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「ヴァーチャル・リアリティ(VR)」
――人間の感覚器官に働きかけ五感を含む感覚を刺激することを理工学的に作り出す技術。

最近のゴーグル型のヘッドディスプレイの進化により、ヴァーチャル・リアリティは更に身近になり、ゲームや映画などの仮想世界をよりリアルに追体験することが出来るようになりました。色々な会社からVR関連商品が発表された今年はVR元年と呼ばれています。仮想世界なんて物語の世界だと思っていたのに、何だか21世紀らしい感じがようやくしてきました。今週はそんな時勢にふさわしい現実世界と仮想世界を行き交う近未来を描いたライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の幻のSF映画『あやつり糸の世界』をお届けします!

昨今のSF映画界は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』『パシフィック・リム』『インセプション』『インターステラ―』の様な素晴らしい視覚効果をふんだんに使った名作が次々と生まれています。しかし今回上映する『あやつり糸の世界』の様な、過去ヨーロッパで製作されたSF映画の近未来像は心の弱いところをワシ掴みにして精神的に揺さぶってくる感じがたまりません。

この作品でまずそれを感じるのは、鏡を多用した特殊な演出です。シミュラクロン1(仮想世界へ行くコンピューター)がある部屋の壁は鏡張りで、万華鏡のようになっています。鏡越しに話しかけられても、相手がどこから話しているのか、その姿が本物かよく分からない。そして後半にいくにしたがって自由を求めるエネルギーに溢れていく主人公と、鏡やガラス越しの登場人物たちは全く別の存在に感じられ、仮想世界に生きる彼らの人工的で無機質な部分がより際立っていくのです。今、自分はどこの世界にいるのかわからなくなっていく孤独な感覚を、アナログな方法のみで表現しています。(擦りガラスのもやで意識を失うアナログ感も絶妙!)

“世界が、自分と言う存在を全部プログラムされたものだったら”

主人公は、現実世界と仮想世界を行き交ううちに、自分は情報でしかないのかも知れない、と自身の存在概念が揺らいでいきます。その時、彼は何を求めてどういう行動をとるのでしょうか。

1970年の初めに西ドイツでテレビ放映されて以降、長らく日の目を浴びなかった『あやつり糸の世界』。ファスビンダー監督が描く未来を、ぜひスクリーンでご堪能ください。

(スタンド)

subpic

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー

1945年5月31日、バート・ヴェーリスホーフェン生まれ。1967年に劇団「アクション・テアーター」に参加。同劇団解散後の1968年、仲間たちとともに劇団「アンチテアーター」を設立。劇団メンバーとの挑発的かつ実験的な長編映画制作を始める。

1978年に発表した『マリア・ブラウンの結婚』により、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督として世界的に認められる。ドイツ映画の未来を託される存在となった矢先の1982年6月10日、37歳で急死。彼の映画は、女性の抑圧、同性愛、ユダヤ人差別、テロリズムなどスキャンダラスなテーマが多く、常に激しい議論を巻き起こした。遺された42本の監督作品は、今日にも多くの問題を提起し続けている。

filmography

・出稼ぎ野郎('69)
・悪の神々('69)
・愛は死より冷酷('69)
・何故R氏は発作的に人を殺したのか?('70)
・聖なるパン助に注意('70/'71)
・四季を売る男('71)
・ペトラ・フォン・カントの苦い涙('71/72)
・獣道('72)
・あやつりり糸の世界('73・TV)
・マルタ('73/74・TV)
・不安と魂('74)
・エフィー・ブリースト('74)
・自由の代償('74)
・キュスタース小母さんの昇天('75)
・不安が不安('75・TV)
・少しの愛だけでも('75/76・TV)
・悪魔のやから('75/76)
・シナのルーレット('76)
・孤独なボルヴィーザー('76/77)
・秋のドイツ ('77/78)
・13回の新月のある年に('78)
マリア・ブラウンの結婚('79)
・デスペア('78)
・第三世代('79)
・ベルリン・アレクサンダー広場('79/80・TV)
・リリー・マルレーン('80/81)
ローラ('81)
・シスター・イン・トランス('81)
・ベロニカ・フォスのあこがれ('82)
・ファスビンダーのケレル('82)

※監督作品(主に映画)のみ掲載

嘘だ、と言ってくれ。

picサイバネティック未来予測研究所ではスーパーコンピューター<シミュラクロン1>がフォルマー教授によって開発されていた。それは電子空間に仮構の人工的世界を作り上げ、それを元に政治・経済・社会についての厳密な未来予測を行なうことができた。この人工的世界には人間そっくりの個体が生活していた。

picある日、<シミュラクロン1>の開発者フォルマー教授が謎めいた状況で死んでいるのが発見される。フォルマーは死の直前に研究所の同僚ラウゼに対して重大な発見をしたと伝えていた。研究所のワンマン所長ジスキンスはフォルマーの後任にフレッド・シュティラーを任命する。だが、ジスキンスのパーティー会場でラウゼがシュティラーを呼び止め、フォルマーの最期の様子を伝えようとした次の瞬間、ラウゼは忽然と姿を消してしまった。さらに、ラウゼの存在自体、シュティラー以外の皆の記憶から消えてしまう…。

ファスビンダー・ミーツ・サイエンスフィクション
70年代初頭に西ドイツで作られた、幻のSF映画

pic『2001年 宇宙の旅』『惑星ソラリス』、『ブレードランナー』…映画史に輝くSF映画の傑作。その歴史に連なる先鋭的なSF作品が70年代初めに西ドイツで作られていた。そこに描かれたヴァーチャルリアリティーによる多層世界は、『マトリックス』『インセプション』に先駆ける。監督はニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。37年の短い生涯に、様々なジャンルの40本を超える映像作品を遺した鬼才だ。そんなファスビンダーが発表した唯一のSF映画が『あやつり糸の世界』である。

pic本作は特殊撮影や大掛かりなセットを用いることもなく、鏡を多用した画面設計、俳優の人工的な演技、規制楽曲のユニークな使用などで異世界の感覚を生み出すことに成功している。鋭敏な時代感覚と普遍的な主題で社会を挑発し続けたファスビンダーが、「模造の世界」を鮮烈に解き放つ。ゴダールの異色SF『アルファヴィル』の主役を演じたエディ・コンスタンティーヌが特別出演していることにも注目だ。


あやつり糸の世界 第1部/第2部
WELT AM DRAHT
(1973年 西ドイツ 第1部:105分/第2部:107分 ブルーレイ SD)
2016年7月23日から月29日まで上映
■監督・脚本 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
■原作 ダニエル・F・ガロイ「模造世界(原題:シミュラクロン3)」
■脚本 フリッツ・ミュラー=シェルツ
■撮影 ミヒャエル・バルハウス
■美術 クルト・ラープ
■衣装 ガブリエレ・ピロン
■編集 マリー・アンネ・ゲアハルト
■音楽 ゴットフリート・ヒュングスベルク

■出演 クラウス・レーヴィチュ/マーシャ・ラベン/カール=ハインツ・フォスゲラウ/アドリアン・ホーフェン/イヴァン・デスニー/バーバラ・ヴァレンティン/ギュンター・ランプレヒト/ヴォルフガング・シェンク/イングリット・カーフェン/エディ・コンスタンティーヌ

©1973 WDR ©2010 Rainer Werner Fassbinder Foundation der restaurierten Fassung

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