小栗康平監督の10年ぶりの新作となる『FOUJITA』。“乳白色の肌”と称された裸婦像でエコール・ド・パリの寵児となった画家・藤田嗣治を題材とした作品です。戦争という大きな歴史の流れのなかで、日本とフランス、二つの場所を漂いながら、生涯様々な絵画を描き続けた藤田。なぜ小栗監督は、いまこの人物を描いたのでしょうか。
監督デビュー作『泥の河』から『伽倻子のために』、『死の棘』まで続く、戦後文学ものを映画化した“戦後三部作”。それに続く、独自の創造性を自由に押し広げたオリジナル作品『眠る男』、『埋もれ木』。81年にデビューして最新作まで全6作と、決して多いとはいえない作品数ですが、発表するごとに話題となり、高い評価を受けてきました。
小栗監督の映画に出てくるのは、いつもどこか世間から逸脱したような人です。一般的な“幸福”とはいえない状況で、けれどしっかりとその時代その場所で生きている。少ないカットや台詞、静寂の中に浮かび上がる、冷静で厳しいけれど、優しく丁寧な小栗監督の視点。絵画のように美しく忘れ難いショットのひとつひとつに、それが刻まれています。
終戦の年に生まれた小栗監督自身が見てきた、日本という国、そしてそこに生きる人々の姿。一作ごとに常に新しい事に挑戦しながら、それぞれの作品の根底には一貫したテーマが見えてきます。そしてそれは当然ながら、最新作『FOUJITA』にも続いているものなのではないでしょうか。
比類のない映画作家・小栗康平全作品上映。ぜひこの機会をお見逃しなく。
泥の河
(1981年 日本 105分 SD/MONO)
11/7(土), 11/9(月), 11/12(木)上映
■監督 小栗康平
■原作 宮本輝
■製作 木村元保
■脚本 重森孝子
■撮影 安藤庄平
■編集 小川信夫
■音楽 毛利蔵人
■出演 田村高廣/藤田弓子/加賀まりこ/朝原靖貴/柴田真生子/桜井稔/西山嘉孝/殿山泰司/蟹江敬三/芦屋雁之助
■米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート/日本アカデミー賞最優秀作品賞/モスクワ映画祭銀賞/キネマ旬報ベストテン第1位/日本映画ペンクラブ第1位/毎日映画コンクール最優秀作品賞、最優秀監督賞/ブルーリボン最優秀作品賞/ほか多数受賞
まだ焼跡の臭いを残す河っぷちで、食堂を営む家族がある。その一人息子である信雄は、ある雨の早朝、橋の上で鉄屑を盗もうとする少年、喜一に出会った。雨に煙る対岸にその日つながれた、みすぼらしい宿船の少年である。
舟の家には銀子という11歳の優しい姉と、板壁の向こうで声だけがする姿の見えない母がいた。友達になったことを父、晋平に話すと、夜はあの舟に行ってはいけないといった。窓から見える船の家が信雄を魅惑し不安にする――。
自主製作、自主公開という小さな取り組みから始まった『泥の河』は、欧米はもとより、旧ソ連邦、中国やアジア諸国までその配給を広げ、製作から20年以上経った今日でも、名作として語り継がれている。芥川賞作家・宮本輝の処女作を原作に、少年少女たちのひと夏の出会いと別れを切々と描いた、小栗監督デビュー作。
伽倻子のために
(1984年 日本 117分 SD/MONO)
11/7(土), 11/10(火), 11/12(木)上映
■監督・脚本 小栗康平
■原作 李恢成
■製作 砂岡不二夫
■脚本 太田省吾
■撮影 安藤庄平
■編集 小川信夫
■音楽 毛利蔵人
■出演 呉昇一/南果歩/浜村純/園佳也子/加藤武/左時枝/川谷拓三/小林トシ江/殿山泰司/古尾谷雅人/蟹江敬三/田村高廣
■仏ジョルジュ・サドゥール賞受賞/ベルリン映画祭国際アートシアター連盟賞受賞/大阪朝日新聞日本映画ベスト1/キネマ旬報ベストテン第8位
1957年夏の終わり、在日朝鮮人である大学生の林相俊(イム・サンジュン)は、北海道の実家から東京の大学へ戻る途中、函館の森町に住む父の親友・松本を尋ねた。樺太から引き揚げて以来10年ぶりの再会で、松本は日本人のトシを妻にしており、そこに伽倻子という高校生の少女がいた。相俊は樺太での記憶をたどるが、その少女のことは知らなかった。
翌年、相俊は再び森町に赴く。早朝の湖に漕ぎ出したボートの中で、伽倻子は相俊に自分の境遇を打ち明けた。伽倻子は本名を美和子といい、敗戦の混乱時に日本人の両親に捨てられた少女だった。日本人が捨て、朝鮮人の松本が拾った少女は、伽倻琴(カヤグム)という朝鮮の琴の名をとって伽耶子と名づけらたのだった。
『泥の河』で内外の映画賞を独占し、驚異的なデビューを果たした小栗監督が、3年ぶりに発表した監督第2作目。李恢成が1970年に発表した同名小説の映画化で、在日する韓国・朝鮮人青年と日本人少女との愛と別れを描いた作品である。真摯に生きる青年と少女の、悲しみの素顔と呼べるような表情が慈しみをもって綴られる。
監督の10年来の念願であったこの作品は、シナリオ完成に2年、撮影に半年をかけ完成した。主役の2人は一般公募で決められ、ヒロインの伽倻子役を演じた南果歩は本作でデビューした。
