演じるのは、韓国の鬼才キム・ギドク監督作品に出演するなど海外での活躍も目覚ましいオダギリジョー。映画の半分を占めるフランス語の猛特訓を受けて、見事にフジタを演じた。フジタの5番目の妻・君代役には、名実ともに日本を代表する女優・中谷美紀。さらに、加瀬亮、りりィ、岸部一徳ら味わい深い個性派が集まった。フランス側のプロデューサーは、世界的大ヒットとなった『アメリ』のほか、アート系の作品も数多く手掛けるクローディー・オサール。静謐な映像美で描く、フジタの知られざる世界が現出した。