死の棘
(1990年 日本 114分 ビスタ/MONO)
11/8(日), 11/10(火), 11/13(金)上映
■監督・脚本 小栗康平
■原作 島尾敏雄
■製作 奥山融/荒木正也
■撮影 安藤庄平
■編集 小川信夫
■美術 横尾嘉良
■音楽 細川俊夫
■出演 松坂慶子/岸部一徳/松村武典/近森有莉/木内みどり/山内明/中村美代子/平田満/浜村純/小林トシ江
■カンヌ国際映画祭グランプリ、国際批評家連盟賞/キネマ旬報、毎日映画コンクール、日本アカデミー賞等の主演賞を松坂慶子・岸部一徳が独占
ミホとトシオは結婚後10年の夫婦。第二次大戦末期の1944年、2人は奄美大島・加計呂麻島で出会った。トシオは海軍震洋特別攻撃隊の隊長として駐屯し、島の娘ミホと恋におちた。死を予告されている青年と出撃の時には自決して共に死のうと決意していた娘との、それは神話のような恋だった。しかし、発動命令がおりたまま敗戦を迎え、死への出発は訪れなかった。そして現在、2人の子供の両親となったミホとトシオの間に破綻がくる。トシオの浮気が発覚したのだった。ミホは次第に精神の激しい発作に見舞われる――。
『死の棘』は島尾敏雄の、純文学の極北と称された同名小説が原作となっている。自らの凄まじい夫婦の危機を17年にわたって書き続け、映画化は困難といわれていた作品を、小栗監督は見事に映像化。妻の精神の壊れに向き合いつづける夫という私小説的素材を、初の夫役であった岸辺一徳と、全編ノーメイクで挑んだ松坂慶子が演じ、1990年のカンヌ国際映画祭でグランプリと国際批評家連盟賞をW受賞するという快挙を成し遂げた。
眠る男
(1996年 日本 103分 ビスタ/MONO)
11/8(日), 11/11(水), 11/13(金)上映
■監督・脚本 小栗康平
■脚本 剣持潔
■プロデューサー 増澤空/藤倉博
■撮影 丸池納
■編集 小川信夫
■美術 横尾嘉良
■音楽 細川俊夫
■出演 役所広司/安聖基(アン・ソンギ)/クリスティン・ハキム/田村高廣/今福将雄/野村昭子/浜村純/蟹江敬三/平田満/岸部一徳
■モントリオール世界映画祭審査員特別大賞/キネマ旬報日本映画監督賞/毎日芸術賞/山路ふみ子文化賞
山あいにある温泉町の一筋町。ここでは、様々な人たちが様々な暮らしを営んでいる。キヨジとフミの老夫婦の家には、山で事故に遭って以来、意識を失ったまま眠り続けている拓次という男がいた。拓次を毎日のように見舞うのは、知的障害を持つ青年・ワタルだった。水車小屋には傳次平という老人がおり、自転車置き場と小さな食堂を経営するオモニに育てられている少年・リュウは、傳次平からいろいろな話を聞くのを楽しみにしている。町では、南アジアの国からやってきた女たちが、“メナム”というスナックで働いていた。そのひとりであるティアは、故国の河で我が子を亡くした過去を持っていた――。
初のオリジナル作品となる『眠る男』は、群馬県が製作を行った。行政が発意して製作費の全額を税でまかなうという日本では前例のない取り組みで、社会的にも大きな関心を集めた。本作が前例となって、その後多くの地方自治体による映画支援が実現している。
動かず語らない、眠る男を主人公に据え、中山間部の風土と人のありよう、経済成長と共に日本人が見失ってきた「いのち」の豊かさを静かに描く。東京での上映は半年間に及び、その年の単館興行収入の記録を打ち立てた。
埋もれ木
(2005年 日本 93分 ビスタ/SR)
11/9(月), 11/11(水)上映
■監督・製作・脚本 小栗康平
■製作 山本千秋/佐藤イサク/砂岡不二夫
■脚本・プロデューサー 佐々木伯
■プロデューサー 鈴木嘉弘
■撮影 寺沼範雄
■編集 小川信夫
■美術 横尾嘉良/竹内公一
■出演 夏蓮/登坂紘光/浅野忠信/坂田明/大久保鷹/田中裕子/岸部一徳/平田満/坂本スミ子/左時枝/中嶋朋子
■カンヌ国際映画祭監督週間正式出品
山に近い小さな町。高校生のまちは、友達と短い物語をつくり、それをリレーして遊ぶことを思いつく。彼女たちは次々と、そして唐突に物語を紡いでいく。まちたちが語るファンタスティックな物語は、自分が見えないまま“未来に向かう物語”である。一方、町に住む大人たちにも物語は存在する。しかしそれは生きてきたリアリティに裏づけされた自分史で、いわば“過去の物語”。この二つの物語は直接には交わらず並列して進んでいくが、それぞれの中でなにかが合流し始める・・・。
『眠る男』から9年――本作で小栗監督が捉えようとしたのは、空想ではなく、夢、記憶、過去、未来が交じり合った心の中。映像のもつ力そのものによって、硬直しているように見える目の前の現実を、変わることのできる「やわらかなもの」として見つめ直し、心の力をもっと信じようという希望のメッセージに溢れている。
「比類のない映画――油の乗り切った、実に見事な出来栄え。いくら褒めても褒めたりないくらいだ」
―――山田洋次